シンカー:グローバルな経済の大きな潮流を読んでみたい。10年単位のシナリオライティングである。これまでのグローバルなデフレ懸念から新型コロナウィルス後のインフレトレンドへの転換を含め、グローバルなマクロシナリオと日本経済に対する考え方を11回にわたって解説する。①グローバルな需要不足とデフレ懸念からポピュリズム(8月18日)、②インフレ復活への序章(8月20日)、③コロナショックの財政拡大でインフレへの転換(8月24日)、④コロナショック後の景気の形(8月26日)、⑤アベノミクス2.0(8月27日)、⑥米国マーケットの緩和度合いを示すg-r(9月3日)、⑦米中の覇権争いがもたらすもの(9月4日)、⑧グローバルデフレからマイルドインフレへの変化(9月15日)、⑨生産性がほぼすべて(10月7日)、⑩過度の楽観マインドがバブルを生み、その崩壊により財政破綻に近づくリスクシナリオ、⑪過度の悲観マインドと緊縮財政が景気の著しい悪化を生み、生産性の低下により財政破綻に近づくリスクシナリオ。
財政拡大と金融緩和の強いポリシーミックスで、日米欧ともにマネーが拡大するための目詰まりが解消し、これまでの経済活動の足かせとなってきたグローバルデフレから経済活動を促進するインフレに変化していくマクロ・ロジックをこれまで解説してきた。ただ、政策当局はインフレを鎮静化する手段を持っているため、経済活動の大きな障害となるような深刻なインフレにはならないだろう。更に、デジタルトランスフォーメーションの進展で、長期的には生産性の上昇がインフレをマイルドにする効果を発揮するだろう。短期的にはデジタルトランスフォーメーションの投資は当然ながら玉石混交で、短期的には需要を押し上げる効果の方が大きいと思われる。政府と企業の活動の拡大でマネーが拡大する目詰まりが解消し、家計への所得の流れがよくなり、経済活動を促進するようなマイルドなインフレになるだろう。
確かに、危機に備えた貯蓄である貨幣の予備的需要が増加し、政府を除く各部門の貯蓄率が一時的に大きく上昇するとみられる。しかし、これまで過度のレバレッジのような現象はなかったため、財政拡大による政府の貯蓄率の低下の方が大きいのではないかと考えられる。特に注目しているのが米国で、予備的需要拡大対比で財政拡大が十分であれば、貯蓄投資バランス上、国際経常収支の赤字幅が拡大していくるはずだ。米国は国際経常収支を赤字にすることで、世界に向けてドルを供給しているのが、ドル基軸通貨体制であると考えられる。米国の国際経常収支の赤字幅が増加し、しかもFEDの強力な金融緩和が継続するということは、世界のドル供給が増加することを示唆している。これまでは、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済と国内でマネーが拡大する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)は強かったが、住宅バブル後の家計のデレバレッジで貯蓄率が大きく上昇したため、国際経常収支の赤字幅は縮小し、世界に向けてのドル供給の制限になってきていたと考えられる。
グローバルにマネーが拡大する要因は、新型コロナウィルス問題が終息に向かえば、リスク資産価格の上昇、そしてこれまでの経済活動の足かせとなってきたグローバルデフレが経済活動を促進するインフレへ変化していくきっかけとなるかもしれない。繰り返しとなるが、グローバルデフレからインフレになるからといって、政策当局がコントロールできないような経済活動の大きな阻害となる極めて強いインフレに一気になることはないと予想している。正確には、グローバルデフレからマイルドインフレへの変化と言えるだろう。
まだインフレの発現までかなりの時間がかかるだろうが、これまでのグローバル・デフレの余韻に浸ってばかりいると、グローバルな経済環境のインフレへの転換が見えなくなるリスクとなろう。そして、デフレからインフレへのグローバルな転換はデフレ完全脱却への動きをみせる日本にはかなりの追い風となる可能性がある。アベノミクス2.0がリフレサイクルを強くし(復活したネットの資金需要を日銀がマネタイズする形でマネーが拡大する)、デフレ完全脱却に至るのがメインシナリオである。インフレ・リスクが最も小さいことは、日本は最後までポリシーミックスを継続し、景気拡大を促進する余裕があることを意味する。しかし、新型コロナウィルス問題の終息後に、財政負債を懸念して財政政策が緊縮に転じてしまえば、追い風は一転して逆風に変わってしまうだろう。
図)米国ネットの資金需要
図)米国国際経常収支
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司