潜在成長率を構成する全要素生産性は、2016~19年にかけてかつてなく低下している。多くの人が第4次産業革命だと騒いでいるのに、その恩恵らしきものはGDPの押し上げには現れていない。総務省は、2014年頃からデータ流通量が急増していて、デジタル化が進んでいることを指摘するが、それはGDP統計には反映されない。

成長
(画像=PIXTA)

目次

  1. 低下する成長のポテンシャル
  2. 不況期に高まっていた全要素生産性
  3. デジタル化の恩恵は遅れる
  4. 今は夜明け前なのか?

低下する成長のポテンシャル

内閣府は、GDPギャップと潜在成長率を月例経済報告の参考資料として発表している。非常に地味な統計である。その中で、2020年4-6月は潜在成長率が0.7%に低下した。労働投入量がマイナスに転じたからだ。おそらく、資本投入量も下向きだから、潜在成長率はさらに低下するだろう。すると、頼みの綱は全要素生産性の寄与となる。

しかし、全要素生産性は2012年頃に+1.1%の寄与があったのに、その後の安倍政権下では2016~19年は+0.4%と過去最低レベルで推移している(図表1)。しばしば経済学者たちは、成長戦略によって潜在成長率を上げようと主張するが、肝心の全要素生産性はすでにかつてなく低下しているのが実情である。

不況期に高まっていた全要素生産性

多くの人のイメージは、イノベーションによって全要素生産性の寄与が高まり、潜在成長率が押し上げられるだろうというものだ。その発想から逆算すれば、2016~19年はイノベーションが停滞していたことになる。Society5.0とか、第4次産業革命と言われていた時期に、全要素生産性が寄与を低下させていることはパラドックスと言わざるを得ない。テクノロジーの大変革はどこに消えてしまったのだろうか。

そこで、過去に全要素生産性の寄与が大きく高まった時期を確認してみた(前掲図表1)。すると、過去2回の山があったことがわかる。2001~03年、2011・12年である。この2回は景気が悪く、特に失業率の高まった時期と重なる。不思議なことに、不況期ほど全要素生産性が高まっているのだ。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

この背景を考えると、景気循環とは別の要因(外生的要因と言う)があるようだ。それは、テクノロジーの普及が絡んでいると筆者はみている。

デジタル化の恩恵は遅れる

2001~03年にかけて起きたのは、パソコンの普及と携帯電話の普及が重なったことだ(図表2)。また、2011・12年はスマートフォンの普及だとみている。こう説明すると、話題になった時期とそれが普及していくタイミングに3~5年くらいのラグがあることに気付くだろう。スティーブ・ジョブズが生前に今のスマートフォンを発表したのが2007年1月である。それが本格的に普及して、日本市場を席巻するのは少し年数を経てからのことになる。やはり、人々がスマホの利便性から実体のある利益を得るには、ツールとして普及してからだ。それがタイムラグをつくる。ことわざには、「ミネルバのふくろうは夕暮れに飛び立つ」というヘーゲルの有名な言葉がある。発明品が登場して、その普及が相当に進んだ後の「夕暮れ」になって、全要素生産性が高まっている。IT化が進んでしばらくして成長率は上がる。経済学では有名なソロー・パラドックスという話もある。成長論の大家ロバート・ソローは、IT化によるニューエコノミーが2000年頃に騒がれているのにそれが成長率を押し上げていないと指摘していた。この論争は、まさに、2001~03年頃になって成長率が上向くことで結着した。GDPにIT化が効果を及ぼすのは数年単位の遅れを伴う。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

なぜ、そうしたラグが生じるかについて、筆者は迂回生産性という経済学のロジックがぴったりと当てはまると考える。IT化も、デジタル化とともに道具である。生産力を生み出す道具が刷新されてから、企業は追加的な生産増という成果を得る。迂回生産の利益はタイムラグを伴うのである。需要サイドでは、スマホのような新しいプラットフォームが多くの人に使われ始めてから、その利便性が一気に高まる(技術進歩によるネットワークの外部性と言う)。

今は夜明け前なのか?

コロナ禍によって私たちは不況期を迎えている。2001~03年と2011・12年のときは、そこにテクノロジーの普及による全要素生産性の高まりがうまく重なってくれた。では、現在もそれが起こりつつあるのだろうか。

筆者は、その点についてあるかもしれないと思っている。現在、その予兆がいくつかあるからだ。2020年の総務省「情報通信白書」では、データ流通量の爆発的拡大を指摘する。2014 年頃から「我が国のブロードバンド契約者の総ダウンロードトラフィック」が急増しているという。これは、技術進歩によって半導体の集積度が上がり、スマホでやり取りされる情報量も急増していることを反映している。

ただし、このデータ流通量の拡大が全要素生産性を押し上げて、今後のGDP増加につながると筆者は明言するまでの自信は持っていない。

ひとつの理由は、拙稿の上編で詳しく述べたデジタル機器のユーザーの巨大な便益(消費者余剰)が、GDPの増加に結びつきにくいことがある。ほぼ間違いなく、デジタル・ユーザーは巨大な便益性を手に入れているはずだが、それはGDPの外側に置かれている。

今後、5G対応のスマホが売れて、基地局の整備が進むことは、個人消費や設備投資として表れ、GDPを押し上げるだろう。

でも、そのインパクトは現在進んでいるデジタル革命の部分集合でしかない。もしかすると、消費者の巨大な便益のごく一部分でしかないかもしれない。直感的に言って、ここ数年のGDPはデジタル化を織り込めておらず、今後もデジタル化の威力を過小評価し続ける可能性がある。

今は、デジタル化がGDPを大きく押し上げる前、つまり、夜明け前なのかもしれないし、反対に今後とも水面上には姿を現さないメリットで終わる可能性もある。2001~03年と2011・12年のときは、デジタル機器が売れて、その分、GDPに反映しやすかった。最近のデジタル化は、そうしたモノの動きは以前ほどではない。むしろ、デジタル化の質的変化が大きい特徴がある。そうした質的変化を捉える意味で、筆者は、デジタル化を捕捉する参考値のようなものがあった方がよいと考えている。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生