労働協約は、従業員の賃金や勤務時間といった労働条件の合意に重要な規定である。また、労働協約があることで、労働組合の活動についても会社の合意を得ることができる。今回は、労働協約の基本や有効範囲、また、労働協約と類似している就業規則と労使協定との違いなどについて解説する。
労働協約とは?一般的に定められている項目2つについても解説
労働協約とは、雇用する側である会社と労働組合の間で結ばれる、労働条件などの取り決めのことである。会社と労働組合との間で締結するものであるため、『労働組合法』にその運用についての各種規定が設けられている。
労働協約が労働組合との間で締結されるのは、労働組合が労働者の集団であることから、会社側と対等な交渉力を有した立場で協議を行い、各種協定を結ぶことがきる存在だからである。
日本における労働協約の締結状況については、約6年ごとに厚生労働省が行っている『労働協約等実態調査』によって報告されている。2015年の報告では、調査対象企業の93.4%が労働協約を締結しており、2009年の調査時よりも2%増加している。労働協約の締結状況については、5,000人以上の大企業では98.3%だが、30~99人の中小企業では88.4%で、企業規模が小さくなるほど締結率は低い。
労働協約には、労使間のさまざまな項目を設けることができるが、一般的には以下のような取り決めを記載する。
1.労働組合に関する項目
基本的に従業員は労働組合に参加するという「ユニオン・ショップ」などの項目や、組合の活動時間、組合員が利用できる施設の取り決めなど、労働組合の組織の中身や活動についての項目が挙げられる。また、春闘などの団体交渉や労働争議に関する項目についても、労働協約に設けられることが多い。
2.労働条件に関する項目
労働条件に関しては、勤務時間や基本給や賞与などの賃金、福利厚生などの他、昇格や解雇・懲戒・定年制などの人事に関する項目、健康診断などの安全衛生についての取り決めが記載される。これら以外にも、事業の縮小や新規分野への進出などに関する事前協議や、苦情処理に関する項目が労働協約に設けられることもある。
労働協約と就業規則の違い2つ
労働協約は労働組合と会社の間で結ばれる労働上の約束事であるが、就業規則はどのような位置付けだろうか。就業規則は、雇用側である会社が、社内の業務上の秩序を守って従業員が働けるように、規律を設けて文書化したものである。つまり、就業規則は労働組合との協議で締結する労働協約とは違い、従業員の意見も参考にしながら会社側が作成する「ルールブック」のようなものだ。
1)就業規則は労働基準法で規定されている
労働協約が『労働組合法』によって規定されているのと違い、『労働基準法』によって規定されているのが就業規則だ。常時10名以上の従業員が所属する会社は、届出が義務となっている。
就業規則には、労働協約と同じように、就業時間や賃金に関する項目、退職・解雇事由はもちろん、安全衛生に関する項目などを記載する。さらに、『労働基準法第106条』では、就業規則の従業員への周知徹底が義務付けられている。
また、就業規則に定められる雇用条件は、労働契約よりも優先されることが『労働契約法第12条』に記載されている。
2)労働協約の約束事が就業規則より優先される
就業規則も労働協約と同じように、従業員との労働条件などに関わる項目を規定しているが、『労働基準法第92条』によれば、就業規則は労働協約に反して作成することはできないとされている。つまり、労働協約における労働契約などに関する取り決めの効力の方が、就業規則よりも強いものであることがわかる。
労働協約の有効範囲や違反に関する取り決め4つ
労働協約は、労働組合との労使に関する重要項目についての約束事を記載するという目的があることから、その締結方法や有効範囲については厳格な取り決めがある。
1.労働協約が効力を発揮する要件
労働協約の内容が効力を発揮するためには、労働協約に関する取り決め内容を書面化した上で、雇用側と労働組合それぞれの署名か記名押印が必須となる旨が『労働組合法第14条』に記されている。労働協約は、労働条件に関わる重要な取り決めであることから、口頭での約束や無署名および記名押印無しの書面での締結は許されていない。
2.労働協約の有効期間
労働協約は、『労働組合法第15条』において、有効期限を設定する際には最長でも3年以内と定められている。労働協約の有効期限を定めない場合や、3年を過ぎた後に期限を定めていない場合には、雇用側か労働組合のどちらか一方が解約希望日の90日前までに文書によって通達することで解約が可能である。
労働協約は、社内で働く多く人の労働条件などに影響を与えることから、期間の限定や解約のルールが設定されている。
3.労働協約の基準に違反した労働条件等は無効となる
労働協約の違反に関しては、『労働組合法第16条』に規定されており、締結された労働条件や待遇などの基準から外れる場合、該当部分に関しては効力がなくなる。労働協約の違反によって直接的な刑事罰があるわけではないが、不当労働行為として労働争議や訴訟に発展する可能性もある。
4.労働協約の地域内における適用拡大
同じ地域において、同業種の労働者の多くが労働協約の適用対象となっている場合は、厚生労働大臣や都道府県知事の権限によって範囲拡大を行うことができ、他の同業種に対しても同じ労働協約が適用されることとなる。
労働協約と労使協定の違い3つ
労使協定は、労働条件はもちろん賃金などの待遇についての取り決めを行う点で、労働協約と類似しているが、一部異なる点もある。
1)労働条件の設定基準が違う
労働協約は、労働条件などの設定を基本的に自由に設定できることが『日本国憲法第28条』によって許されている。また、『労働組合法第16条』にあるように、労働協約に記載されている労働条件を外れる項目に関しては無効になる。
一方、労使協定は、労働基準法に定められた最低労働条件を基本としつつも、その例外を一部許容する内容の労働条件について取り決めることとなる。いわゆる、「36(サブロク)協定」のような、労働基準法の規定を超える時間外労働の許容などが代表的な労使協定である。
2)労使協定は従業員の代表者とも締結可能
労働協約は、労働組合と会社の間での取り決めであるため、締結にあたっては、労働組合の規模の大小によらず締結でき、該当の事業場の労働組合である必要もない。
一方、労使協定は、該当事業場の過半数を超える組合員が所属する労働組合があれば、その労働組合と締結するが、労働組合がない場合には、労働者の過半数の代表者が締結する。
3)効力の適用範囲が違う
労働協約は締結した労働組合の組合員だけに適用されるが、労使協定は、基本的に締結した事業場に在籍する全労働者に適用される。
労働協約の作成と届出
労働協約の作成に関しては、前述のように会社側と労働組合の間で書面を作成した上で、署名および記名押印が必要であるが、労働基準監督署などへの書面の提出は必要ではない。また、書面のフォーマットに関しては、労働協約と銘打たれた法律で定められた書式はなく、「覚書」や「協定」などのように、労使間で協議されて合意した項目が記載されたものであれば問題ない。
労使協定は労働協約とは異なり届出が必要なものがある
労働協約と類似している労使協定に関しては、「36(サブロク)協定」のような労働時間に関する取り決めについて、作成の上、管轄の労働基準監督署長への届けを行わなければ効力が発揮されないものもあるため、注意が必要だ。
労働協約による労働条件変更の注意点
会社側と従業員との間で結ばれた労働条件を変更する際には、基本的に両者の合意があり、従業員にとって不利益がなければ変更は可能である。労働協約によって締結された労働条件の変更に際しては、労働者にとって不利益な変更であっても、必ずしも無効になるわけではない。
労働協約の変更が、特定の社員に対する不利益を目的としたものや、労働組合の存在を無視し、その目的を大きく逸脱した内容でない限りは有効となる。
労働協約の変更に関する訴訟事例
「朝日火災海上保険事件」では、退職金の計算方法変更に関する労働協約の改定によって、一部社員にとっては労働条件引き下げとなり、労働協約の変更を不服として組合員Xが提訴した。
当該組合員Xは退職金の受取り額が減額することとなり、被った不利益は決して小さいものではなかったが、労働協約の変更が必ずしも組合員Xだけをターゲットとしたものではなく、当時の会社状況から合理的に判断されたものということから、提訴した労働者側が敗訴する結果となっている。
労働協約による不利益の扱いについては、経営者としても判断が難しいことであるため、各種労働条件に関わるような労働協約の変更に関しては、社労士や弁護士などの専門家への相談が必要であろう。
労働協約は労使協定や就業規則よりも厳格に規定
労働協約は、労働組合という従業員集団が力を合わせることで、会社と対等な立場で労働条件などの協議を行うために必要な制度である。
労働協約は、労働条件などを記載するという意味では就業規則と似ているが、労働協約の優先度の方が高く設定されている。一方で、労働協約で取り決めた基準を外れた労働条件などは無効となることや、労働組合と使用者側の双方同意の上で、署名や記名押印された書面の発行が必要など、厳しい要件も設定されている。
労働協約という約束事を通して企業のあり方を見直し、変化の激しい時代の働き方について、労使一体となって定期的なブラッシュアップを果たしてもらいたい。(提供:THE OWNER)
文・隈本稔(キャリアコンサルタント)