会社の財務的な安全性を測る指標として、固定長期適合率がある。固定長期適合率は、固定資産をどれだけ自己資本と固定負債で賄うことができるかを示す指標である。今回は、固定長期適合率が意味するものや、財務状況が危険な状態を脱するために行うべきことなどについて解説する。
固定長期適合率とはどんな指標か
ここでは、「固定長期適合率」がどのような指標であるかについて解説する。また、似た指標である「固定比率」についても比較のために説明する。
固定長期適合率と固定比率
固定長期適合率は、固定資産が自己資本と固定資産に比べてどれだけの比率あるかを示す指標である。
固定長期適合率に似た指標として、固定資産が自己資本のみに比べてどれだけの比率あるかを示す「固定比率」がある。
いずれも、固定資産の観点から支払い能力があるか否かを判断する指標であるが、自己資本のみか、長期借入金などの固定負債の視点も含めるかといった違いがある。
固定長期適合率と固定比率の計算式
固定長期適合率を求める計算式は以下のとおりである。
固定長期適合率=固定資産÷(自己資本+固定負債)×100(%)
一方で、固定比率の計算式は以下のとおりである。
固定比率=固定資産÷自己資本×100(%)
なお、自己資本比率は貸借対照表の純資産の部の金額と同じと考えて差し支えない。
固定長期適合率と固定比率の意味するところ
固定長期適合率は、固定資産が返済の必要のない自己資本や、すぐに返済する必要のない固定負債で賄いきれているか否かを見る指標である。
固定長期適合率が100%を上回っていると、自己資本や固定負債のみでは固定資産を賄いきれず、1年以内に返済する必要がある流動負債からも賄っていることを示している。通常、固定資産はすぐに換金できないものが多いため、流動負債の清算に必要な金銭などが不足していることを暗示している。
一方で固定比率は、固定資産が自己資本のみで賄いきれるかを示すものであり、固定比率が100%を下回っていると、固定資産をすべて自己資本のみで賄えていることを示している。逆に100%を上回る場合は、固定資産の購入に借入金などの負債があることとなる。
なお、負債の中には親会社や経営者からの借入金があり、その中には自己資本と同一視できるものもある。それらがある場合は、固定長期適合比率や固定比率の実質的な数値が異なることがあるため、安易に100%を上回るから危険と判断するのは早計である。
固定長期適合率の実態
では、固定長期適合率の実際はどのようになっているのだろうか。
日本政策金融公庫が、小企業の経営指標の実態を調査しているので、その調査結果を示す。これは、日本政策金融公庫が融資を行った法人企業のうち、決算期間が1年かつ従業者数が50人未満となっているものを対象としたものである。
業種別の固定長期適合率の比率
業種別の固定長期適合率の平均値、中央値は以下の通りとなっている。
業種 | 平均値 | 中央値 |
---|---|---|
卸売・小売業 | 80.9% | 55.3% |
建設業 | 72.3% | 50.6% |
製造業 | 80.8% | 66.3% |
運輸業 | 98.2% | 74.1% |
サービス業 | 87.0% | 56.1% |
飲食店、宿泊業 | 136.3% | 97.7% |
(建設業、製造業は2018年度、その他は2019年度のもの。以下同じ)
この調査結果から見て取れるのは、業種によって平均値も中央値も差がある点である。
これらの業種間の比較では、建設業や卸売・小売業、サービス業が低く、飲食店や宿泊業の値が大きいことが分かる。
建設業は、重機などの機械類を始めとする固定資産が多いため、固定長期適合比率が高い印象があるが、許認可を受けるためには財務状態の健全性が求められるため、低めの数値に抑えられていると推察される。
一方、飲食店と宿泊業については、平均値が136.3%で中央値でも97.7%であり、業界全体として固定長期適合比率が高いことを示している。これは、許認可の要件に財政状態に関するものがないこと、自己資本比率の平均値が-39.0%、中央値が-4.5%であり、半分以上の会社が債務超過であることが影響していると考えられる。
黒字の会社の固定長期適合比率はどう違うのか
黒字かつ自己資本がプラスの企業の、固定長期適合比率の平均値はどうなのだろうか。同調査結果からまとめた数値は以下のとおりである。
業種 | 黒字かつ自己資本がプラスの会社の平均値 | 全体の平均値 (再掲) |
---|---|---|
卸売・小売業 | 58.4% | 80.9% |
建設業 | 53.4% | 72.3% |
製造業 | 64.0% | 80.8% |
運輸業 | 75.3% | 98.2% |
サービス業 | 63.1% | 87.0% |
飲食店、宿泊業 | 105.9% | 136.3% |
自己資本がプラスという制約はあるものの、債務超過の会社も含めているいずれの業種も、黒字かつ自己資本比率がプラスの会社の固定長期適合比率の値は小さくなっている。
そのような中でも、飲食店と宿泊業については、一般的に危険とされる100%を上回っている。これは、固定資産について健全に見える会社であっても、自己資本と固定負債のみでは賄いきれず、流動負債にも頼っていることが推察される。
固定長期適合比率は規模による違いはあるのか
企業の規模によって、固定長期適合比率に差はあるのであろうか。まず、従業員数別の平均値を例にとって比較する。
運輸業の固定長期適合比率は、以下のとおりである。
従業員数 | 1~4人 | 5~9人 | 10~19人 | 21~49人 |
---|---|---|---|---|
固定長期適合比率平均 | 93.5% | 103.1% | 101.7% | 92.2% |
この数値を見る限り、5~9人、10~19人のレンジで高めになっているものの、大差はないように見える。
ところが、サービス業では以下のようになっており、規模が大きくなると固定長期適合比率が下がっている。
従業員数 | 1~4人 | 5~9人 | 10~19人 | 21~49人 |
---|---|---|---|---|
固定長期適合比率平均 | 93.8% | 87.0% | 76.6% | 76.6% |
おそらく一定の固定資産を取り揃えば、あとは人員のみで事足りるということだと推察される。
この結果から、規模によって固定長期適合比率がどうなるかは、その事業の事情によるものであると考えられる。
固定長期適合比率を下げるために必要なこと3つ
固定長期適合比率が100%を上回る場合は、資金繰りが悪いことを意味しているため、数値を早急に下げる必要がある。
固定長期適合比率を下げるためには、形成する3つの数値である、固定資産、自己資本、固定負債を調整することが重要となる。ここでは、これらの数値をどのように調整すれば固定長期適合比率を改善できるのか解説する。
1.自己資本の強化
まず考えられるのが、固定長期適合比率の計算式における分母の片方を構成する、自己資本を増加させることである。
通常、自己資本を直ちに増やすためには、出資の受け入れによって増資を行う以外に方法はない。その場合、増資を行った者の議決権が増加することになるため、議決権の変動を避けたいのであれば、全株主がその持分比率に応じて等しく増資を行うことができるようにするか、無議決権株式を発行するなどの対応が必要である。
増資を行えば、ほとんどの場合は資本金や資本剰余金が増加することになり、法人住民税の均等割について税額が増加することもあるので、注意が必要である。
2.長期借入金の借り入れ実行
自己資本とともに固定長期適合率の分母を構成している、固定負債を増加させる方法もある。
手法としては、新たに長期借入金を借り入れて固定負債を増やす方法と、既存の短期借入金を長期借入金に借り換えることによって流動負債を減らし、固定負債を増やす方法がある。
いずれの方法も、銀行などの金融機関から借り入れるのであれば、交渉が必要となる。
3.固定資産の減少
その他に考えられるのは、固定資産を減少させる方法である。固定資産の中には、必ずしも事業の遂行上必要とは限らないものもある。
例えば、有形固定資産の中には全く使っていない遊休資産があったり、固定資産に計上しているトレード目的ではない有価証券の中には、当初は取引目的で保有していたものの、取引がなくなった会社の株式もあるだろう。これらの資産は、今後の事業の遂行上必要でないならば、直ちに処分なり売却するなどして固定資産から外すことも手立ての一つである。
また、事業に使っている資産であっても、使用頻度が少ないものについては、資産計上する必要のないレンタルやオペレーティングリースにする方法も考えられる。
固定資産の中に定期預金がある場合は、預け入れ期間を短縮するなどして、固定資産から流動資産にすることで、いつでも換金できるようにする方法もある。2020年12月時点では、メガバンクの定期預金利息は1ヵ月ものであっても10年物であっても変わりはない。
その他の資金の安全性を測る指標
固定長期適合比率は、会社の財政状態のうち安全性や資金が確保できるか否かを表すものであるが、他にどのような指標があるのか解説する。
流動比率
流動比率は、流動資産と流動負債の比率を表す指標であり、計算方法は以下の通りである。
流動比率=流動資産÷流動負債×100(%)
流動比率が100%を切ると、1年以内に支払うべき負債を流動資産のみで賄いきれないため、資金繰りが危険な状態とされる。
単純に会社の資金が安全かどうかを判定する際には、固定長期適合比率よりも流動比率を用いて計算するケースが多い。
自己資本比率
自己資本比率は、総資産に占める自己資本の比率を表す指標であり、その計算方法は以下のとおりである。
自己資本比率=自己資本÷総資産×100(%)
自己資本比率は、財政状態の安全度や危険度を示すものではなく、あくまでもどれだけの自己資本があるかを示す指標である。
固定長期適合比率には業界の特徴があらわれる
今回は、企業の財務状況の健全性を示す指標である「固定長期適合比率」について解説した。
固定長期適合比率と似た言葉として固定比率があるが、固定負債が関係しない点が大きな違いである。固定長期適合比率は、業界によっても平均値などは異なるため、それぞれの業界の特徴が大きく関係することとなる。
固定長期適合率が100%を超えて資金繰りが苦しい場合には、自己資本の強化や固定負債の増加といった方法が有効だが、それぞれのメリットやデメリットについても把握した上で対応していただきたい。(提供:THE OWNER)
文・中川崇(公認会計士・税理士)