本記事は、太田久也氏の著書『事業承継の羅針盤 あの優良企業はなぜ対策を誤ったのか?』(サンライズパブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。
西武堤一族が会社を失った日
平成28年2月西武グループ元オーナー堤義明氏は、西武グループの全株式を売却し、これにより西武グループと堤家との関係は完全に解消された。
日本全国に4500万坪もの土地を所有し、バブル期には時価総額12兆円とも言われ、〝世界一の金持ち〟と称された堤氏が、なぜ全株式を売却し、会社を手放さなければならなかったのか?
西武グループの創業者は堤義明氏の父である堤康次郎氏であり、西武鉄道やプリンスホテル、西武百貨店を代表とした巨大企業グループを一代で築き上げた。
堤康次郎氏は1889年(明治22年)に生まれて、1964年(昭和39年)に亡くなっている。
自分が苦労して心血を注いで築き上げてきた財産を子孫へ引き継ぎ、堤家の繁栄を願うのは親の心理としては当然のことである。
しかし、引き継ぎにあたって二つの壁が大きく立ちはだかった。
一つは民法の改正である。
1945年(昭和20年)第二次世界大戦が終結し、1947年(昭和22年)大日本帝国憲法から日本国憲法に改正され、これにともない民法が改正された。
旧民法は〝家督相続〟であり、家督相続とは戸主となる一人が全財産を相続する単独相続であり、自分の全財産は一人に引き継がれるため、資産は分割されることなく、また、遺産をめぐるトラブルも起こりえない。
しかし、新民法は〝法定相続〟であり、子供であれば平等に相続できる権利を持つため、資産が分割されることが避けられず、また、遺産をめぐってトラブル、といったことにもなりかねない。
古来から〝たわけ〟という言葉があるように、資産が分割されれば弱体化するし、遺産をめぐって肉親同士で争うようなことになれば、繁栄どころか堤家の崩壊にすらつながりかねない。
- 「たわけ者」の由来
- 子供の人数で田畑を分けると、子の代、孫の代へ受け継がれていくうちに、それぞれの面積は狭くなり、少量の収穫しか入らず、家系が衰退する。
そのような愚かなことを馬鹿にして「たわけ者」と呼ぶようになったとされている。
旧民法では相続によって資産が分割されることを恐れる必要はなかったが、新民法では、資産が分割されるだけでなく、家そのものの存在を脅かされることにもなりかねないため、資産が分割されることなく、また、肉親同士で争うことがないよう、引き継ぎの手立てを講じる必要があった。
そして、もう一つの大きな壁が相続税である。
当時の相続税の最高税率は70%であり、何ら手立てを講じなければ、ほとんどが税金で持っていかれてしまう。
相続による引き継ぎコストをできるだけ抑え、かつ、資産が分割されないようにする手立てはないものか?
そこで、堤康次郎氏はすべての資産を会社で所有するようにした。
会社には相続はないし、相続がなければ、資産が分散することもなく、また、相続税は個人にかかる税金だからである。
西武グループの支配関係はコクドという会社が西武鉄道やプリンスホテルをはじめグループ企業約70社の株式を直接または
間接に所有する支配構造となっており、堤家はコクドの株式を所有することで、西武グループ全社の支配権を掌握する形になっている。
ここまでの対策は完璧であった。
しかし、この後の対応が、堤一族が西武グループの全株式を手放さなければならなくなる最大の原因になる。
西武鉄道が上場を維持するために行われた『名義株』工作である。
名義株とは、他人の名義を借りた株式のことであるが、東証では株式の流動性確保の観点から、上位十株主の合計持株比率が80%以下(現在は75%以下)でなければならず、この基準を満たせずに所定の期間が経過すると、上場廃止になってしまう。
西武鉄道の場合、上位10株主の合計持株比率が88%を超え、上場廃止基準に抵触していた。
そこで、コクドが保有する西武鉄道の株式の一部について、他人名義に偽り、上位10株主の合計持株比率を74%にまで引き下げ、上場廃止基準に抵触しないように長年有価証券報告書に虚偽の記載を続けていた。
そして、名義株の偽装工作は西武鉄道だけではなく、グループの持株会社であるコクドにおいても行われており、コクドの約半分の株式は名義株であり、その目的は留保金課税及び相続税を免れるための偽装工作であった。
しかし、堤康次郎氏が亡くなって40年たって、堤義明氏は有価証券報告書虚偽記載による証券取引法違反によって逮捕され、西武鉄道は上場廃止になった。
そして、名義を借りていた名義株についても、平成26年10月最高裁は『これは名義株ではなく名義人が真実の株主であり堤家の株式ではない』と認定した。
さらに、西武鉄道の上場廃止にともなって、一般株主が被った損害の賠償のため、平成28年2月堤義明氏は西武グループの全株式を売却し、これにより西武グループと堤一族との支配関係は完全に解消され、堤一族が築き上げてきた巨大西武グループのすべてを失ってしまった、というのが一連の事件の結末である。
【サポート解説】なぜ会社を失ったのか
西武グループの元オーナー堤義明氏は、経営に失敗して会社を手放したのではありません。
株の対策を間違ったために、会社を失ってしまったのです。
どれだけ素晴らしい会社を築き上げたとしても、株の対策を間違えれば、会社を失う、ということをオーナー様は知っておく必要があります。
代々に渡って会社を引き継いでいくためには、株についての正しい認識が必要不可欠です。事業承継にあたって、何を知り、何に気を付け、何がネックとなり、何を行い、そして、何を行ってはいけないのか。その一つ一つを実際の実例を紹介しながら解説を加え、株についての正しい認識を持っていただくことが本書の目的です。どうぞ最後までお付き合い下さい。