内山 瑛
内山 瑛(うちやま・あきら)
公認会計士。名古屋大学法学部在学中に、公認会計士試験に合格。新日本有限責任監査法人に入所し、会計監査・コンサルティング業務を中心に研鑽を積む。2014年に同法人を退所し、独立。「お客様の成長のよきパートナーとなる」ことをモットーに、記帳代行・税務申告にとどまらず、お客様に総合的なサービスを提供している。近年は、銀行評価を向上させる財務コンサルティングや内部統制構築支援、内部監査の導入支援にも力を入れている。

「繰延税金負債」という勘定科目を知っているだろうか。中小企業ではあまりみられない勘定科目であり、株式投資等をしている人が、大企業の財務諸表をみるなかで、まれにみる程度であろう。

多くの企業では「繰延税金資産」という資産科目が計上されており、「繰延税金負債」という形で表示されていることは少ない極めて珍しい勘定科目といえるだろう。そんな繰延税金負債について、今回は詳細にみていきたい。

繰延税金負債とは?

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(画像=natee-meepian/stock.adobe.com)

繰延税金負債は、繰延税金資産とともに用いられる、税効果会計における勘定科目であり、税務と会計のずれを決算書にて表現するために用いられている。

法人税などの税金は、基本的には、決算書の利益を基にして求められるのであるが、税法上の所得を計算するために、決算書の利益に対して加算や減算をして調整計算をすることになる。

なぜ、決算書の利益から調整計算をする必要があるのかといえば、会計上の利益が企業の経営成績を表すことを目的にしている一方、税金計算上の利益は税の負担能力に応じた公平な課税を目的にしているという違いがあるためである。

昨今、会計独自の処理や税務独自の政策的な課税方法などが多く取り入れていくにしたがって、会計上の利益と納税額の対応関係が曖昧になってしまうことや、決算書をみて、将来の税負担がわかりにくいということから、税効果会計を取り入れる必要があるといわれている。

繰延税金負債は、企業会計上の損益が税務上の将来加算一時差異として処理され、税務上の当期課税所得や納付税額が減少する場合に生ずる負債(未払債務)である。

簡単にいえば、会計上では利益が出ている(純資産が増加している)にもかかわらず、課税が後回しになっている場合について、税金の未払い部分を抱えているとみなして、将来課税される税金相当額として、繰延税金負債を計上するのである。

なお、決算書上、繰延税金資産と繰延税金負債は相殺して表示されるため、繰延税金資産よりも繰延税金負債のほうが大きい場合にのみ、決算書上に繰延税金負債が表示される。通常、税務上の所得は、会計上よりも早期に計上されることが多いため、繰延税金負債が決算書上計上されることはまれである。

繰延税金負債が生じる主なケース5つ

通常税務においては、会計の利益よりも早期に所得を計上することになるため、繰延税金負債が発生するケースは限られている。ここでは、どのような場合に繰延税金負債が生じるかについて解説していきたい。

①その他有価証券評価差額金

時価評価する売買目的有価証券以外の有価証券で、評価益が生じた場合において、繰延税金負債が生じる。

評価差額の全額をその他有価証券評価差額金に計上した場合において、その有価証券の含み益が実現した場合にかかる税金を考慮にいれなければ、その他有価証券評価差額金が実際の価値以上に膨れ上がってしまうことになる。

そこで、評価益のうち税金相当分については、繰延税金負債として計上し、その他有価証券評価差額金を減らすのである。

(仕訳例)その他有価証券評価差額金が100、実効税率30%の場合を想定する。

その他有価証券100その他有価証券評価差額金100
その他有価証券評価差額金30繰延税金負債30

②固定資産圧縮積立金、特別償却準備金

固定資産圧縮積立金や、特別償却準備金は圧縮記帳や特別償却をした際に、直接減額方式ではなく、積立金方式を利用した場合に発生する繰延税金負債である。

圧縮記帳や特別償却は、税務上認められた制度であるが、会計理論的に正しい処理とは限らない。具体的には、直接減額方式によって固定資産の金額を減らしてしまうと、通常の減価償却をした場合に比して利益が出やすくなってしまう。

また、総資産や純資産の金額が小さくなってしまうため、ROAやROEが大きくなってしまう。そのため、積立金方式を採用し、会計上影響がでないようにする方法をとる必要がでてくるのである。

(仕訳例)固定資産圧縮積立金を100計上、実効税率30%の場合を想定する。

繰越利益剰余金100固定資産圧縮積立金100
法人税等調整額30繰延税金負債30

先ほどのその他有価証券評価差額金の場合との違いに気づいただろうか。繰延税金負債の相手勘定が「その他有価証券評価差額金」か「法人税等調整額」かで違いがある。これは、①の場合は、まだ税金が発生していないのに純資産を増やしたものを調整するのに対し、②の場合は、実際に税金が節約されていることにより、それを調整する必要があるからである。

③繰延ヘッジ損益

その他有価証券評価差額金の場合と同様に、ヘッジ会計を適用した場合のヘッジ手段の評価益についても、税効果会計を適用する。

会計上の繰延ヘッジと税務上の繰延ヘッジの要件が異なるので、それぞれについて、仕訳例を例示する。税務上の繰延ヘッジの要件を満たしてない場合、ヘッジ手段の評価損益は別表加算され、税額に反映されているから、処理が異なる。ここでは、ヘッジ手段の含み益が100で、実効税率30%の場合を想定する。

(仕訳例) 税務上の繰延ヘッジの要件を満たしている場合

デリバティブ100繰延ヘッジ損益100
繰延ヘッジ損益30繰延税金負債30

(仕訳例) 税務上の繰延ヘッジの要件を満たしていない場合

デリバティブ100繰延ヘッジ損益100
法人税等調整額30繰延税金負債30

④前払年金費用

退職給付引当金も税効果会計の対象となっている。

通常、退職給付引当金が負債に計上されている場合においては、別表加算されているため、回収可能性を考慮したうえで、繰延税金資産が計上される。

しかし、まれに退職給付引当金がマイナスになることがあり(退職給付債務よりも年金資産が大きい場合など)、そのような場合には、別表減算になるため、繰延税金負債が計上されることになる。

⑤その他の準備金・積立金

その他、様々な政策的な要請から、準備金の計上による税金の繰延が行われている。そのような準備金の計上についても、固定資産圧縮積立金と同様、将来の税負担を会計上の利益に比べて増加させる効果があるので、繰延税金負債を計上することになる。

繰延税金負債の支払可能性

「税効果に係る会計基準 第二 二 1」において、「繰延税金資産又は繰延税金負債は、一時差異等に係る税金の額から将来の会計期間において回収又は支払が見込まれない税金の額を控除して計上しなければならない」とされている。これが、繰延税金負債の支払可能性といわれているものであり、その検討をしなければならない。

しかし、「税効果会計に係る会計基準の適用指針」においては、次のように定められている。

「個別財務諸表における繰延税金負債は、将来の会計期間における将来加算一時差異の解消に係る増額税金の見積額について、次の場合を除き、計上する。

① 企業が清算するまでに課税所得が生じないことが合理的に見込まれる場合

② 子会社株式等(事業分離に伴い分離元企業が受け取った子会社株式等を除く(結合分離適用指針第 108 項)。)に係る将来加算一時差異について、親会社又は投資会社(以下「親会社等」という。)がその投資の売却等を当該会社自身で決めることができ、かつ、予測可能な将来の期間に、その売却等を行う意思がない場合」

そのため、このごく限られた場合のみに繰延税金負債の支払可能性については、検討すれば足りるということである。

これは、繰延税金資産の回収可能性の検討とは大きく異なる。

繰延税金資産の回収可能性を検討する場合には、会社を課税所得の発生状況や将来の業績予測などに応じて5つに分類し、すべての将来加算一時差異について、スケジューリングを行ったうえで、繰延税金資産が回収可能かどうか判断し、回収可能なものについてのみ計上するといった運用が行われている。

最もよい分類になった会社においては、スケジューリング不能なものも含めてすべての繰延税金資産を計上できるものの、最も悪い分類になった会社においては、原則として繰延税金資産の計上ができないという厳しいものである。

それに比して、繰延税金負債の支払可能性の検討は、ごく例外的な2つの場合を除き、すべて計上するようにという規定になってることに留意しなければならない。

なぜ、支払可能性を考慮する必要があるか

ではなぜ、支払可能税と回収可能性にこのような大きな違いがあるのだろうか。繰延税金負債の支払可能性がない状況は大きく2つに区分される。

1つ目は、将来にわたって、繰延税金資産の解消以上の欠損金が発生することが見込まれるので、税金の支払可能性がない場合、2つ目は、繰延税金負債を生じさせている将来減算一時差異が将来的に当面解消されないことが見込まれている場合である。

1つ目の欠損金が発生しつづける状況について考えてみる。

これは、適用指針における「企業が清算するまでに課税所得が生じないことが合理的に見込まれる場合」に相当する。

ここで、将来において課税所得を発生させることができない状況とは、毎年度損失を出している業績の悪い会社ということになり、このような企業はそもそも継続企業の前提に重要な疑義があるような会社であろう。企業は継続的に利益を生み出していくことが要請されている場合において、将来的に清算が見込まれている場合等を除いては例外的だろうと考えられるのである。

2つ目の場合は、適用指針の「子会社株式等(事業分離に伴い分離元企業が受け取った子会社株式等を除く(結合分離適用指針第 108 項)。)に係る将来加算一時差異について、親会社又は投資会社(以下「親会社等」という。)がその投資の売却等を当該会社自身で決めることができ、かつ、予測可能な将来の期間に、その売却等を行う意思がない場合」に相当する。将来加算一時差異が生じることはいくつかあるが、そのなかでも子会社株式等においてのみ支払可能性を検討する。

繰延税金負債と繰延税金資産はセット

繰延税金負債は会計と税務のズレを表すためのものであった。

極めて珍しい勘定科目であるため、普段から目にする機会はそう多くはないと考えられるが理解しておくにこしたことはない。

繰延税金資産と合わせて抑えておくとよいだろう。(提供:THE OWNER

文・内山瑛(公認会計士)