バイデン次期大統領が就任すると、トランプ時代の負の遺産が清算されることが期待される。米経済が成長することで、輸出などが増えて日本経済にも恩恵がありそうだ。バイデン氏が、地球温暖化対策、北朝鮮政策でも大転換を図ることが日本に様々な影響を及ぼすことだろう。

日米
(画像=PIXTA)

焦点は米中関係

米大統領にジョー・バイデン氏が就任することになると、日本経済にはどんな恩恵が期待できるのだろうか。焦点は、米国が対中国輸入に課している制裁関税の撤廃だろう。この問題は後述するようにそう簡単ではなさそうだ。巷間、米大統領が共和党出身でも、民主党出身でも対中強硬路線は変わらないと言われる。貿易政策で考えても、大統領選挙終盤で、ラストベルトと言われるウィスコンシン、ペンシルベニア、ミシガンなどの州で接戦だったことを思い出すと、貿易の自由化は憎まれっ子にされやすいと感じられる。バイデン次期大統領も、保護貿易に傾きやすい政治基盤の上にいると考えてよい。オバマ時代のTPPに復帰する可能性も乏しく、それに変わる新貿易協定の枠組みもすぐには構想できないだろう。

米経済成長への期待

バイデン氏は、積極的な財政出動を掲げて、4年間で2兆ドルの拡大を表明している。米経済が以前のように2%成長の軌道に戻れば、それだけで恩恵は大きい。2000年以降のデータで推計すると、米国が2%成長すると、日本の実質輸出が+4.0%ポイント伸びる結果になっている。輸出増加は、設備投資増加などに波及して、日本経済全体では実質GDPを+0.8%ポイントほど嵩上げすると計算できる。

願わくは米中関係改善の効果がここに加わってほしい。トランプ時代の負の遺産である各国に対する制裁関税が全廃されれば、米中経済が改善される。コロナ禍での経済対策として、制裁関税の全廃を進めてほしいものだ。対中外交についても、貿易政策を人質に使ったのがトランプ時代の手法だった。外交を得意分野とするバイデン氏にはそうした掟破りの手法からの決別が期待される。

変化が期待される米中関係

バイデン氏が中国に対してどう臨むのかは明確ではない。考える材料は、(1)バイデン氏が中国への制裁関税には反対、(2)民主党内には中国への強硬路線を唱える人が多い、ということである。制裁関税には反対だからそれを撤廃することにはならないだろう。制裁関税を撤廃すると代わりになる有力カードがなくなって押さえが効かないという見方もある。

制裁関税の範囲は、第1弾から第4弾の一部まで対中輸入の累計3,600 億ドルに及ぶ。中国は、それに対抗して対米輸入1,850 億ドルに制裁関税をかけている。これらを無条件で廃止するメリットは大きいが、米国側にこれに勝る人質は見当たらないのが実情だ。人権問題などで対中包囲網をバイデン氏がつくるとしても、対欧州の制裁関税などを引き下げるのが先になる。つまり、制裁関税全体を仕切り直すのは、時間がかかりそうなのだ。そうなると、当分、制裁関税の扱いは現状維持という見方も強まる。

思い出すと、米中貿易交渉はまだ途中段階だった。コロナ発生の直前、2020年1月15日に米中間で第1段階の協定が結ばれた。中国はそれに神経を使って初動が遅れた。この第1段階の協定では、今後2年間で米国から中国は農水産品の輸入額を400~500 億ドルほど増やすことを合意したとされる。その履行を条件に、スマホなど残り1,600 億ドルの制裁関税が棚上げになり、他の3,600 億ドルの関税引き下げへと交渉が進む運びとなっていた。その第2段階の交渉は、11月の大統領選挙が終わってからという手はずだったと思う。今回、トランプ氏が敗北して、その計画は完全に宙に浮いた格好になってしまった。

対北朝鮮外交の変化

トランプ時代から大きく動きそうなのは、対北朝鮮政策だろう。トランプ氏と金正恩氏の個人的関係を軸にした融和ムードは消える。その代わりに、再び強固な北朝鮮の包囲網が築かれることになるだろう。そうした未来を予想すると、日韓関係には改善のプレッシャーが高まる。文大統領の日本への姿勢も柔軟になることが考えられる。もしも、日韓関係が改善すれば、それによる経済メリットもまた大きいはずだ。菅首相は、インバウンドの受け入れを早急に回復したい考えだ。各国との入国制限の緩和も積極的に行われている。韓国からの訪日客を取り戻すには、むしろ日本側のコロナ感染の収束を急がなくてはいけない。それに成功できれば、アフター・コロナを展望して、日本経済回復の好材料になりそうだ。

地球温暖化対策への歩調

バイデン氏が、トランプ氏とは正反対の政策を採りそうなのが地球温暖化への対応である。今になって思えば、菅首相が2050年にカーボンニュートラルの目標を掲げたのは、バイデン時代の到来を予感していたのかもしれない。欧州に続いて、新しい温暖化対策の枠組みに歩調を合わせる決定を行った。日本政府のこうした決定には筆者も積極的に賛成したい。

もっとも、温暖化対策が、バイデン氏が討論会で唱えていたように、新しい成長分野になると単純明快に考えることはできない。日本の産業界にとっては重石になると考えられる。

民主党が温暖化対策を強力に推進しようと考えている背景には中国の成長に不利に働くだろうという思惑がある。中国は、CO2の排出量が突出していて、発電に占める石炭火力のウエイトも高い。中国が成長するほどにCO2を多く排出するので、CO2削減の目標を課せば、成長率を抑制させる作用があると、民主党は考えているのだろう。

その影響は、日本にも飛び火してくる。震災後、日本は火力依存を強めて現在に至っている。だから、バイデン氏が中国に火力発電の見直しを迫るとき、日本も同様に見直しを進めなくてはいけなくなる。日本の発電事業は、火力発電を別のエネルギー源に代替していく構想を練っていく必要がある。

すでに、日本では2030年のエネルギーミックスとして、再生エネルギー22~24%、原発20~22%、LNG27%、そして石炭火力26%としている。この計画は、今後修正されて、石炭火力の依存度は引き下げられる可能性がある。

将来のエネルギー源として、「イノベーションを起こして水素利用を進めよう」という話が最近は多いが、これはまさしくコスト面での課題がネックである。CO2削減を進めようとすると、政府の補助金に依存しなければ、なかなか再生エネルギーの大躍進にはつながらない。菅政権の今後の大きな課題のひとつである。

また、CO2問題には、自動車産業への逆風もある。米国では、すでに自動車の電動化を推進する流れがある。民主党が強いカリフォルニア州では、2035年までに新車販売の中でガソリン車を全廃する方針が決まった。この報道は衝撃的だったのを覚えている。ガソリン車が全廃されると、ゼロエミッション車(無公害車、ZEV車)のみの販売が認められる。こうしたルールは、日本メーカーには不利に働くと言われている。バイデン時代には、こうした規制がもっと積極的に進むだろうと予想されている。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生