コロナショックの影響でホテル・旅館業界は厳しい状況が続いている。今回は、ホテル・旅館のM&Aの特徴や買い手側のチェックポイント、業界の最新動向を詳しく解説する。売却先を探しているホテル・旅館も、ホテル・旅館の買収を検討している企業や投資家も、ぜひ参考にしてほしい。

ホテル・旅館業界の基礎知識

スタートアップ
(画像=dragonimages/stock.adobe.com)

まず、ホテル・旅館業界の基礎知識と最新動向を簡単に解説する。M&Aについて知りたい人は、先の見出しへと進んでほしい。

ひとくちにホテル・旅館といっても、その実態はさまざまだ。ホテルは、主にリゾートホテル・シティホテル・ビジネスホテル・エコノミーホテルに分けられる。旅館は価格帯によって、高級旅館・旅館・民宿に分類できる。

宿泊以外の機能

また、ホテル・旅館は宿泊以外に、レストランなどの飲食、お土産物などの物販、プールなどのレジャー、マッサージなどのサービスといったさまざまな機能を持つ。利用者のニーズもケースバイケースで、主なニーズとしては下記のようなものがある。

・出張や旅行などで、安く宿泊したい
・温泉やマッサージなど滞在そのものを楽しみたい
・デートでレストランや宿泊を利用したい
・結納や結婚式をしたい

立地をはじめとした条件から、どこに重点を置いてサービスを提供するかは、経営手腕が問われるところである。利用者の多いターミナル駅近くなら、出張者をターゲットに絞って部屋数を増やすのも1つだろう。観光地や温泉地にあるなら、観光客向けに食事やサービスにこだわることで、利益率が上がるかもしれない。高級路線に振り切って広告費等をかけつつ、戦略的に経営していく方法もある。

ホテル・旅館業界の最新動向

東京オリンピックの開催決定からの延期、コロナショックによるインバウンド減少によって、ホテル・旅館業界には激震が走っている。

2019年まで、日本を訪れるインバウンドの人数は急速に増加していた。訪日外国人数は、2009年は約679万人だったが、2019年には約3,188万人になっている。10年間で約4.7倍になったと考えれば、ホテル・旅館業界にも追い風が吹いていたことがうかがい知れるだろう。

東京オリンピックが開催予定だったこともあり、無料Wi-Fiが設置されたり、多言語音声翻訳アプリがリリースされたり、東京都を中心にインバウンド対応が進んでいた。

コロナによって訪日外国人数は大幅な減少へ

しかし、コロナショックによって状況は一変する。訪日外国人数は、2020年1月は266万人と過去5年間で2番目に多い水準だったが、3月になると一気に19万人に減少。4月は2,900人、5月は1,700人と、減少に歯止めがかからない。

緊急事態宣言が解除された後、「Go To キャンペーン」が実施されたものの、東京都が除外されたり第2波の懸念が強まったりして、経営状態が回復するまでにはいたっていない。キャンセルが相次ぎ、かえってコストが増大したという声もある。

帝国データバンクによると、2020年上半期のホテル・旅館・簡易宿所の倒産件数は80件(昨年は72件)にのぼり、このうちコロナショックによるものは37件だ。コロナショックによる倒産が、全体の46.3%を占めていることになる。

ウィズコロナの時代において、多くのホテル・旅館が苦境に立たされていることがわかる。

ホテル・旅館のM&Aとは?

M&Aとは、2つの企業が合併したり、ある企業が別の企業を買収したりすることだ。一般的には、買収の意味合いで用いられることが多い。

M&Aには、売却側と買収側が存在する。ホテル・旅館のM&Aにおいては、売却側はホテル・旅館などの宿泊施設の経営者だ。一方買収側は、同業者である宿泊施設の経営者の他、不動産会社や上場企業、投資家など多岐にわたる。

ホテル・旅館のM&Aのメリット

続いて、ホテル・旅館のM&Aのメリットを、売り手側、買い手側それぞれの立場に立って解説していく。

売り手側のメリット

売り手側のメリットは、M&Aによって売却益を得られることだ。

倒産や廃業の手続きには、手間もコストもかかる。建物を解体するとなると、数百万円から数千万円といった資金が必要になることも少なくない。しかし、売却先が見つかって無事に売却できれば、手間もコストも削減できるうえ、売却益を得られるのだ。

事業を手放し、あとは売却益を退職金代わりにして、悠々自適の生活を送ることもできるだろう。

買い手側のメリット

買い手側のメリットについて、買い手ごとに解説していく。

同業者である宿泊施設の経営者が買収する目的は、事業拡大だ。新たにホテル・旅館を建てるとなると、市場調査をしたり、従業員を雇ったりしなければならない。しかし、M&Aをすることで、速やかに事業拡大をはかることができる。

不動産会社が買収する目的は、主に投資家への販売だ。不動産会社は見込みのあるホテル・旅館を買収し、経営を立て直したうえで投資家に販売すれば、売却益を得られる。

投資家が買収する目的は、シンプルに投資で利益を得るためだ。不動産投資に長けた投資家は、複数の不動産を所有している。その1つの選択肢として、ホテル・旅館を所有しておきたいと考えることもあるだろう。

この他に、上場企業が資産活用として購入するケースもある。いずれにせよ、会社を立ち上げたり人を雇ったりする労力や時間をお金で買い、投資額に見合った利益を継続的に上げることができれば、買い手側にとってメリットがあるといえるだろう。

ホテル・旅館のM&Aのデメリット

続いては、ホテル・旅館のM&Aのデメリットを、売り手側、買い手側それぞれの立場に立って解説していく。

売り手側のデメリット

昨今のホテル・旅館業界の状況を考慮すると、売却先を見つけるのは困難といわざるをえない。オリンピック開催が予定された頃と比較し、コロナショックによって観光産業が大打撃を受けている今、ホテル・旅館の買収に積極的な企業は減ってきている。

そのような状況の中で納得のいく売却先を見つけるためには、早めに行動を起こすことが重要だ。資金が底を尽きてしまってからでは、一刻の猶予もない。また、経営状況が悪化すれば悪化するほど、希望する売却価格ではM&Aが成立しない可能性も高くなる。

経営状況が悪くならないうちに、M&A仲介会社に相談し、M&Aという選択肢を現実的に視野に入れたうえで行動を起こすようにしたい。

買い手側のデメリット

ホテル・旅館を買収するには、当然それ相応の投資額が発生する。投資額に見合うだけの利益を得られればM&Aは成功といえるが、逆に利益が得られなければ、経営判断としては誤っていたことになる。M&A後に赤字が続き、本業の利益を補てんしたものの、ついには閉館を余儀なくされることもありうるのだ。

そのため、M&A前に十分ホテル・旅館の強みを分析し、事業計画を精査したうえで、適正な価格で買収する必要がある。

ホテル・旅館のM&A事例3選

続いて、ホテル・旅館のM&A事例を3つ紹介する。

M&A事例1.アゴーラ・ホスピタリティー・グループ

アゴーラ・ホスピタリティー・グループは宿泊事業の拡大をはかるため、2019年に約200室規模のホテルを運営する難波・ホテル・オペレーションズ株式会社を買収した。

アゴーラ・ホスピタリティー・グループは、シティホテル・ビジネスホテル・旅館・リゾートホテルなど多様な宿泊施設を運営している。地域性やブランドを維持したまま加盟できるスタイルで事業を展開しており、加盟した側はスケールメリットや支援サービスを享受できる。

M&A事例2.ヒューリック

東京23区を中心に不動産賃貸業を営むヒューリックは、2019年にホテル事業や遊園地事業を行う日本ビューホテルを株式交換により子会社化すると発表した。今後、ホテル利用者のニーズが多様化する中で、より密に連携を取り合うことを目的としている。

ヒューリックと日本ビューホテルは、2015年から資本・業務提携を行ってきた。ヒューリックが不動産開発・保有を担い、日本ビューホテルがホテル運営を行うことで、相乗効果が期待できるだろう。

M&A事例3.バルニバービ

レストランやカフェを運営するバルニバービは、2017年に京都の料理旅館・菊水を買収した。菊水は歴史ある旅館だが、売却前の数年は赤字が続き経営が苦しい状態にあった。バルニバービはリスクが高いことを承知で、立派な回遊式庭園を誇る旅館・菊水を買収し、再建に乗り出す。

しかし、リニューアルオープンにともなう費用などがかさみ、2020年7月には事業の選択と集中をはかるため、2018年から債務超過に陥っている菊水を売却することが発表された。

ホテル・旅館業界のトレンドは?

ホテル・旅館業界では、旅行の個人化・ニーズの多様化により、きめ細やかな利用者ニーズに沿ったサービスの提供が求められている。

最近の観光産業のトレンドは、モノ消費からコト消費への移行だ。2018年のTripAdvisorの調査によると、「料理教室」「着物、茶道体験」「フクロウカフェ」「忍者体験」「サムライ体験」などが人気を博している。海外も含めてみると、酒蔵見学やサイクリングツアーなども人気だ。このような「体験型コンテンツ」を地域と一体になって観光客に提供し、リピーターとなってもらうことが重要だ。

あわせて、旅行先を決める際に、旅行会社のカウンターに行くのではなく、インターネットで情報収集する傾向はますます強まっている。自社ホームページの利便性向上、リスティング広告、SNSでの情報発信など、Webマーケティングはますます増していくだろう。

ホテル・旅館のM&Aでチェックすべきポイント4つ

続いて、ホテル・旅館のM&Aにおいて、買い手がチェックすべきポイントを紹介する。

ポイント1.ホテル・旅館の収益と費用

まず、利益が出る状況にあるかをチェックしよう。黒字だからいい、赤字だから悪いといった見方をするのではなく、もう一歩踏み込んでチェックすることが大切だ。たとえば、売上は十分あるのに人件費が高くて赤字になっているといったケースでは、パートの活用や業務の外注化によって、黒字化できるかもしれない。

さまざまな観点から、底力がどの程度あるかを見極める必要がある。

ポイント2.ホテル・旅館の集客能力

集客に関しては、宿泊予約サイトの写真や情報は十分か、口コミへの返事は丁寧か、自社ホームページの導線はわかりやすいかといった点をチェックしよう。SNSを使った効果的なマーケティングができているかどうかもポイントだ。

集客能力に関しても、できていないから悪いと考えるのではなく、「伸びしろはどの程度あるか」といった視点を持つことも大切だ。

ポイント3.ホテル・旅館の設備投資

建物や設備への投資状況もよくチェックしておきたい。メンテナンスが不十分だと、買収後に大きな修繕工事が必要になってしまうこともある。事前に不備がないかチェックしておき、大規模工事が必要だと想定される場合は、価格交渉でその分値引きしてもらうなど、有利に進める準備が必要だ。

ポイント4.ホテル・旅館の周辺環境

ホテル・旅館の経営は立地に左右される面も大きい。周辺環境を十分調査したうえで、利用者ニーズはどこにあるのか、ニーズに合ったサービスを提供できているのか、しっかりと見極めたい。また、競合のホテル・旅館の状況や客室単価も要チェックだ。

ホテル・旅館でM&Aを検討しているならM&A仲介へ相談を

ホテル・旅館のM&Aには、他の業界にはない特殊性がある。そのため、豊富なM&A実績を持つ仲介会社を選ぶことが望ましい。業界の知識が豊富な担当者であれば、要所を押さえて候補先探索や条件交渉をしてくれるだろう。

ピンチにこそチャンスの芽が転がっている

コロナショックによってインバウンドが激減し、倒産する前に売却を検討しているホテル・旅館も多いだろう。買収側にとってリスクがない投資とはいえないが、逆にいえば、優良ホテルや歴史ある旅館を納得のいく価格で買収し、宿泊業に参入するチャンスかもしれない。

「観光産業はリスクが高い」と一概に判断するのではなく、世の中の動きをよく見極めたうえで、慎重な経営判断を下したい。(提供:THE OWNER

文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)