日本経済の発展に貢献してきた業界の一つが化学業界である。ただ、具体的な事業や規模、利益率、企業などは意外とイメージしづらい。そこで今回は、化学業界の概要や動向、代表的な企業などを解説していく。化学業界のビジネスに関心がある方はぜひ参考にしていただきたい。
化学業界とは
まず化学業界について製品の例を交えながら説明する。
化学業界の概要
化学業界を理解するには、化学メーカーについて知っておきたい。化学メーカーとは、合成・分解などの化学変化を応用した商品を製造・販売する企業だ。
具体的にはガスや石油、パルプ、繊維などの原材料を化学技術で変化させる。つまり化学業界とは、化学を駆使して暮らしに役立つ製品を提供する企業の集まりである。
19世紀に始まった農業用肥料の生産が日本における化学業界の始まりであり、1950年代に政府が「石油化学工業育成対策」を発表したことで本格的に業界が発展していった。
化学業界の製品
総務省が公表している「日本標準産業分類」によると、化学業界の製品は以下のように分類できる。
- 化学肥料
- 無機化学工業製品(圧縮ガスや無機顔料など)
- 有機化学工業製品(プラスチックや石油など)
- 油脂加工製品、石けん、合成洗剤、界面活性剤、塗料
- 医薬品
- 化粧品、歯磨、その他の化粧品調整品
- その他の化学工業(天然樹脂や香料など)
このように化学業界では、肥料、石けん、化粧品といった日常生活に密接に関わる製品を生産している。化学業界が経済や生活に大きく貢献していることが理解できるだろう。
参考:日本標準産業分類 総務省
化学業界の動向
次に化学業界の市場規模や利益率、動向について解説していく。なお、市場規模に関しては、化学業界に属する企業の合計売上高で算出されている。
化学業界の市場規模と利益率
2019年度における化学業界の市場規模は32兆7,000億円であり、136ある業界の中で順位は12位とかなり上位だ。
1年間での市場規模の伸び率は+3.8%であり、順位は64位という結果だ。業界の成長率は特段高いわけではないようだ。
利益率は+5.3%であり、順位は34位だった。市場規模と同様に利益率も比較的上位に位置しているとわかる。
以上のデータより、化学業界の市場規模は国内で上位だが、近年の伸び率は鈍化傾向にあるといえる。経済や生活を支える業界だが、すでに成熟期にあるというわけだ。
だが、2010年代以降は緩やかに市場規模が拡大している。技術革新や市場のニーズによっては、今後も着実に市場規模を拡大していくだろう。
景気や原材料の価格に左右される
中国をはじめとしたアジア各国の急速な経済発展にともない、2000年代後半にかけて化学業界は大きく市場規模を拡大する。しかし、2008~2009年にかけて原油価格の高騰や世界的な金融危機の影響を受け、化学業界全体で業績悪化が見られた。
2013年以降は景気の回復にともない化学業界の市場規模も再び拡大傾向に転じる。2017~2018年にかけては、世界的な経済成長とナフサ(化学原料)の上昇を背景に市場規模の拡大が若干見られた。
以上の通り、化学業界の規模は世界の景気や、原材料の価格に大きく左右される。そうした現状から近年は、価格の乱高下が激しい石油への依存を下げたり、低価格の商品分野から撤退したりする化学メーカーが増加傾向だ。
ただし2020年8月時点で、こうした化学メーカーの取り組みは新型コロナウイルスの影響により足止めを食らっている。経済が回復するタイミングまで耐え抜けるかが化学業界の今後を左右するだろう。
化学業界の売上高ランキング
経済メディアStrainerで公表された「化学 売上高 ランキング」によると2019年における化学業界の売上順位は以下の通りである。
1位:三菱ケミカルホールディングス(3兆8,403億円)
2位:富士フイルムホールディングス(2兆4,314億円)
3位:住友化学(2兆3,185億円)
4位:旭化成(2兆1,704億円)
5位:信越化学工業(1兆5,940億円)
ここからは、各社の概要や事業内容、強みなどを詳しく解説する。
1位.三菱ケミカルホールディングス
三菱ケミカルホールディングスは、高性能フィルムの製造やプラントの事業を行う三菱ケミカルに加えて、医薬品を扱う田辺三菱製薬、産業ガス事業を行う大陽日酸などを傘下に持つ。
複数の傘下企業を持つことで化学業界のあらゆる分野を自社でカバーし、バランスよく収益を獲得している。
傘下企業が各事業分野で通用するノウハウや技術を持っているからこそ、同社は化学業界のリーディングカンパニーとしての地位を築けたのだろう。
2位.富士フイルムホールディングス
富士フイルムホールディングスは、カラーフィルムやプリント製品などを扱うイメージングソリューションを主力事業としていた。
しかし近年は、写真や映像分野の市場縮小により、十分な収益を確保するのが困難となっている。そこで同社では、医薬品やサプリメント、化粧品などを生産するヘルスケア&マテリアルズソリューションへシフトした。
2020年3月期の決算を見てみると、イメージングソリューション事業の売上高が3,326億円である一方で、ヘルスケア&マテリアルズソリューション事業の売上高は1兆242億円と圧倒的に多い。
時代に応じて主力事業をシフトする戦略は、化学業界で成功を収め続ける結果につながったといえる。
3位.住友化学
住友化学は住友グループの総合化学メーカーであり、主に石油化学、エネルギー・機能材料、医薬品、情報電子化学、健康・農業関連事業の分野で事業を行っている。主力となっているのは石油化学事業だ。2019年3月期には7,575億円の売上収益を記録している。
石油化学事業以外の収益も見てみよう。エネルギー・機能材料が2,829億円、医薬品が4,921億円、情報電子化学が3,968億円、健康・農業関連事業が3,381億円である。
主力事業に依存せず、各分野でバランスよく収益を得ている点が住友化学の強みだろう。
参考:住友化学
4位.旭化成
旭化成の強みは、あらゆる業界で認知度の高いブランド製品を提供している点だ。主力であるマテリアルのみならず、ヘルスケアや住宅建材、エレクトロニクスなどの事業も展開している。
例えば、日常生活に欠かせない「サランラップ」や、戸建住宅に用いられる住宅用建材「ヘーベル」などは、旭化成が製造・販売している。
技術力の高さはもちろん、他の関連事業で技術力を活かす応用力や、ターゲットの需要を満たす商品開発力も他社にはない競争優位性の一つだ。
参考:旭化成
5位.信越化学工業
信越化学工業の大きな特徴は、複数の製品が世界市場でトップシェアを獲得している点だ。具体的にはシリコンウエハー、塩化ビニル樹脂、合成石英、合成性フェロモンのシェアが世界1位である。
また、他の化学メーカーと比べて海外進出に積極的な点も特徴だろう。同社は1960年代に海外進出を果たし、今では売上の7割超を海外が占める。
海外進出も含めた独自路線が功を奏したのか、2020年3月期時点で営業利益は10期連続で増加している。また、同年同月期の当期純利益率は20.3%、自己資本比率は82.1%であり、収益性と安定性はともに高水準だ。
参考:信越化学工業
化学業界は就職・起業の有力な選択肢
化学業界は、生活に欠かせない製品を製造・販売している。不景気や原材料の価格高騰などにより需要や市場規模は変動しやすいが、長期的に見ると市場は安定しているだろう。生活に欠かせないという点で、就職・起業する分野としても有力な選択肢といえる。(提供:THE OWNER)
文・鈴木裕太(中小企業診断士)