風間 啓哉
風間 啓哉(かざま・けいや)
監査法人にて監査業務を経験後、上場会社オーナー及び富裕層向けのサービスを得意とする会計事務所にて、各種税務会計コンサル業務及びM&Aアドバイザリー業務等に従事。その後、事業会社㈱デジタルハーツ(現 ㈱デジタルハーツホールディングス:東証一部)へ参画。主に管理部門のマネジメント及び子会社マネジメントを中心に、ホールディングス化、M&Aなど幅広くグループ規模拡大に関与。同社取締役CFOを経て、会計事務所の本格的立ち上げに至る。公認会計士協会東京会中小企業支援対応委員、東京税理士会世田谷支部幹事、㈱デジタルハーツホールディングス監査役(非常勤)。

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では、悪役のビフ・タネンが過去のスポーツなどの勝敗記録が記載された未来の「スポーツ年鑑」を利用して、スポーツとばくで莫大な財を築いてしまう、というシーンがある。賭け事だけにかぎらず一般的な投資を行う上でも、未来がわかればいいのに、と思うこともあることだろう。

現実社会の中では、未来の情報を先に手にすることができる瞬間がある。例えば、某大企業がライバル企業の株式を取得して傘下に収めようとしているという未公表の情報を知り、それを利用して某大企業の株式を事前に取得する、ということである。

しかし、このようなことが横行すれば、事実を知っている人だけが得をして、知らない他の投資家が損をするという極めて不公平な状態が生じてしまうことになる。しかも、金融商品取引市場自体の信用が低下することになり、投資家が投資を行うこと自体を控えるような事態になりかねない。

そのようなことが起こらないように、日本では明確なルールや罰則規定が設けられ、取引を規制しているのである。今回は、そのインサイダー取引とそれらにまつわる規制を取り上げてみたい。

インサイダー取引とは

インサイダー取引
(画像=eigens/stock.adobe.com)

インサイダー取引とは、上場会社の関係者等の内部者が、その職務や地位により知り得た投資判断に重大な影響を与える未公表の情報を利用して、株式等の有価証券を売買する取引をいう。

インサイダー取引規制の概要

インサイダー取引が行われると、内部情報を知っているものだけが不当に得をすることが生じてしまうため、これを防止するためにインサイダー取引規制で厳しく規制されている。インサイダー取引規制は、上場会社の役員等の「会社関係者(会社関係者でなくなった後1年以内の者を含む。)」が、 その会社の業務に関する「重要事実」を、自己の職務等を通して知った場合に、その重要事実が公表された後でなければ、その会社の有価証券等の売買をしてはならない、とされている。

以下、「会社関係者」と「重要事実」について取り上げることとする

会社関係者の範囲

インサイダー取引規制に係る「会社関係者」とは、次のような者をいう。

1)上場会社等の役員等(役員、正社員、契約社員、派遣社員、パート、アルバイト等)
2)上場会社等の帳簿閲覧権等を有する株主(議決権又は発行済株式総数の3%以上を保有する株主)
3)上場会社等に法令に基づく権限を有する者(許認可権限を有する国家公務員等)
4)上場会社等と契約を締結または締結交渉中の者(顧問弁護士、会計士、税理士等)
5)2又は4が法人の場合にはその役員等

重要事実の範囲

インサイダー取引規制に係る「重要事実」は上場会社に関する事実と、子会社に関する事実に分けることができる。

・上場会社に関する重要事実

1)決定事実のうち主なもの

・株式、新株予約権の引受人の募集
・資本金の額の減少
・自己株式の取得
・株式無償割当てまたは新株 予約権無償割当て
・株式の分割
・剰余金の配当
・株式交換等の組織再編
・新製品または新技術の企業化
・業務上の提携または業務上の提携の解消
・子会社の異動を伴う株式等の譲渡・取得
・固定資産の譲渡・取得  等

2)発生事実のうち主なもの

・災害に起因する損害または業務遂行の過程で生じた損害
・主要株主の異動
・免許の取消し、事業の停止その他これらに準ずる行政庁による法令に基づく処分
・親会社の異動
・債権者その他の当該上場会社等以外の者による破産手続、再生手続、更生手続開始の申立て等
・手形、小切手の不渡り(支払資金の不足を事由とするものに限る)または手形交換所による取引停止処分
・親会社に係る破産手続、再生手続、更生手続開始の申立て等
・主要取引先(前事業年度における売上高または仕入高が売上高の総額または仕入高の総額の10%以上である取引先)との取引の停止
・債権者による債務免除、第三者による債務引受け・弁済 等

3)決算情報

次のような決算情報は「重要事実」に該当することになる。

勘定科目
売上高新たに算出した予想値または当事業年度の決算における数値が、直近予想値から10%以上増減したこと
経常利益新たに算出した予想値または当事業年度の決算における数値が、直近予想値から 30%以上増減し、かつ、その増減額が前事業年度末日における純資産額・資本金額のいずれか少なくない金額の5%以上であること
純利益新たに算出した予想値または当事業年度の決算における数値が、直近予想値から 30%以上増減し、かつ、その増減額が前事業年度末日における純資産額・資本金額のいずれか少なくない金額の 2.5%以上であること
剰余金の配当新たに算出した予想値または当事業年度の決算における数値が、 直近予想値から20%以上増減したこと

4)その他

いわゆるバスケット条項(金融商品取引法166条2項4号)として、上記以外でも上場会社等の運営、業務または財産に関する重要な事実であって、投資者の投資判断に著しく影響を及ぼすものは「重要事実」に該当するとされる。

・上場会社の子会社に係る重要事実

上記の上場会社の重要事実と同様である。

インサイダー取引の監視

証券市場の公平性と健全性を維持するために、監視をしている団体がある。

・日本取引所自主規制法人による監視

日本取引所自主規制法人は、金融商品取引法に基づき東京証券取引所、大阪取引所の自主規制を行っている。投資者の投資判断に重大な影響を与える「重要事実」が公表された全ての銘柄を対象として、インサイダー取引が行われていないかどうかを発見するための売買監視を継続的に実施している。そのほか、インサイダー取引と疑われる取引については全て証券取引等監視委員会に報告されることになっている。

・証券取引等監視委員会による監視

証券取引等監視委員会は、証券取引や金融先物取引の公正性・透明性を確保するとともに、投資者の信頼を保護することを目的に、1992年に設置された機関である。その中で、インサイダー取引や有価証券報告書虚偽記載などの案件についての調査や告発、金融商品取引業者に対する立入検査や取引審査、行政処分・課徴金納付命令の勧告などを行っている。

罰則

禁止されているインサイダー取引を行うなどの違反者には証券取引等監視委員会による刑事告発や課徴金納付命令の勧告が行われることになる。

・刑事罰

以下の罰が課されることになる。

・5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金またはこれらの併科
・インサイダー取引で得た財産の没収

なお、法人の代表者、または法人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人の計算でインサイダー取引規制に違反した場合には、その法人に対して5億円以下の罰金刑が科されることになる。

・行政上の措置

金融商品取引法違反に対して、「重要事実公表後2週間の最高値×買付等数量」から「重要事実公表前に買付け等した株券等の価格×買付等数量」を控除する方法等により課徴金が算出されることになる。

インサイダー取引事例

これまで、インサイダー取引規制およびそれに違反した措置などをみてきたが、証券取引等監視委員会から実際に行われた複数のインサイダー取引が公表されている。その中から2点ほど、個別事例を紹介したい。

上場会社の役員自らが情報伝達・取引推奨規制違反となる情報伝達・取引推奨を行った事案

上場会社A社の役員甲が、2018年 1 月 31 日、担当役員から業績予想の修正という重要事実が記載された電子メールを受信し、重要事実を知った。2018年 2 月 1 日、重要事実を公表する前に、知人である乙に対し、利益を得させる目的をもって電話にて伝達した。伝達を受けた乙が、重要事実の公表前に電話注文で現物取引によりA社株式を買い付けた事案だ。

A社では、担当者が取りまとめた連結業績予想の数値の提出を受けた担当役員が、業績予想の修正が必要か否かを検討し、必要と判断した場合には、その内容を代表取締役会長兼社長に報告していた。業績予想の修正の可否判断などは担当役員に全面的に委任されており、当該担当役員が決定した内容が否定されたことはこれまでなかった。

このことから、重要事実の算出主体は当該担当役員であり、当該担当役員が新たな業績予想値を算出した2018年 4 月 17 日の夕方に重要事実が生じたものとされた。そのため、重要事実が公表される前に買付取引を行ったことでインサイダー取引規制違反とされた。

証券取引等監視委員会事務局
(出典:証券取引等監視委員会事務局「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編」事例7【業績予想等の修正】【情報伝達】)

損失の発生を回避させる目的で売付の推奨を行った事例

本件は、 上場会社A社の社員乙がその職務に関し、2018年 6 月 5 日までの間に、社員甲から業務説明等を受け、同社が更生手続開始の申立てを行う旨の重要事実を知った。重要事実を知り、本件事実の公表前にインターネット注文で現物取引によりA社株式を売り付けた事例だ。

本件事実はA社の社員丙が、同社の社員甲から2018年 6 月 2 日に会食をした際、重要事実の伝達を受けた。社員丙も乙と同様、本件事実の公表前にインターネット注文で現物取引によりA社株式を売り付けた。

さらに、A社の社員丁がその職務に関し、2018年6月 2 日までの間に社員甲から業務説明等を受け、重要事実を知った。本件事実を知り、同僚である被推奨者戊に対し、損失の発生を回避させる目的をもって2018年6月2日、スマートフォンのメッセージアプリを用いてA 社株式の売付けを推奨した。推奨を受けた戊が、重要事実の公表前にA社株式を売り付けたという事案である。

本件の違反行為者は、会社関係者であるA社の社員乙、第一次情報受領者であるA社の社員丙及び取引推奨者であるA社の社員丁の3名だ。

証券取引等監視委員会事務局
(出典:証券取引等監視委員会事務局「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編」事例14【更生手続開始の申立て】【取引推奨】)

インサイダー取引のポイントは情報の取り扱い

直近10年間のインサイダー取引の勧告件数とその課徴金額の推移は以下の通りとなっており、毎年確実に発生していることが明らかである。

年度2010年2011年2012年2013年2014年2015年2016年2017年2018年2019年
件数20件15件19件32件31件22件43件21件23件24件
課徴金額4200万円2600万円3500万円5000万円3800万円7500万円8900万円6000万円3600万円2億4000万円

(出典:「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編」

インサイダー取引は、本人がインサイダー情報を利用した場合だけではなく、重要な情報を他者に伝えてしまうことでも取引規制の対象になってしまう。明日は「我が身」となってしまわないよう、情報の取り扱い方には常日頃から細心の注意を払っておく必要がある。(提供:THE OWNER

文・風間啓哉(公認会計士・税理士)