コロナショックによって中断されていた新規株式公開(IPO)が、2020年6月になって再開された。コロナ禍では、上場の中止に追い込まれた会社が複数存在する。今回は、IPOの基本や上場中止の条件、経営者が上場の中止とどう向き合わなければならないのか説明する。

IPOは会社にとって追い風?

コロナショック
(画像=maru54/stock.adobe.com)

新規株式公開を意味する「IPO(Initial public offering)」に踏み切ることは、企業にとってもメリットとデメリットがそれぞれ存在する。

IPOのメリット

株式を公開することで資金調達の新たなチャンネルが確保され、金融機関からの融資一辺倒の状況から脱却することができる。「上場企業」の肩書が付けば、それだけ社会的な信用が上がって認知度も高まる。

結果的に、優秀な人材の確保や新規事業推進の原動力ともなるだろう。さらに、経営者やその親族が株式を保有している場合、IPOによって富裕層の仲間入りも果たすことも期待できる。

IPOのデメリット

IPOには上記のようなメリットがあるが、新規株式の公開までにはさまざまな準備や手続きが必要となる。また、一旦、上場されると社会的な信用を得られる反面、その責任は増大することになり、業績に対する評価や不正が発生していないか等、株主から厳しい目を向けられる。

それまで経営者が絶大な影響力を及ぼすことができた会社も、IPOによって株主の存在を常に意識することが求められるようになる。

IPOには厳格な審査が行われる

IPOをやろうと思っても、単純に株式を公開すれば上場企業になれるという訳ではない。まずは、上場申請に向けて証券会社や監査法人などからのアドバイスを受けながら、社内体制の整備を進めていくことになる。

上場の審査には直前2期分の監査証明が必要となるため、IPOにたどり着くには相応の時間がかかることを覚悟しなければならない。上場申請後には、3ヵ月に及ぶヒアリング調査が実施されて審査が下される。マザーズやJASDAQの場合は、審査期間が2ヵ月となっている。さらに、上場の審査を受けるには200万円の費用を負担しなければならない。

IPOが中止となる条件がある

こうして一定程度の期間と費用をかけたにも関わらず、IPOが中止となるケースがある。

・上場審査基準に抵触する場合

東京証券取引所が上場承認後、会社が上場審査基準に抵触する事態となった場合には、その承認を取り消されることがある。具体的には、新規上場を承認された企業が、新株発行及び株式売り出しを中止することによって有価証券上場規定の形式要件を満たさないケースなどが挙げられる。

・上場した企業が自ら上場中止を希望する場合

上場審査を通過した企業自らが、上場の中止を求める場合も上場中止となる。例えば、コロナ禍の影響で上場の中止に追い込まれた企業の1つは、その理由を「新型コロナウイルスの世界的な感染拡大及び原油価格の急落等を受けた最近の株式市場の動向等諸般の事情を総合的に勘案し中止する」と説明している。

この企業は東証2部への上場を予定していた。東証2部への上場規定として、上場時の時価総額の見込みが20億円以上という条件があり、株式市場が低迷しているタイミングでは、上場の条件を満たすことができないと判断した可能性が想定される。

上場を目指し、社内体制の整備やヒヤリング等の審査をクリアしても、今回のようなコロナショックに見舞われると、IPOに向けたそれまでの苦労が水の泡となってしまうリスクもあるのだ。

コロナ禍発生までのIPOの実施状況

新型コロナウイルスの感染拡大が世界の市場を震撼させるまでは、株価は高値水準で推移し、米国ではダウ平均株価は史上最高値を記録するような好調ぶりを見せていたのは記憶に新しい。

コロナでマーケットは大荒れ

2020年はコロナ禍によりマーケットが大荒れし、日本国内だけでなく、世界中を見渡してもIPOの実施社数の急減は免れないかもしれない。特殊要因を排除して中長期的に状況を判断するために、コロナショックに襲われる前のIPOのトレンドを振り返ってみよう。

世界4大会計事務所の1つであるKPMGによると、2019年にIPOを実施した企業は86社に上り、2018年より4社減少したものの、2015年(92社)以降、2016年(83社)、2017年(90社)と一定の水準を保っていた。86社のうち、設立後10年から15年の企業が19社と最も多く、新興企業の台頭が目立った。

比較的歴史の浅い企業においては40代未満の経営者も珍しくなく、86社のうち22社、実に4社中1社の経営者が40歳未満である。20代から30代の経営者によるIPOは、2018年より11.2%増加しており、新陳代謝を見せた。

コロナ禍までは、好調なマーケットも後押しとなり、若い経営者も積極的にIPOを推し進め、上場企業の経営者の仲間入りを果たしていたことが読み取れる。

IPOに熱い視線が注がれる理由は?

経営者にとって会社が上場するかどうかは大きな節目ともなるが、IPOは投資家からも熱い視線が注がれる。投資家は、抽選に当選すればIPO株を購入することができる。上場後の初値が公募価格を上回れば、大きなキャピタルゲインを得られる可能性もあるため、投資家にとってIPO株は喉から手が出るほど欲しい株である。

99%の確率で利益を出せるIPO株

例えば、2019年に上場した86社のうち、初値が公募価格を下回ったのはわずか9社だけであった。投資家がIPO株を公募価格で購入して初値で売却すれば、実に90%の確率で利益を上げられたという驚異的な実績がある。

上場の中止は会社の信頼を落としかねない

上場承認を受けた後にコロナショックのような事態に見舞われ、株主の公募を予定していたけれども上場を中止する判断を迫られた場合、何事もなかったかのように上場プロセスから身を引くことはできない。

IPO株で利益を狙う投資家は、上場の中止の決定に失望し、ひいてはマーケットからの信頼を一時的に失うリスクすら潜む。かといって、株式相場に暗雲が立ち込めている状況では、IPO株といえども上場時に初値が公募価格を下回る恐れもあり、投資家からの失望を招いてしまうことになる。

コロナ禍のような状況においては、予定通り上場するも苦境、上場を中止するのも苦境というような状況であり、経営者としては苦渋の判断を迫られていたと推測される。

・株主に対するジレンマを感じることもある

会社を上場させれば、常に株主と向き合う責任が発生するが、株主は自社の強力なスポンサーでもある。企業の事業や将来の成長性に同調して、株式を通じて出資してくれる投資家も現れるだろう。

一方で、IPO株は利益を上げる確率が高いという理由で投資家から人気であることも否めず、必ずしも投資先の企業のビジョンや事業の成長性を重視しているとは限らない。

IPOの中止を決断した場合、投資家からの失望を買うことになるが、そもそも会社の事業には目を向けていない投資家も存在し、経営者としてはIPO株で利益を狙う投資家をもどかしく感じるかもしれない。

上場中止後の戦略

経営者としては、上場を中止するという決断を下すだけでも骨の折れる仕事ではあるが、さらにその先には苦難が待ち受ける。

資金確保が課題

株式上場により予定していた資金が確保できなくなってしまえば、事業拡大や新規事業の展開が実現できなくなってしまう恐れがある。当初の事業計画を維持するために金融機関からの融資に切り替えるのか、あるいは事業計画そのものを見直すのか、経営者として適格に判断しなければならない。

現実問題として、IPOによって想定していた資金を金融機関から融資してもらうことは、かなり高いハードルになるだろう。事業計画の変更をしようとしても、設備投資などの契約が既に締結済みなどの場合もあり、経営者を悩ませる事態となるだろう。

一旦、上場の中止を決定した後、出来るだけ早期に上場を試みようとしても、市況がどのように変化するのかは、どれほど有能な経営者でも予測することは不可能に近い。

コロナ禍以降の株式市場は、足元ではショックから回復基調を見せているが、経済活動の再開とともに感染の第二波に対する警戒感が強く、それが引き金となって株価が2番底に向かう可能性も排除できない。このような状況では、一旦中止した上場を、再度早急に手続きを進めることはリスクが付きまとうかもしれない。

IPOは中止も想定した上場手続きと資金確保のシミュレーションが必須

コロナショックは、世界中の経営者や投資家も予測していなかった事態であるが、こうした急激なトラブルにより、上場の中止も事前に想定しておかなければならないという教訓も得ることができる。

企業が上場を目指す段階では、業績も上向き、将来への成長に向けて野心に溢れているかもしれないが、経営者はリスクヘッジを欠かしてはならない。上場が中止となった場合に、事業資金をどのように確保するのか、ある程度の手立てを事前に計画しておくことが求められる。

上場の中止によって事業計画や資金需要の予定が崩れ、上場を目指す程に好調であった業績が一気に傾いてしまうような事態を、経営者は何としても回避しなければならない。上場の中止が賢明な判断となるには、さまざまなシミュレーションが経営者には求められる。(提供:THE OWNER

文・志方拓雄(ビジネスライター)