シンカー: 財政拡大により米国はこれまでのデフレ環境からインフレ環境に変化してくるとみられる。大統領選の両候補ともに財政拡大路線で、この点については違いは小さいかもしれない。貯蓄投資バランス(家計貯蓄率+企業貯蓄率+財政収支-国際経常収支=0)上では、民間貯蓄の増加に対して、財政拡大による赤字の増加が大きければ、国際経常収支の赤字が拡大することになる。米国は国際経常収支を赤字にすることで、グローバルにドルを供給しているのが、ドル基軸通貨の体制であると考えられる。米国の国際経常収支の赤字幅が増加し、しかもFEDの強力な金融緩和が継続するということは、グローバルなドル供給が増加することを示唆している。グローバルなドル供給の増加が、グローバルにインフレ圧力を高めるとみられる。2008年のリーマンショック後の財政拡大の反動で、2010年以降は財政政策は緊縮となり、米国の国際経常収支の赤字が縮小してしまったことが、グローバルなドル供給を制約し、グローバルなデフレ環境の一つの原因になってしまっていた可能性がある。ただ、これまでのグローバルなデフレ環境から通常のインフレ環境に戻るだけで、手に負えないインフレにはならないと考えられる。政策当局にはインフレを十分にコントロールする術と力があるとみられるからだ。リスクシナリオとして、グローバルに供給されたドルが米国のリスク資産マーケットに還流し、リスク資産価格の上昇を背景に米国の内需が更に強くなり、国際経常収支の赤字が更に拡大してドル供給が増え、それがまた還流するという連鎖(バブル)があまりに強くなったに時は警戒が必要になる。まだそのような危険な状況には至っていないと思われる。2020年4-6月期から米国の国際経常収支の赤字は拡大を始めている。このような循環的なマーケットの過熱に至らないか徐々に点検が必要になる。

図)米国経常収支(10億ドル)

米国経常収支(10億ドル)

グローバル・レポートの要約

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

●アセットアロケーション(9/14):グロースの中の出遅れ組とインフレ防衛

2021年1Qまで市場は引き続き次の3つの主要テーマに牽引される可能性が高い: 財政政策主導(最終需要に寄与)での過去数十年で最も強力な景気刺激を通じた経済復興の推進; 早期の引き締めはしないという各国政府の明確なコミットメント(ドイツでさえ); 中央銀行による新発国債および社債購入を通じた大規模なマネタイゼーション(これはクレジットリスクを大きく歪めよう)。14兆ドルのマイナス利回り債券が存在する世界の中で、投資すべき貯蓄資金が手元に積み上がっているポートフォリオマネジャーは、一方ではリスク資産のモメンタムがさらに強まるとの見通しと早期のワクチン開発進展の可能性、他方ではリスク見通しが変化した場合のボラティリティ再燃と利益確定売りの可能性に直面している。そうしたなか、弊社はアロケーションの中にある程度のモメンタムを維持し、インフレ期待の上昇、グロースというテーマの中でのローテーション、および大規模なポートフォリオプロテクションを最大限に活用することを目指す。

ある程度のモメンタムを維持; 市場は2021年1Qか2Qにピークを打つと予想

上述した3つのテーマの組み合わせはリスク資産(特にクレジットと株式)にとって明らかに強気材料である。西側諸国で予想される債券利回り上昇を前に、弊社のMAPの金利感応度を低減し(従って株式のウェイトを若干引き上げ)、インフレ期待へのエクスポージャーを高めたい。経済は回復モードにあり、インフラ投資は勢いを増しているため、コモディティがそれなりに良好なパフォーマンスを維持すると予想される。従って、弊社は新興市場債券または新興市場通貨へのエクスポージャーよりもコモディティを選好する(ウェイトを上限の10%に)。景気モメンタムが現在のV字回復から鈍化し始めるのは2021年2Qになるとみられ(ベース効果が剥落)、その後にはクレジットスプレッドが上昇し、リスクラリーの終焉を示唆しよう。

米テクノロジーセクターからエクスポージャーを分散化

弊社はグロースというテーマを好意的に捉えているが、大いに喧伝されているごく少数の米国株にポートフォリオを大きく集中化させることには強く反対する。米テクノロジーセクターはよりボラタイルになると予想されるため、米国以外で投資可能なその他のグロース資産に資金を分散化させることを勧めたい。循環的な景気加速が2021年の主な特徴になるとみられるアジアの株式は魅力的だと弊社はみている(中国株と新興市場株へのアロケーションをそれぞれ3ポイント引き上げ、中国本土株を最大ウェイトに)。また、オーストラリアの通貨(豪ドル)、グリーンディールが複数年にわたる構造的成長をもたらす欧州(SG European Green Dealバスケットを参照)、およびアジアの5Gなどのメガトレンドテーマにも魅力があると考える。逆張り戦略としては、大きくアンダーパフォームしているシクリカルセクター(出遅れ組)へのエクスポージャーを拡大することは理に適うと考える。

インフレ期待の上昇を活用するために正しい資産を選択

失業率の上昇と、あまりに多くのゾンビ企業を延命させることの結果として、公表ベースのインフレ率はしばらくの間、低水準にとどまろう。しかし、FRBとECBの直近の政策シフトは明らかにインフレ期待を高めることを意図している(GEO参照)。そうしたなか、金(ウェイトを3ポイント引き上げて最大限に)、米インフレ連動債(TIPS; 5ポイント引き上げて最大限に)、およびスティープナーが好結果を出す可能性がある。従って、米国の実質債券利回りは人為的に低く維持され、割高な米ドルをさらに押し下げよう(その前に小休止を挟む可能性もある)。しかし、ユーロの上昇(弊社は2021年3Qまでに1.25に達するとみている)はユーロ圏のインフレ期待を弱める可能性がある。

ポートフォリオプロテクションのためのベストアイデア

コロナウイルスの第2波にもかかわらず成長モメンタムが持続しているため、長期債利回りが主なリスクである。特にワクチン開発が進展した場合はなおさらであろう。弊社は、米長期債利回りが上昇し、インフレ期待がじりじりと高まり続けるとの見方を表現するため、米国債のウィエトを6ポイント引き下げてゼロとし、その分をTIPSと金に振り向ける一方、ユーロ圏周縁国債へのエクスポージャーを維持する。そうしたなか、米国と欧州のいずれでもイールドカーブのスティープ化が投資根拠(investment rationale)となろう(弊社は米10年国債利回りのターゲットを1.2%としている)。

弊社は4月半ばにクレジットのウェイトを大幅に引き上げ始めたが、今回、米ハイイールド債に新たなリスクの非対称性(risk asymmetry; 年末までのスプレッド縮小の最終段階と、この先の大きなリスク)が生じていることを指摘し、ウェイトを2ポイント引き下げて2%とする。

米小型株はゾンビ企業の比率が最も高くなる公算が大きく、景気回復がルート(√)型となった場合はそれらの企業が生き残れるかどうかは特に危うい。バランスシートが強固な企業に投資することでポートフォリオの保護を目指すのは有効な戦略かもしれない。その場合は、弊社が推奨する日本株への大きなエクスポージャー(円ベース)が奏功しよう。英首相はBrexit交渉で明らかに非妥協的な姿勢を取っている一方、欧州側はEU主席交渉官のMichel Barnier氏の背後で固い結束を維持している。これはポンドに脆弱性をもたらしている。弊社はBrexit交渉が行き詰まるリスクに対する防衛として、対円でのポンドのショートを選好する。ユーロがBrexitから打撃を受けるとすれば、交渉の行き詰まりはさらにアグレッシブなユーロ買いへの扉を開く可能性がある。

世論調査は依然としてベースケースシナリオがバイデン氏の勝利に傾いていることを示唆しており、予想される政策の方向性に基づくと、これはどちらかと言えば米ドルにとって弱材料である。予想に反してトランプ大統領が再選した場合は、急速かつ強烈に貿易戦争が激化する可能性がある。従って、弊社の株式ストラテジストが選出した”Trump-“バスケット(トランプ大統領によって打撃を受けるグローバル企業)をショートすることは非常に効果的なポートフォリオプロテクションとなり得る。政治的日程が詰まっているなか(そのような場合、通貨は常に不透明感の人質となる)、政府の干渉主義(財政による助成と中銀による大規模な資産購入プログラム)の重しにより、金利ボラティリティが為替ボラティリティよりも低くとどまることは間違いないと思われる。

●米国経済(9/17):FOMC…3年間利上げは無いと示す、声明の文言は変化

FOMCは事前見込み通りだった。参加者は総じて、政策金利が少なくとも2023年末までは現行水準で維持されるとみている。FOMCは、新しい政策決定の枠組みに沿って声明の文言とコミュニケーションを修正した。これは(真の)フォワードガイダンスに向かう大きな一歩である。またFRBは、2020?22年の経済予測を力強く上方修正した。

FOMCでは、2023年を通じて政策金利を据え置くとみている

FOMC参加者の予測を集計した経済予想サマリー(SEP)は、FFレート誘導目標が2023年終わりまで変わらないと示している。これは見込み通りだった。ただ弊社は、早ければ2023年後半に利上げが実施される可能性があるとみている。FRBの失業率予測(2023年末の時点で4.0%)もそれに整合する。だがFRBは、非常に弱いインフレ見通しを維持しており、2022年までは2.0%未満、2023年遅くにようやく2.0%に達すると見込んでいる。インフレ予測に対する不確実性は重要である。FOMC参加者(全部で17名)のうち4名は、2023年末までに利上げが実施されるとみている。

フォワードガイダンスと言えるが、まだ不明確

示された政策ガイダンスは、フォワードガイダンスと呼ぶことができる。政策をインフレ率2%の目標達成や完全雇用到達に結びつけようとする最近の取組みよりも、強いものだった。

●債券市場(9/23):膨らむ期待

最近の債券相場下落は、インフレに対する懸念や米連邦準備制度理事会(FRB)の平均物価目標へのシフトによるものではなく、新規供給の余地を生み出す意味合いがあるのかもしれない。ただ、インフレ・リスク・プレミアムが再び大きく拡大すれば、どのみち相場の下落は避けて通れなくなる。8月の米国債四半期定例入札や欧州の供給シーズン再来を受けて、我々はこれから年末に向けた債券売りやイールドカーブのスティープ化を確信している。中央銀行が任意に買い入れを強化できるため、債券相場の下落はかなり抑制的なものになるはずだ。投資家はキャリー・トレードに満足しており、スプレッド拡大の動きを抑えるのにパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)が用意されている。こうした環境では、ユーロ圏周縁国のスプレッドに良好なパフォーマンスが期待できよう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司