ミッションは「使命感」を表す言葉である。辞書を引いてみると、天職、布教活動とも訳されている。近年、ビジネス界の変革に伴って「ミッション」という言葉が注目を浴びている。
ビジネス界でいうミッションとは、簡単にいえば企業にとっての使命のことであり、存在意義そのものを表しているともいえる。では、なぜ今ミッションが注目されているのだろうか。この記事では、企業の成功と成長を左右するミッションについて、詳しく解説する。
企業にとってのミッションとは?
ビジネス界にミッションという概念を持ち込んだのは、「マネジメントの父」と呼ばれるアメリカの経済学者ピーター・F・ドラッカーといわれている。彼は自著の「ネクスト・ソサイエティ(Managing in the Next Society)」において、ミッション・ビジョン・バリューという3つの概念の重要性を提唱した。
3つの概念の重要性
それぞれを概説すると、企業が社会の中で果たすべき使命や役割として規定されるのがミッションであり、企業自体の存在意義や目的を表している。ミッションがあいまいなままでは、企業は目的が定まらず社会に流されてしまうかもしれない。
明確なミッションが決まった企業は、次に具体的な活動指針としてのバリューを策定する。これは企業の社員それぞれにとっても、重要な行動指針になる。具体的なバリューをもとに、ミッションに向かってビジネスを前進させるための段階的な目標がビジョンだ。
このように、現代のマネジメントシステムを構築するためのステップとしてミッション・ビジョン・バリューを捉える必要があり、それぞれを明確に規定することが重要だ。ここからは、企業にとっての最大目標ともいえるミッションについて、より詳しく検証してみよう。
ミッションの定義と具体的な決定方法
グーグル(Google)やアップル(Apple)といった超巨大企業も、社会に対する使命として1つのミッションを掲げている。いずれの企業も揺るぎない軸として明確にミッションを語っているが、なぜ現代のビジネスにはミッションが必要なのだろうか。
ミッションが生まれた背景と定義
ミッションという概念は、巨大化する多国籍企業の登場と無縁ではない。むしろ多国籍企業が自らの経営活動に対して、社会的な正当性を持たせるためにこそ必要なのかもしれない。ドラッカーの著書「ネクスト・ソサイエティ」は2002年に刊行されたが、Googleが誕生したのはその4年前の1998年で、やがてインターネット界の巨人として台頭することになる。
著書の中でドラッカーは、今後の社会変化について独自の予測を立てており、新しいマーケティングの仕組みが生まれつつあることを、敏感に感じ取っていたようだ。
ドラッカーの予測どおり、その後Googleをはじめとする新たなマーケティング手法が広がっていくが、それらの企業には国境を越えて理解される理念が必要だった。さらに拡大する先々で共有できる使命を掲げる必要もあり、そのような理念や使命を具現化するためにミッションが規定されたのではないだろうか。
現在はメジャーな企業がミッションを掲げたことで、ビジネス界全体にもミッションを規定する動きが広まっている。ここで改めてミッションの定義を考えてみると、やはり企業にとっての「使命」という表現がしっくりくる。
その企業はなぜ存在するのか、経営を続ける目的は何なのか、社会的にその企業がどのように評価されるのか、といった要素を総合的に考慮した上で、企業経営の指針として掲げられるものがミッションといえる。
ここで、ミッションという概念が生まれたアメリカでは、具体的にミッションをどのように定義しているのかを紹介しよう。ミッションは、主に以下の4つの要素によって定義される。
- 企業が追い求めるべき目的(目標)
- 企業経営の計画性
- 企業活動の機能性
- 企業と社会とを結ぶ媒体の確立
これらの定義を総合すると、企業のミッションとは進むべき方向の指標であると同時に、社会に対する責任を規定する指標でもあるといえるだろう。
メジャー企業が掲げるミッションの事例
世界規模で展開する企業も、「ミッション・ステイトメント」という形でミッションを掲げている。その一例を見てみよう。
1.Googleのミッション
世界の情報を組織化して、どこからでもアクセスでき、利用できるようにすること。
2.Appleのミッション
革新的なハードウェア・ソフトウェア・サービスを通じて、顧客に最高のユーザー体験を届けること。
3.Amazonのミッション
我々は顧客に対して可能な限り安い価格と、最適な選択肢、そして最上の利便性を提供するために努力する。
それぞれのミッションを一読すると、あっけないほどシンプルな内容であることに驚かされる。それがかえって、軸としてブレない使命感として伝わってくるのかもしれない。ただし、ここで紹介したメジャー企業のミッションには、補足的なサブ・ミッションが追記されている。
例えばGoogleでは、「新たなアイデアの共有」「世界規模でのアクセス環境」「さらなる組織化の加速」という3つのサブ・ミッションについても、ミッションを補足する形で詳細な説明が加えられている。
それらの説明を検証すると、企業にとってのミッションとは、社会の中でどのような責任を果たすべきかを考慮した上で、その責任を完遂するための目的を公開する手段といえるのではないだろうか。
企業がミッションを決定する方法
海外から新たなマネジメント手法が流入したことで、日本国内でも既存のビジネスに変化が求められている。その中で、経営の軸でもあり目的でもあるミッションが不明確な企業は、これからのビジネス環境に対応できなくなる可能性がある。
明確なミッションを持たない企業は、改めて自社の使命と社会的意義とを見直して、ミッションを規定する必要があるだろう。では、ミッションはどのように決定されるのだろうか。
ミッションを決定するタイミングは起業時がベストではあるが、すでに事業を行っている企業は、必要性を感じた時点で決定すればよいだろう。
決定には代表者のほかにも、経営に関わる役員や社員の意見を反映すべきで、事業内容や企業の特徴を考慮して、十分に検討を重ねた上で、なるべくメッセージ性が強くわかりやすい表現にまとめる必要がある。
最終的なミッションの決定は、市場や顧客、事業内容、企業の持つ強みなどを深く考察して、そこに企業理念や社会的な位置づけなどを加味しながら行うことになる。現在国内でも多くの企業がミッションを公表しているので、参考にするとよいだろう。
ミッションを具現化するためのビジョン
ビジョンは本来「視力」を表す言葉だが、そこから派生して「未来像」という意味でも用いられる。ビジネスにおけるビジョンとは、企業が自己の未来像を描き、それを具体化するための指針になるものだ。
では、ミッションとビジョンの違いは何だろうか。それを理解するために、ミッション事例を紹介した前述の3企業が掲げるビジョンを見てみよう。
メジャー企業が掲げるビジョンの事例3つ
ミッションの事例で紹介した企業は、「ビジョン・ステイトメント」という形でビジョンも公表している。ミッションとの違いを確認してみよう。
1.Googleのビジョン
ワンクリックで、世界中の情報にアクセスできる場を提供すること。
2.Appleのビジョン
我々は素晴らしい製品を作るために地球上に存在しており、それは決して変わることがないと信じている。
3.Amazonのビジョン
顧客がオンラインで買いたいと思うあらゆる商品を見つけられる、地球上で最も顧客中心の会社になること。
ミッションとビジョンとの違い
一見すると、ミッションとビジョンには大きな違いがないように思えるかもしれない。しかし詳細に比較すると、ミッションは社会における企業の存在意義をより強く意識しているように感じる。
一方でビジョンは、企業が自律的に目指すべき事柄が掲げられているように見える。ミッションが企業の「使命」を表すなら、ビジョンは企業の長期的な「目標」を表しているのではないだろうか。
ミッション・ビジョン・バリューによるこれからのビジネス
ピーター・F・ドラッカーは、ミッションとビジョンに加えて、バリューという概念もビジネス界に持ち込んでいる。バリューは「価値」を表す言葉だが、ミッションとビジョンを実現するための行動指針として定義されている。
日本の企業は明確な目標を規定せず、しかも自己の社会的な存在意義を問うこともなく、利益の追求だけを目標に進んでいるように見える。しかし、ミッション・ビジョン・バリューという概念はなくとも、以前のいわゆる「日本的な商売」には、これらの概念に通じる意識が存在していた。
現在ビジネス界では、新たに海外から「顧客エンゲージメント」という概念が持ち込まれている。「顧客とのつながりを以前にも増して強固にする」という考え方だが、これは昔の日本の商売では当たり前のことだった。
つまり、ミッションという言葉は使っていなくとも、もともと日本の企業は社会的な責任と自己の使命とを漠然と理解していたのだ。それを忘れつつある現代において、海外企業が提唱する概念をもとに、国内企業も改めてミッション・ビジョン・バリューを策定する時期にさしかかっているのかもしれない。
改めて見つめ直す日本企業にとってのミッション
日本の社会には、古くから「おかげさまで」という言葉が根付いている。ビジネスで成功を収めても、それをすべて自己の成果とせず、周囲からのサポートの結果と捉える表現だ。この言葉が、日本企業のミッションの源流なのではないだろうか。明確な規定はなかったものの、これまでの日本社会には、企業にとっての使命や社会的責任を包含したミッションが、常に存在していたのかもしれない。
日本のビジネス界がそれらの概念を忘れつつあるのなら、ここで改めて自己の存在を見つめ直し、ミッションを定義する必要があるのではないだろうか。(提供:THE OWNER)
文・大澤秀城(ダリコーポレーション ライター)