THE OWNER特別連載「経営者のお悩み相談所 〜経営コンサルタントが一問一答!〜」第6回目は「シリーズA直前のスタートアップとしては人員強化のための採用はいつ頃に行うべきか」という経営者のお悩みについてお答えします。
▼経営者様からのご質問はこちらで受け付けております!
https://the-owner.jp/contents/the_owner_questions
【今回のご質問】
シリーズA直前のスタートアップです。人員強化を目的として人事の採用はいつ頃に行うべきでしょうか?
スタートアップ最大の悩みは、資金と人材という2大リソースに関する制約。人員強化のための採用というのはこの先の成長に不可欠な手段であり、その両方の制約を睨みながらバランスをとって進めるべき重要なテーマです。まずは自社が今どういうステージにあり、そのために何をすべきなのか、から整理してみましょう。
【学歴】一橋大学 経済学部卒、テキサス大学オースティン校 経営大学院修士(MBA)
【専門領域】事業戦略、マーケティング戦略、ビジネスモデル、BPRとBPM
【最新著】『ベテラン幹部を納得させろ!~次世代のエースになるための6ステップ~』
【パスファインダーズ社】少数精鋭の戦略コンサルティング会社として、新規事業の開発・推進・見直しを中心としたコンサルティングを提供。
URL:https://www.pathfinders.co.jp/
現状ステータスと投資家の期待を確認する
質問者の業種はIT業界とのこと。もしかするとネット系サービスの企業かも知れませんし、ソフトウェア開発の会社かも知れませんし、半導体などのハードウェア系かも知れません。ただの「ベンチャー企業」ではなく「スタートアップ」と自称するからには、将来の目標は上場程度ではなく、急成長して特定業界での世界市場を狙う意気込みだと推察致します。
他の読者のために若干補足しますと、スタートアップにとっての「シリーズA」とは、成長段階ごとに出資金を募る「投資ラウンド」における3番目のステップです。エンジェル、シードと来て、シリーズAを経てその後シリーズB、C…と続いていきます。一般的には「シード(種)ステージ」に続く「アーリー(早期)ステージ」に位置していると考えられます。
一つ前のシードステージではα版プロトタイプしか出していなかったのに対し、このアーリーステージでは典型的に、アーリーアダプター向けに製品・サービスの初期プロダクト(α版、β版)をリリースして高評価を得ることが期待されます。そしてこの後の「ミドルステージ」におけるシリーズBの資金調達を得て、機能拡張したプロダクトによって一挙に市場認知と顧客層拡大を狙う、というのが望ましい成長シナリオです。
要はこのシリーズAというのは、市場に初めて打って出るための製品・サービスを完成させるため、そしてそのための体制を作り上げるために必要な資金を調達する、非常に重要なイベントです。
質問者の会社はそのシリーズA直前ということですから、シードステージで行うべき「プロトタイプによる製品(またはサービス)のコンセプト検証」は既に済み、既存投資家の納得を得られた状態にあるのだと考えられます。そして次のアーリーステージに向かおうとしている訳です。
事業計画における人員採用計画の立て方は?
こうしたステータスにおいて、人員強化を目的とした人事採用はいつ始めるべきか、というのが今回のご質問です。結論的に言えば、「シリーズAにて資金調達した後、事業計画に沿って」というのが基本原則です。
でも、もしかするとご質問の趣旨は「そのシリーズAに向けての事業計画を策定しようとしているのだけれど、その重要要素の一つとしていつ人事採用を始めることにすべきなのか、どういうロジックや手順でそのタイミングを決めるのかを知りたい」ということなのかも知れません。こうした場合、逆算で考えてみると大概は答が見えてきます。
これから向かうアーリーステージで「達成したいこと(ゴール)は何か」をまず定めましょう。先に述べたように、アーリーアダプター向けの製品・サービスの初期プロダクトのリリースと、それに対するユーザーの高評価(または一定の販売成果など)が中心的課題のはずです。次に、主要なもので結構ですので、「そのためにすべきこと」を書き出してみてください。事業計画の策定のためには、それぞれの順番や必要な実行期間も考えて時系列的に並べ直すことが必要です(模造紙に時間軸を書いて、そこにポストイットを貼り付ける方式でやればすぐにできます)。
それができたら、「そのためにすべきこと」のそれぞれに対し「そのために強化が必要な人員」を洗い出してください(もちろん、既存メンバーだけで対応できるのならそれに越したことはありません)。そして先に模造紙とポストイットで作った「事業計画表」上に、新たな強化人員種(例えばネットワークSEなど)ごとのポストイットを貼り、その採用に必要だと思われる期間(準備も含めて)の線を時間軸に平行に引けば、それぞれの人事採用の開始タイミングが導き出されます。
なぜこうした細かめの計画を練る必要があるのでしょうか。なぜ「資金調達できたら一斉に人員強化に向かう」といったシンプルなやり方ではいけないのでしょうか。
それは、それぞれの人材が活躍するタイミングが異なる可能性が高いからです。一斉に採用すれば人件費が一挙に膨れ上がる割に、特定の新規採用スタッフだけが随分忙しく準備に追われる傍らで、他の新規採用スタッフが手持ち無沙汰になってしまう可能性があるからです。それはスタートアップとしては資金的にも勿体ないですし、採用した人材のモチベーション的にもマズイのです。
では具体的にどういう人員を強化すべきでしょうか。もちろん、事業によって違いますよね。とはいえ、これからアーリーステージに入ってすべきことはアーリーアダプター向けの製品・サービスの初期プロダクトの開発、完成が中核のはずです。IT系ということなのでプログラマーやSEが中心となるでしょうね。事業によってはアーリーアダプターからのフィードバックをうまくすくいあげる仕組み構築にも人材が必要かも知れませんし、IT系といってもハードウェア系ならば製造に関する知識や人脈のある人材が求められるかも知れません。
それぞれの採用にはそれなりの準備期間が掛かると見込んでおいたほうがよいでしょう。こうした考慮を重ねて、シリーズAの実施後の少し余裕が出る時期にうまく人事採用の開始タイミングが来るように(初期の人材採用面接は経営者自ら行うべきだし、時間もかなり取られます)、全体を見直す必要があります。
留意点1:人員採用計画上の例外としての右腕級の人材の獲得
先に「シリーズAにて資金調達した後、事業計画に沿って」というのが基本原則だと申し上げましたが、原則には常に例外があり得ます。それはシリーズAの資金調達前でありながら、(今後の飛躍を左右する)「経営者にとっての右腕的存在」になる人物に巡り合い、しかもシリーズAを待っていてはその人材を他社に奪われてしまう場合です。
スタートアップの将来を左右するかも知れない存在であればあるほど、積極的に獲得に動きたくなると思います。私も個人的にはそういう志向です。でもこうした場合でもあえて一旦は冷静になって、最悪のケースの覚悟を持てるかどうかで判断すべきです。
最悪のケースというのは、経済環境が悪化して、当てにしていたシリーズAのタイミングが先送りされてしまったり一旦キャンセルされてしまったりする、もしくはシリーズAで獲得できると期待していた資金調達額が大幅に縮小してしまう、といった事態のことです。現下の資金調達環境はリーマン・ショック直後や平成不況時に比べれば天と地ほどの差があるほど恵まれた状況にあるのですが、スタートアップにとっての経営環境というものは「一寸先は闇」なので、そうしたリスクは常に頭の中に想定しておいてください。
自社事業との提携を視野に入れている事業会社系のVCは比較的長期視点で判断しますが、一般のVCは最終的になるべく短い期間で売り抜けることが目的なので、目先の経済環境が変わると投資態度を急変させます。ましてや自らの目利き能力に自信のない日本の金融機関系のVCの大半はリスクを感じると横並びに退散します(ベンチャー企業の経営も投資もした私の経験上の感想です)。だから、いくら固く口約束していたとしても契約前であれば投資ラウンドから一目散に逃げ出すことは十分あり得ます。
シリーズAの資金調達前に当初計画外の人材を採用し、シリーズAが予定通り実行されないとなれば、バーンレート(資金燃焼率)が一挙に変わって倒産しかねません(この時点ではまともな売上は入ってこない状況でしょうから)。いくら右腕級の獲得といえども、会社が倒産してしまったら元も子もありません。ゆえに最悪のケースでは、自らの報酬を返上してその人材への報酬分に充てる、または一旦の窮地を脱するために既存株主(エンジェル投資家かVCでしょう)に対し割安な価格で株式放出をする、などといった選択を迫られるかも知れません。
ゆえにそれだけのリスクを冒す覚悟を持てるのであればその人材獲得にGO、持てなければNGという判断となる訳です。
留意点2:将来的過ぎる人材強化は尚早
もう一点、この段階で留意すべきは人材の種類です。(これから向かうのはアーリーステージなのに)ミドルステージ以降に必要な人材まで確保したくなり、「頭でっかち」な組織になってしまう、といった事態は避けなければなりません。
スタートアップが人材募集を掛けると、隣接する領域の人材までもが応募してきたり、そうした人材を人材紹介会社や友人・知人が「ついでに」感覚で推薦してきたりします。それに対し経営者も、シリーズAが実行されて資金的余裕が出てきたタイミングでは往々にして、「いずれ将来的には必要なのだから」とか「この機会に確保しておきたい人材だから」とかいう理由をつけて、つい採用してしまいがちです。友人・知人の場合には善意に基づいていることが多く、義理もあって「まぁいいか」となることもあります。
具体的には、例えば(ネット系なら)一般ユーザー向けマーケティングに長けた人材や(ハードウェア系なら)量産のための生産技術に強い人材はミドルステージになれば重要なのですが、アーリーステージでは活躍の場が限られて小さな組織にとっては重荷でしかない可能性が高いのです。採用される当人にとっても不本意な状況となりかねません。
本来欲しい種類の人材を確保することを優先しないとせっかく調達した資金はすぐに減ってしまいますし、組織的にも「ミドルステージに活躍して欲しいけどアーリーステージではあまり使えない」人材が先にポジションを押さえてしまって、本来確保すべき「アーリーステージに不可欠な」専門家を雇う余地がなくなってしまう、といった本末転倒的な事態にもなりかねません。
人材採用は相手の人生の一部を引き受けることにもなりますので、本当によくよく考えて行うべきです。
原則と計画性を大切にし、よくよく考えて実行せよ
ではここまでの話を整理しましょう。次の3点が主旨です。
1)人員強化を目的とした人事採用の実行タイミングは「資金調達後、事業計画に沿って」というのが基本原則。
2)事業計画における人員採用計画の立て方は逆算で考える。すなわち、これから向かうステージで「達成したいこと」、「そのためにすべきこと」と時間軸、そのそれぞれに対し「そのために強化が必要な人員」とその採用に必要だと思われる期間から割り出せばいい。
3)主な留意点としては、人員採用計画上の例外としての右腕級の人材の獲得については最悪のケースでのリスクに対する覚悟次第だということと、一つ先以降のステージで必要になる人材の採用には慎重になるべきということ。そして自らの組織都合だけでなく、採用相手の人生も考えて。
以上です。貴社の順調な資金ラウンドの実行と今後の格段の成長を祈願致します。(提供:THE OWNER)
文・日沖 博道(経営コンサルタント・パスファインダーズ株式会社 代表取締役社長)