事業承継関連の税制改正や法整備が進む中、2020年に発生した新型コロナウイルスの影響を受けて、飲食店の事業承継問題にも注目が集まっている。ここでは、飲食店が事業承継を行う上で抑えておくべき3つのポイントや手順、飲食店の事業承継の成功・失敗事例についても紹介したい。
なぜ飲食店には事業承継が必要なのか
中小企業庁が公表した「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」のデータによると、中小企業が抱えてる後継者不足の問題がこのまま放置されてしまうと、2025年には127万社が倒産し、22兆円のGDPが失われると考えられている。
こうした背景もあり、政府は、事業承継税制の策定や経営承継円滑化法の改正といった法整備を進めており、本気で事業承継を推進しようとしている。さらに、第三者承継支援総合パッケージに盛り込まれた新たな補助金制度の後押しも受けて、飲食店の事業承継についても注目が集まっているのだ。
ここでは、なぜ飲食店の事業承継の必要性について考えてみたい。
1.受け継がれてきた味を次代へ伝えるため
飲食店に限らず、さまざまな事業やサービスは脈々と後継者へ受け継がれていく。企業の先輩が後輩に仕事を教えるように、経営もまた次世代へ受け継がれていくものだ。
飲食店において受け継がれるものは、なんと言ってもそのお店の「味」に他ならない。同じ食材、同じレシピで調理をしても、料理の味には差異が生じてしまう。料理の「味」は、飲食店の経営者によって創り出され、飲食店の経営の要、つまりコアコンピタンスとしての機能を果たす。
受け継がれた味を次代へ繋ぎ、発展させていくことで、地域に住む人々からより深く愛されることになる。
2.飲食業界のさらなる発展のため
中小企業の経営者年齢の分布を見てみると、年を追うごとに高齢化が進んでおり、2015年の時点ではすでに経営者年齢のボリュームゾーンは66歳へとシフトしている。
こうした経営者の高齢化の波は、飲食業界にとっても他人事ではない。力仕事になりやすい飲食業界での仕事に、高齢になってから身を投じ続けるのは難しい。
エネルギッシュで創意工夫の意欲がある若年層が事業承継を行うことで、守り抜いてきた飲食店の魅力をさらに多くの人へ届けたり、より深く追求したりといった、飲食店の発展が期待できるだろう。
事業承継によって飲食業界の経営者が若返ることで、これまで想像できなかったビジネススキームを生み出していく可能性があり、能力も素養もある若者にチャンスを提供する機会にもなるだろう。
3.廃業に比べて老後の資産が安定するため
2020年は、新型コロナウイルスの蔓延防止策として発令された、緊急事態宣言や自粛要請を受けて、多くの飲食店が大打撃を受けた。コロナ禍によって突如訪れた不況の波に飲み込まれ、廃業を余儀なくされた経営者も多くいるだろう。
赤字経営が続いて再起の目処が立たない、または後継者が見つからない場合、経営者の脳裏に真っ先に思い浮かぶのは廃業という選択だ。しかし、事業承継や第三者承継(M&A)を行うことで、廃業よりも多くの資産を手に入れられる可能性もある。
そうした面でも、廃業より先に事業承継を検討してみて欲しい。飲食業界全体の発展に寄与するだけでなく、長年続けてきたお店を存続させて未来へつないでいける可能性があるのだから。
飲食店が事業承継を行う際の手順
飲食店が事業承継を行う際は、大きく5つの手順を把握しておくとよい。ひとつずつ解説していく。
1.後継者候補を見つける
まずは、飲食店の後継者候補を見つけることから始める。親族や従業員への事業承継が難しい場合は、外部から後継者候補を探すことになるだろう。
望むらくは飲食業の経験があり、経営やマーケティングにも見識があり、承継する飲食店自体や経営者であるあなたへの共感があることだが、なかなか有望な人材は見つからないかもしれない。
そんな時は、日本政策金融公庫が提供している「事業承継マッチング支援」や、「よろず支援拠点」といった公的な支援機関へ相談してみるのもよいだろう。
後継者候補の紹介や、事業承継に向けた全体的なアドバイスを受けられるので、飲食店の事業承継に悩んだ際には活用してみて欲しい。
2.経営状況や資産・負債の棚卸しを行う
飲食店の事業承継前にやっておくべきこととして、経営状況の把握や、資産・負債の棚卸しが挙げられる。後継者へスムーズに経営を譲り渡すのに必要なだけでなく、M&Aや第三者への事業承継を行う場合は、譲渡金額を高くできる可能性があるのだ。
3.事業承継計画表を作成し流れを理解する
中小企業庁によれば、事業承継は5〜10年ほどの期間を要する大掛かりな作業である。後継者教育を含めれば、飲食店の事業承継でもそれくらいの期間が必要になるだろう。
事業承継を始めるためには、大局観を持って臨むことが大切だ。そのため、事前に「事業承継計画表」という図表を作成しておこう。
「事業承継計画表」には、いつ、どのタイミングで経営者を退くのか記載し、そこから逆算して後継者教育のカリキュラムや企業の磨き上げ、株式や資産の譲渡タイミングを書き込んでいく。完成した事業承継計画表をもとに、必要な事業承継手続きを進めていくのがセオリーだ。
事業承継計画表を一人で作成するのが難しい場合は、事業承継やM&Aの専門家にアドバイスをもらうのも良いだろう。
4.後継者の育成スケジュールを作成する
事業承継の全体像を掴んだら、後継者の育成スケジュールを作成していく。先述した事業承継計画表で事業承継のリミットを定めているはずなので、予定通りに事業承継が完了するように育成カリキュラムを組まなければならない。
飲食店の経営者になる上で、身に付けなければならないスキルは多岐に渡り、調理だけでなく、経営者としてのスキルも習得させる必要がある。
例えば、FD比率や座席の回転率、利益率などを見ながら、適宜メニューや提供する飲食物の価格帯、オペレーションを改善していく方法や、新規顧客を獲得するためのマーケティングについての教育も必要である。
後継者教育におけるこれらの項目は、受け継ぐ飲食店の出店地域や客層、メニュー内容によっても差があるので、長い目で見るのが肝心である。経営者としての自覚が、徐々に芽生えるようなカリキュラムを用意することで、後継者のモチベーションを保ちながらステップアップしてもらえるだろう。
5.育成と並行して事業承継の手続きを進める
後継者の育成と並行して、事業承継の手続きを進めることも忘れてはならない。先述したように、経営状況の把握や資産・負債の棚卸しなど、事業承継で必要となる手続きは数多く存在する。
実際に事業承継を行う場合は、株式や資産を後継者に譲渡する形になるが、事業承継税制の手続きによって譲渡時にかかる税金を軽減したり、後継者側が資産を買い取るための資金準備について把握することも必要だ。
飲食店の事業承継の実際の手続きは、専門家と二人三脚で行うことが多いが、事前にどのような手続きが必要なのか把握しておくことで、事業承継のメリットを最大限に受けられるのである。
飲食店が事業承継を行う際に気をつけるべきポイント3つ
事業承継を果たす上で、飲食店ならではの問題に直面することもあるだろう。ここからは、飲食店が事業承継を行う際に気をつけるべき3つのポイントを紹介する。
1.後継者を選ぶときは「実務」と「経営」のバランスを重視する
経営のプロが飲食店を始めることは稀であり、料理のプロが飲食店を始めて、経営を学んでいくことが多いだろう。つまり、飲食店の経営者はもともと実務のプロであり、経営のプロではなかったのである。
後継者を選定する際は、実務のプロであることも重要だが、経営のスキルも重視したほうが良い。
成功した飲食店は「美味しい」「居心地がよい」だけではなく、それらの要素が上手く絡み合って経営に成功しているのである。飲食店の創業者は、その要素を生み出して組み合わせることによって、お客様を満足させているかもしれないが、後継者が必ずしもそうなるとは限らない。
後継者が、創業者と同じ視点でサービスを提供できるようになるには、経営を学ぶための期間とお店や創業者への共感が必要になるだろう。
そのため、実務スキルだけで後継者を選んでしまうと、これまで提供できていた要素の何かが抜け落ちてしまい、経営に致命的な打撃を与えてしまう可能性もある。後継者選定は、くれぐれも慎重に進めるべきである。
2.後継者と従業員の関係性に注意する
飲食店を後継者に引き継ぐ際に注意したいのは、後継者が経営の実権を上手く掌握できるかという点である。飲食店に長く勤めている従業員がいる場合は、特に注意して欲しい項目だ。
飲食店は年功序列の縦社会になりやすく、新参者の後継者に対して、面白くないと感じる従業員もいるかもしれない。
別業種の事業承継でもよくある話だが、後継者が経営権を掌握することは意外に難しく、後継者が代表に就任した直後に、従業員が退職してしまうことも少なくない。後継者が信頼と実績を積み上げていけるように配慮しながら、後継者教育に努めることが重要だ。
3.事業承継後の事業計画を入念にチェックする
事業承継の完了はゴールではなく、新たな経営のスタートとも考えられる。そのため、事業承継後の経営にも気を配り、良いスタートダッシュが切れるように背中を押す姿勢が重要だ。
飲食業は属人的な分野でもあるため、経営者が代わった途端に、常連客から「味が変わった」と言われることも少なくない。
伝統を受け継ぐだけでなく、これまでお店が愛されていた理由は何なのか、これからもっと愛されるためには何が必要なのか、という点を事業計画に落とし込み、ブランド力を落とさず常連客を失わないように努めることが大切だ。
飲食店の事業承継で成功した事例と失敗した事例
ここからは、実際に事業承継を果たした飲食店の事例を紹介したい。成功事例と失敗事例を解説するので、参考にして欲しい。
通い詰めた常連客が味に惚れ込み事業承継を果たす
地域に愛されている老舗の中華料理店を営むA氏は、自身の体力の衰えを感じ、お店を畳もうと考えていた。子供の頃から通っている常連客のB氏にそのことを打ち明けると、どうしても廃業してほしくないと訴えられ、困惑してしまう。
飲食店経営の継続が難しいと何度か説明した結果、B氏は「勤めている企業を辞めてアルバイトとして働きたい」と願い出た。どうしても廃業してほしくないという強い思いと決意を受け取ったA氏は、B氏を雇い入れてノウハウを伝承し、無事に事業承継を果たしたのである。
後継者の強い熱意と経営者の「応えたい」という想いが産んだ、事業承継の好事例と言えるだろう。
コアコンピタンスの不足により経営が悪化した事業承継の事例
駅前で洋食店を営むC氏は、自身の高齢化を理由に経営者を退くことを決め、従業員の中で最も信頼しているD氏に事業承継の話を持ちかけた。D氏は快諾し、補助金や公庫などを活用して資金を調達し、経営の交代を実現した。
経営は好調だったが、数ヵ月経った頃から売上が伸び悩み、赤字に転落してしまう。理由を探るD氏だったが、一向に原因が見つからず、事業を売却して事業承継は失敗に終わってしまった。
このように、飲食店は属人的な業種であるため、創業者の色が出やすい。そのため、後継者が引き継いだ時に、魅力が薄れて客足が遠のいてしまう可能性も少なくないと言える。
事業承継前にお店の魅力を徹底的に分析し、事業計画に落とし込むことの重要性が分かる事例である。
事業承継を通して伝統の味を受け継ごう
事業承継によって飲食店を引き継ぐことで、伝統の味を守りながら、昔ながらの常連客に愛されるお店を次代に残すことができる。飲食店の廃業や休業を選択する前に、まずは事業承継やM&Aについて検討してみることをおすすめしたい。
飲食店の事業承継に悩む経営者は、気軽に専門家に相談してみてはどうだろうか。(提供:THE OWNER)
文・小野澤 優大(FP・事業承継士)