トヨタとスズキは日本を代表する大手自動車メーカーである。この両社のインドにおける今後の事業方針は対照的である。トヨタはインド事業を拡大しない方針だが、スズキは逆に拡大傾向だ。なぜこのような違いが出ているのか。

インドの有望性と日本企業

トヨタ
(画像=Björn Wylezich/stock.adobe.com)

インドは日本企業にとっては決して無視できない市場だ。「人口ボーナス期」は2040年まで継続すると言われており、大手監査法人のデロイトは独自に「中長期的に見て、インドは市場として大きな成長可能性を有している」と予測している。

これからの10年が勝負時

特に次の10年で、世界の中でもインドの中間層のプレゼンスは急速に高まっていくと予想される。新型コロナウイルス問題でいまは状況がやや不安定だが、インドは現在も日本企業が事業の展開先として有望視する国の1つに挙げられている。

まだまだアメリカや中国、日本などと比べると「経済大国」と呼べるほどのGDP(国内総生産)の規模ではない。しかし、GDP成長率は2020年代に中国を抜くと予想されており、「経済大国予備軍」であることは間違いない。

インドにおけるトヨタ:事業を拡大しない方針

このように有望性があるインドだが、「世界のトヨタ」とも言われる日本のトヨタ自動車はインドで事業を拡大しない方針を示している。

前述の人口ボーナス期が続くことや将来的な経済成長を考慮すれば、インド事業では攻めの展開をすべきではないかと考えたくなるところだが、なぜトヨタは、インドで事業を拡大しない方針なのか。その理由の1つがインド独自の税制にある。

インドの税制について

インドでは、2017年7月に「物品・サービス税」(GST)が導入された。日本の消費税に相当する間接税で、新車を購入する場合は28%の税率が一律で掛かる。そして、例えば多目的スポーツ車(SUV)を購入する場合は、ほかの税金も含めると合計税率は50%まで上昇する。

これほどまで税金が高いと、一般消費者は自動車の新車を購入しにくくなる。そのため、トヨタはインドでの事業拡大をしない方針であるというわけだ。

米ブルームバーグ通信の報道によれば、トヨタのインド法人であるトヨタ・キルロスカ・モーター(TKM)社のバイスチェアマンが、実際にこのような点を指摘しているという。インド事業からの撤退とまではいかないまでも、事業の拡大は考えていないようだ。

しかし、新型コロナウイルスでインド経済も大きなダメージを受けている中、トヨタほどの巨大企業がインド国内での投資に消極的になっていることは、インド政府としても見過ごせないはずだ。モディ首相率いる政権の今後の動きが、気になるところだ。

インドにおけるスズキ:事業を拡大する方針

一方のスズキは、インド事業を拡大する傾向にある。その理由を理解するには、スズキとインドの関係について知っておく必要がある。

スズキとインドの歴史は40年近い

スズキとインドの歴史は古い。スズキは40年近く前にインドに進出しており、ブランドの知名度と信頼度を高め続けてきた。現在のインドの乗用車市場でスズキの販売シェアは実に4割以上に上っており、「インドと言えばスズキ」と言われるくらいの存在感なのだ。

インド側からみてもスズキの存在感は大きいが、スズキ側から見てもすでにインドは軽視できない市場となっている。現在、スズキの世界販売台数のうち約半分をインドが占めており、仮にインドでの売上が落ち込むようなことがあると経営へのダメージがことさら大きい。

インドの税率は高いが……

前述のトヨタと同様に、高い税率によって消費者が新車を買いにくくなっている影響をスズキも受けているが、トヨタ以上にスズキはインドを重要市場と捉えているため、今後も事業を拡大するという方針であるわけだ。

2020年5月に開かれたスズキの2019年度の決算会見において、鈴木俊宏社長は2030年にはシェア50%以上となることを目指すと明言している。新型コロナウイルスによって工場の操業にも影響も出ているが、早期のフル稼働にも意欲を示している。

中国におけるトヨタの動きにも注目を

トヨタとスズキのインド戦略を比較してきたが、同様に中国における動きも注視していくべきだ。特に自動車業界の王者であるトヨタの対中国戦略は、自動車業界のみならず経済界の大きな関心事であり、自動車関連ビジネスと関係がない人も方針くらいは知っておきたい。

トヨタは、中国では事業を拡大する方針を示している。中国の市場規模を考えれば中国事業に弱腰となるべきではないことは当然とも言えるが、ほかの理由もあると考えられる。中国では新型コロナウイルスの第1波の収束が早く、新車販売に対するダメージは他国に比べて予想以上に小さかった。そのため、トヨタの中で相対的に中国事業の重要度が増しているとみられている。

将来の巨大市場であるインド、そして中国は現在の巨大市場である。この両国で日本の自動車メーカーがどのような方針で事業を展開していくのか、引き続き注目していきたいところだ。(提供:THE OWNER

文・岡本一道(金融・経済ジャーナリスト)