シンカー: 新型コロナウィルス問題が終息に向かったとしても、米中のグローバルな政治・経済の覇権争いが不安要因として残ることがマーケットで意識されているようだ。中国は、これまでのグローバル・デフレの下で、経済の巨人へと成長した。グローバル・デフレという過剰貯蓄(資本が有り余っている)の経済環境が、国家主導の非効率的投資活動を許容してきた。将来の需要拡大が見込まれる領域に散弾銃のように投資を行い、その一部で「当たり」が出て、生産性が向上したとみられる。非効率的なもの(「外れ」の投資も短期的には需要)を含むその総需要拡大策が、経済規模を巨大にしてきたとも考えられる。しかし、より効率的な投資活動が求められるグローバル・インフレの経済環境では、国家主導の経済体制のパフォーマンスは、自律的な効率化のメカニズムを内包する自由資本主義の経済体制よりかなり劣る可能性があろう。国家資本主義が自由資本主義よりも効率的かつインフレ圧力をうまくコントロールできるかどうかという点については疑問が大きいからだ。グローバルな政治・経済の覇権争いに勝利するため、米国の政策当局が、より有利であるインフレの経済環境を志向する可能性がある。自由資本主義陣営が覇権争いに勝利するためにインフレが必要であるということも一つの考え方だ。
政策当局がインフレ・リスクにかなり許容的であることを背景に、財政拡大と金融緩和のポリシーミックスが継続すれば、総需要の回復とともに、景気とマネーが拡大する力が強くなることで、物価上昇には加速感が出てくる可能性がある。IS(貯蓄・投資)バランスでは、家計貯蓄率+企業貯蓄率+政府貯蓄率(財政収支)?国際経常収支=0、となる。財政赤字の拡大に対して、家計と企業の貯蓄率の上昇が小さければ、国際経常収支の赤字幅は膨らむことになる。米国は国際経常収支を赤字にすることで、世界に向けてドルを供給しているのが、ドル基軸通貨の体制であると考えられる。米国の国際経常収支の赤字幅が増加し、しかもFEDの強力な金融緩和が継続するということは、世界のドル供給が増加することを示唆している。ドル供給の増加は、資産価格の上昇、そしてこれまでのグローバルなデフレがインフレへ変化していくきっかけとなるかもしれない。資本逃避を警戒しなければならない中国は国際経常赤字を維持して人民元をグローバルに供給し続ける基軸通貨の体制を構築し得ない。基軸通貨のドル体制が維持できることは、覇権争いにとって、米国に有利に働くだろう。
中国がグローバル・インフレに耐久力をつけるためには、第四次産業革命を背景としたデジタル投資で生産性の向上を加速させるしかないだろう。一方、米国はそれが分かっているだけに、半導体などを中心に中国のデジタル投資に抑制が働くようにするだろう。米ソの軍拡競争に似た形で、デジタル投資が勢いを更に増すことになるだろう。デジタルトランスフォーメーションの投資の拡大は当然ながら玉石混交(「当たり」もあれば、「外れ」もある)で、短期的には総需要を押し上げる効果の方が大きく、グローバル・インフレを加速させる効果の方が大きいと思われる。もし第四次産業革命を背景としたデジタル投資が本当に生産性の強い向上につながれば、いずれインフレをマイルドにする可能性はある。米国の政策当局は、インフレを許容しながら投資拡大を促して生産性を強く向上させ、自律的な効率化のメカニズムを内包する自由資本主義の経済体制の利点を生かしながら、マイルドなインフレ下の安定した経済環境を背景として、中国と覇権を争う戦略をとるだろう。中国は、国家資本主義がインフレに弱いという逆風下で、第四次産業革命を背景としたデジタル投資を拡大させながら、生産性の向上につながる「当たり」の確率を極限まで上げるという難しいかじ取りを迫られるだろう。米国はビッグデータやAI技術などを中心に中国がその精度を上げるのに必要な手段を抑制するかもしれない。
グローバル・レポートの要約
●欧州経済(10/5):2021年に向けた政策への注目が高まる
9月の重要ポイント:
・経済指標は、景気回復が不均衡に進んでいると示す:PMIはサービス業の弱さを背景に悪化したが、企業景況感をより幅広く示す指標は、景気回復の持続を示している。民間向け信用の伸び率は、8月にはわずかに減速して前年同月比4.6%となった。
・新しいソーシャル・ディスタンス規制で、サービス業の見通しが一層暗くなりつつある。
・9月のインフレは低水準:HICPは前年同月比?0.3%、コアインフレ率は同0.2%
・ECB 9月政策理事会で、ユーロ上昇は過度に懸念されておらず、インフレ率のスタッフ予測が上方修正された。だがその背景についてメディアの見方は分かれており、10月、12月のPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)を巡る議論が難しくなると示している。
・2021年予算を示す国が増えた。弊社の感触では、2021年財政ルール見直しの議論が必要だ。
・ブレグジットを巡る議論は 現状うまく行っていないが、15・16日のEU首脳会議や10月末の「ソフトな」期限を前に活発化した。弊社は、合意無き離脱の可能性があるとみている。
10月の注目点:
・主要経済指標:8月ハードデータ(鉱工業生産…10月14日発表)と第3四半期(Q3)のGDP(30日発表)
・EU政治:欧州理事会と欧州議会の、復興基金や2021?27年予算に関する交渉が緊急課題。各国議会が年内批准に必要な時間を確保するためだが、多少遅れる可能性が高まっている。
・ECB政策理事会(10月29日):政策面の動きは無い見込みだが、内部ではPEPPの長さ(期間)や出口戦略に関して議論されるとみられる。12月の新しいスタッフ予測が、2021年末までのPEPP延長に道を開き、総枠も5,000億ユーロ増額されるだろう。
・各国の財政政策:全てのユーロ加盟国は、 2021年予算案を10月15日までに欧州委員会に提出しなくてはならない。
・各国の政治:イタリアでは、国内大政党の内部抗争で予算を巡る議論が紛糾するだろう。スペインも、カタルーニャ問題の最近の推移をみると同様の展開が見込まれる。
●債券市場(10/5):欧米大陸間の分断
米国大統領選挙の第1回候補者討論会は投資家に新たな洞察を与えなかった。欧州の物価統計は期待にそぐわず、米国の追加景気対策は議会で進展がない。債券相場は狭いレンジで推移しており、米大統領選まではこの状態が続いていくだろう。それ以降は、物価見通しや国債供給動向から欧州よりも米国のイールドカーブがスティープ化しやすく、米国債がドイツ国債を持続的にアンダーパフォームする展開が予想される。
●アセット・アロケーション(9/29):マルチアセット・パノラマ
全体的スタンス
2021年1Qまで市場は引き続き次の3つの主要テーマに牽引される可能性が高い: 財政政策主導(最終需要に寄与)での過去数十年で最も強力な景気刺激を通じた経済復興の推進; 早期の引き締めはしないという各国政府の明確なコミットメント(ドイツでさえ); 中央銀行による新発国債および社債購入を通じた大規模なマネタイゼーション(これはクレジットリスクを大きく歪めよう)。
14兆ドルのマイナス利回り債券が存在する世界の中で、投資すべき貯蓄資金が手元に積み上がっているポートフォリオマネジャーは、一方ではリスク資産のモメンタムがさらに強まるとの見通しと早期のワクチン開発進展の可能性、他方ではリスク見通しが変化した場合のボラティリティ再燃と利益確定売りの可能性に直面している。
そうしたなか、弊社はアロケーションの中にある程度のモメンタムを維持し、インフレ期待の上昇、グロースというテーマの中でのローテーション、および大規模なポートフォリオプロテクションを最大限に活用することを目指す。
ある程度のモメンタムを維持; 市場は2021年1Qか2Qにピークを打つと予想
上述した3つのテーマの組み合わせはリスク資産(特にクレジットと株式)にとって明らかに強気材料である。西側諸国で予想される債券利回り上昇を前に、弊社のMAPの金利感応度を低減し(従って株式のウェイトを若干引き上げ)、インフレ期待へのエクスポージャーを高めたい。経済は回復モードにあり、インフラ投資は勢いを増しているため、コモディティがそれなりに良好なパフォーマンスを維持すると予想される。従って、弊社は新興市場債券または新興市場通貨へのエクスポージャーよりもコモディティを選好する(ウェイトを上限の10%に)。景気モメンタムが現在のV字回復から鈍化し始めるのは2021年2Qになるとみられ(ベース効果が剥落)、その後にはクレジットスプレッドが上昇し、リスクラリーの終焉を示唆しよう。
米テクノロジーセクターからエクスポージャーを分散化
弊社はグロースというテーマを好意的に捉えているが、大いに喧伝されているごく少数の米国株にポートフォリオを大きく集中化させることには強く反対する。米テクノロジーセクターはよりボラタイルになると予想されるため、米国以外で投資可能なその他のグロース資産に資金を分散化させることを勧めたい。循環的な景気加速が2021年の主な特徴になるとみられるアジアの株式は魅力的だと弊社はみている(中国株と新興市場株へのアロケーションをそれぞれ3ポイント引き上げ、中国本土株を最大ウェイトに)。また、オーストラリアの通貨(豪ドル)、グリーンディールが複数年にわたる構造的成長をもたらす欧州(SG EUROPEAN GREEN DEALバスケットを参照)、およびアジアの5Gなどのメガトレンドテーマにも魅力があると考える。逆張り戦略としては、大きくアンダーパフォームしているシクリカルセクター(出遅れ組)へのエクスポージャーを拡大することは理に適うと考える。
インフレ期待の上昇を活用するために正しい資産を選択
失業率の上昇と、あまりに多くのゾンビ企業を延命させることの結果として、公表ベースのインフレ率はしばらくの間、低水準にとどまろう。しかし、FRBとECBの直近の政策シフトは明らかにインフレ期待を高めることを意図している(GEO参照)。そうしたなか、金(ウェイトを3ポイント引き上げて最大限に)、米インフレ連動債(TIPS; 5ポイント引き上げて最大限に)、およびスティープナーが好結果を出す可能性がある。従って、米国の実質債券利回りは人為的に低く維持され、割高な米ドルをさらに押し下げよう(その前に小休止を挟む可能性もある)。しかし、ユーロの上昇(弊社は2021年3Qまでに1.25に達するとみている)はユーロ圏のインフレ期待を弱める可能性がある。
ポートフォリオプロテクションのためのベストアイデア
コロナウイルスの第2波にもかかわらず成長モメンタムが持続しているため、長期債利回りが主なリスクである。特にワクチン開発が進展した場合はなおさらであろう。弊社は、米長期債利回りが上昇し、インフレ期待がじりじりと高まり続けるとの見方を表現するため、米国債のウィエトを6ポイント引き下げてゼロとし、その分をTIPSと金に振り向ける一方、ユーロ圏周縁国債へのエクスポージャーを維持する。そうしたなか、米国と欧州のいずれでもイールドカーブのスティープ化が投資根拠(INVESTMENT RATIONALE)となろう(弊社は米10年国債利回りのターゲットを1.2%としている)。
弊社は4月半ばにクレジットのウェイトを大幅に引き上げ始めたが、今回、米ハイイールド債に新たなリスクの非対称性(RISK ASYMMETRY; 年末までのスプレッド縮小の最終段階と、この先の大きなリスク)が生じていることを指摘し、ウェイトを2ポイント引き下げて2%とする。
米小型株はゾンビ企業の比率が最も高くなる公算が大きく、景気回復がルート(√)型となった場合はそれらの企業が生き残れるかどうかは特に危うい。バランスシートが強固な企業に投資することでポートフォリオの保護を目指すのは有効な戦略かもしれない。その場合は、弊社が推奨する日本株への大きなエクスポージャー(円ベース)が奏功しよう。
英首相はBREXIT交渉で明らかに非妥協的な姿勢を取っている一方、欧州側はEU主席交渉官のMICHEL BARNIER氏の背後で固い結束を維持している。これはポンドに脆弱性をもたらしている。弊社はBREXIT交渉が行き詰まるリスクに対する防衛として、対円でのポンドのショートを選好する。ユーロがBREXITから打撃を受けるとすれば、交渉の行き詰まりはさらにアグレッシブなユーロ買いへの扉を開く可能性がある。
世論調査は依然としてベースケースシナリオがバイデン氏の勝利に傾いていることを示唆しており、予想される政策の方向性に基づくと、これはどちらかと言えば米ドルにとって弱材料である。予想に反してトランプ大統領が再選した場合は、急速かつ強烈に貿易戦争が激化する可能性がある。従って、弊社の株式ストラテジストが選出した”TRUMP-“バスケット(トランプ大統領によって打撃を受けるグローバル企業)をショートすることは非常に効果的なポートフォリオプロテクションとなり得る。政治的日程が詰まっているなか(そのような場合、通貨は常に不透明感の人質となる)、政府の干渉主義(財政による助成と中銀による大規模な資産購入プログラム)の重しにより、金利ボラティリティが為替ボラティリティよりも低くとどまることは間違いないと思われる。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司