本記事は、太田久也氏の著書『事業承継の羅針盤 あの優良企業はなぜ対策を誤ったのか?』(サンライズパブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。
人気定食チェーンを国内及び海外に展開する大戸屋の創業者が、2015年7月にお亡くなりになられた。
それからわずか半年あまりの2016年2月、創業者の息子さんが取締役を辞任、実質的には追い出された、といっても過言ではない。
亡くなられた創業者も、まさか自分が死んで半年で息子が追い出されるなんて、夢にも思わなかったであろう。
上場とはこういうことである。
これだけ低金利でお金が借りれる時代。
上場するメリットと上場するデメリットを差し引きしたときに、プラスになるのか。
創業家の影響力というのは大きいが、上場すれば資本の論理が優先されることは言うまでもなく、ましてや、上場して、子々孫々に社長を引き継いでいく、というのは難しい。
一連の内紛から4年後の2019年10月、同業の外食大手コロワイドが創業家から式を買い取って筆頭株主となり、コロワイドの社長は、
『大戸屋の買収を視野に検討する』
と発表した。
全身全霊をかけて心血を注いで作り上げた会社が、トラブル、お家騒動、内紛によって、業績が低迷し、安くなったところを買収される。
上場には夢やロマンがあるが、夢やロマンでは飯は食えない。
自社のビジネスモデルが上場に適しているのか、社員や家族が幸せになれるのか等、よくよく考えて上場は検討しなければならない。
【サポート解説】上場は乗っ取りと背中合わせ
カリスマ創業者亡き後のパワーバランスの乱れが、会社を大混乱に陥らせてしまうケースをよく見かけます。ましてや、上場会社となれば利害関係者も飛躍的に増え、創業者の意図したとおりには進められないことも起こり得ます。
『自分の相続税の納税資金は死亡退職金をあてがい、財源は保険で手当てして、会社には負担がかからないように準備しておく』
支配権を持つ未上場会社であれば、何も問題ありません。しかし、上場会社です。
個人の負担である相続税を、会社で負担する計画は許されない、という意見が出るのも無理もありません。しかし、計画どおりに進められなければ、創業家は納税資金の手当てができません。結局、創業家は株を売却して、納税資金についてはことなきをえました。
しかし、これで終わりではありません。
創業家から株を買い取ったのは外食大手コロワイドです。金を出して口を出さないはずがありません。
早速筆頭株主として、経営陣の刷新を要求し、さらに、大戸屋を子会社化するためにTOBを表明して、経営陣がこれに反対する敵対的買収へと発展しました。
経営陣は資本の論理に振り回されて、本業どころではありません。
お金は使ってもまた稼げばいいだけです。
ましてや大恩ある創業者に対する死亡退職金を出し渋ったばかりに、創業家と経営陣の対立構造を生み出し、さらには、会社自体を買収され、取締役全員解任の危機に至りました。
経営をまるでわかっていない立場の違う外部の意見に翻弄されて、大局的な経営判断ができず、創業家を軽視し、資本政策を甘く見た現社長の責任は極めて重大です。
内紛は外敵から付け入る隙を与え、上場は乗っ取りと背中合わせ、ということを肝に銘じておきましょう。