【第1回】ホテル清掃業、コロナ禍でも本業にこだわるべき?それともリスクをとって新事業に挑むべき?
(画像=THE OWNER編集部)

THE OWNER特別連載「経営者のお悩み相談所 〜経営コンサルタントが一問一答!〜」第一回目は「ホテル清掃業はコロナ禍でも本業にこだわるべきか、それともリスクをとって新事業に挑むべきか」という経営者のお悩みについてお答えします。

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【今回のご質問】
清掃業を経営しております。現在、ホテルでの清掃作業は定期作業がなくなりつつありますので、商品販売、ネット販売にシフトしたいと思いますが、消臭剤の販売という大きな市場に参入することを考えています。ランチェスター戦略だと「集中」だと思いますが、この危機的状況で、ホテル業界の回復を待つ方がいいのでしょうか?それとも、新しい事業、業界に力を入れることが必要とお考えでしょうか?

「既存事業に集中すべきか、新事業に挑むべきか」。これは殆どの企業にとって簡単に答の出ない、悩ましい問いでしょう。ただ、考え方の原則のようなものは幾つかあります。

日沖 博道(パスファインダーズ株式会社 代表取締役 社長)
日沖 博道(パスファインダーズ株式会社 代表取締役 社長)
【略歴】アーサー・D・リトルでシニアマネジャー、日本ユニシスで統括パートナー、アビームコンサルティングでディレクターを務める。経営コンサルティングと事業会社経営(ベンチャー企業、合弁企業など)を交互に経験し独立、2012年より現職。
【学歴】一橋大学 経済学部卒、テキサス大学オースティン校 経営大学院修士(MBA)
【専門領域】事業戦略、マーケティング戦略、ビジネスモデル、BPRとBPM
【最新著】『ベテラン幹部を納得させろ!~次世代のエースになるための6ステップ~』
【パスファインダーズ社】少数精鋭の戦略コンサルティング会社として、新規事業の開発・推進・見直しを中心としたコンサルティングを提供。
URL:https://www.pathfinders.co.jp/

「既存事業に集中か、新事業に挑むべきか」は本来、永遠の課題

質問者の業種は「ホテル清掃業」とのこと。したがって質問は大きく分けると、「『ホテルの清掃事業』という既存事業に留まって顧客のホテル業界の回復を待つべきか」または「『消臭剤の販売(ネット販売を含む)』という新事業に挑戦すべきか」という2者択一の選択を問われているのだと判断します。

通常、こうした「既存事業に集中すべきか、新事業に挑むべきか」という選択はほとんどの場合、様々な要素を検討しないと適切な仮説さえ導けない、難しい判断事項です。しかし本件(の趣旨の半分だけですが)に関しては例外的に、蓋然性の高い方向性が比較的簡単な検討でも出てきます。それを最初にお伝えしたいと思います。

自分が置いた選択肢の前提は何か、を考えてみる

実は私(回答者)がこうした質問をいただいた場合、結果的にその半数以上のケースにおいて、本業の見直しから始めることをお薦めしています。つまり本業に立て直す余地が大いにあることが多いのです。実際には本業の立て直しをやっただけでは不十分で、それに加えて新規事業などの何らかの新しい取り組みを続けるというパターンが最もオーソドックスですね。

しかしこの質問者のケースではその典型的なケースには当てはまらない可能性が高そうです。あくまで想像ですが、本業の『ホテルの清掃事業』の対象顧客はごく普通のホテルであり、このコロナ禍で利用客が激減したせいで質問者の会社に依頼する定期清掃の頻度や程度をかなり減らしているのだと思います。この『ホテルの清掃事業』という本業は顧客市場が(一時的とはいえ)崩壊状態にあるため、経費削減やクロスセルなど通常の本業改善の手段はあまり有効ではありませんし、国内外での状況を考えると、新規客(=ホテル)の開拓も現実的ではないでしょう(多分、質問者のほうでも既にそうした検討は行った上での質問だと思います)。

つまり、本業の業績回復のために打てる有効な手は現実的になく、顧客のホテル業界の回復を待つしかないという「神頼み」状態だというのが実情だと考えられます。

そこでまず考えるべきは、前者の選択肢が依って立つ前提は何で、それは妥当なのかを検討することです。「既存の『ホテルの清掃事業』に留まって顧客のホテル業界の回復を待つべきか」という選択肢が有効であるための前提は、

1)コロナ禍が比較的短期に終息する
2)その結果、顧客のホテル企業の業績は遠からず元に戻る
3)それまで当社の資金は十分持ちこたえることができる

という3点です。

冷静に考えていただければお分かりのように、1)~3)とも不確実性の高い、非常に怪しい前提ですね。その「怪しい前提」に依存して手をこまねいていればほぼ確実に苦しい事態に追い込まれ、最悪の場合には質問者の会社は倒産してしまいます。そうなってから後悔しないためには、今できる手を早めに打つべきでしょう。それは本業以外の事業の可能性を検討することです。どうせ本業に関して先述したように「神頼み」状態なのであれば(そして金策に走り回らねばならない事態でなければ)、こうした検討をする時間的余裕は十分過ぎるほどあるのではないでしょうか。

新事業の選択肢は幅広い範囲から検討すべき

問題は、後者の『消臭剤の販売』という新事業が本当に唯一の選択肢なのかという点です。つまり「新事業の検討」という選択肢にはいくつかのオプションがあり得るということです。これは質問者の会社の事情を細かく知らないとお答えしようがないのですが、他にも有効な事業候補があり得ます。その検討は十分されたのでしょうか。中小企業経営者の場合、往々にして初期に思いついた事業案が非常に魅力的に見え、他の潜在的候補が無意識的に切り捨てられてしまうことがよくあります。

本件の場合、サービス事業者が製品販売にシフトするというのは業態が全く違うため、事業の「ツボ」もしくは「成功要因」を押さえることは容易ではありません。それに、コロナ禍にあって消臭剤の需要はかってなく増えているものの、その分だけ雨後の筍のように競合が増えていることも事実です。それだけ事業成功へのハードルは高いと言わざるを得ません。したがってこの『消臭剤の販売』というオプションが唯一のものだと最初から決めてかかるのはリスキー以外の何物でもありません。

結果として同じ結論に辿り着くかも知れませんが、一旦は虚心坦懐に「自社で可能」(できれば「自社が得意」が望ましい)かつ「世の中で求められている」新事業候補を洗い出してみることをお薦めします。例えばホテル以外の施設や商業ビルなどを対象にした清掃事業です。当然ながら既存の競合がいるので簡単ではありませんが、少なくとも質問者の会社が培った技術・ノウハウが生かせる可能性は十分ありそうです(これは「新規事業」というより「新市場」の探索というカテゴリーに入るでしょう)。またB2C市場にシフトして、例えば「(巣ごもり住民の)一般家庭住居を対象にしたホーム清掃業」というのも可能性の一つです。こうした調子で、幾つものアイディアを出してみるのです。

この際の検討方向性の考え方や、アイディア出しの手法、さらには抽出したアイディアからの絞り込み方法については、本稿の範囲を超えるので別の機会に譲ります。今どきは、ネット上に色々とヒントが溢れているので、それらを参考にされてもよいかと思います(ただしネット上の「経営理論」情報は、全体系を知らない素人が聞きかじった断片的な知識を拾い集めたものが多いので、丸々真に受けることはせずに、あくまで「ヒント」もしくは「参考」にされるのがよいかと思います)。

もちろん、『消臭剤の販売』という質問者の事業案を頭から否定している訳ではありません。この案が出てきた背景や理由があるはずです。それは何でしょう。もしかすると質問者の会社が開発した独自製法の消臭剤で、効き目が抜群、ウイルスや菌の除去にも効果的…などといった納得性の高い理由があるかも知れません。もしそうであれば、有力な事業候補として選択肢オプションに残しておくべきです。

ランチェスター戦略における「集中」の原則について

最後に、質問者が挙げられたランチェスター戦略での「集中」戦略との関連をどう考えるべきかについて触れておきます。質問者は色々と勉強されているのでしょうね。その知識がかえって迷いを生んでしまうこともありがちな話です。

実はランチェスター戦略でいう「兵力を集中する=一点集中主義」という原則は、あくまで戦略方針が定まった後での戦い方(特に戦略目標の定め方)に適用する考え方です。本件のように大方針(「本業の守り」か、「新事業への攻め」か)も、戦略方針(どの事業領域にどう展開すべきか)も定まっておらず、したがって戦略目標の候補も出揃っていない段階ではそもそも適用すべきではありません。

本件では、新事業推進の方向性として仮に『消臭剤の販売』という戦略方針が決まり、例えば消臭剤を使用してくれそうな地域の事業所(ただし一定以上の規模と定める)を攻めるという戦略目標の枠組みが定まったとしたら、そのセグメント市場の候補(=戦略目標の候補)が幾つも出てくるはずです。ランチェスターの「集中戦略」を適用する場面が出てくるとしたら、この段階です。それらのセグメント市場を同時に攻めるのでは、限りある自社のリソースが分散して効果的でなくなります。一つひとつのセグメント市場に集中して、順番に攻め落としていくべきです。これがランチェスター戦略での「一点集中主義」の適用の仕方です。

先の見えない本業に盲目的にしがみつくことも、特定の新事業に最初から決めつけてしまうことも、企業の将来を危険にさらす

ではここまでの話を整理したいと思います。次の2点が主旨といえます。

1)「『ホテルの清掃事業』という既存事業に留まって顧客のホテル業界の回復を待つべきか」という選択肢が有効であるための前提は不確実性の高いもの。ゆえに窮地に追い込まれる前に、今できる手を早めに打つべき。

2)かといって「『消臭剤の販売(ネット販売を含む)』という新事業に挑戦すべきか」という選択肢に最初から決めつけるのは、それはそれで十分リスキー。他にも新事業のオプションはあり得るので、「自社で可能」かつ「世の中で求められている」新事業候補を洗い出してみることから始めるべき。

以上です。貴社のご健闘を祈願して止みません。(提供:THE OWNER

文・日沖 博道(経営コンサルタント・パスファインダーズ株式会社 代表取締役社長)