本記事は、ケヴィン・スコット氏の著書『マイクロソフトCTOが語る新AI時代』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています
AI時代の新たな波「インテリジェントエッジ」とは
最近ではクラウドコンピューティングが注目を集めているが、精密農業や医療といった分野へAIを応用するには“エッジコンピューティング”も欠かせない。
エッジコンピューティングでは、情報をはるか彼方のデータセンターへ送るのではなく、収集場所の近くに設置した端末で管理、分析する。これならデータをリアルタイムで調べられるし、田舎の回線速度の遅さやクラウドへの接続のしにくさに悩まされずに済む。インターネットにつながるデバイスの数が、2021年には2500億台になると言われるなかで、エッジコンピューティングはこの先、農場のような場所でのモノのインターネット(IoT)の威力を高め、生まれ変わらせる可能性がある。
自分の家や仕事場、さらには近くのお店を見渡すだけでも、インターネットとつながったデバイスの力で、どこにでもコンピュータがあるユビキタスコンピューティング、あるいはマシンが環境に溶け込んだアンビエントインテリジェンスの世界がどんどん近づいているのがわかるはずだ。IoT端末は一般的になり、生活に組み込まれたコンピュータが人間のニーズを予測し、理解し、満たすのも当たり前に思われ始めている。わたしたちは、ソフトウェアが人間の話す言葉やジェスチャー、ボディーランゲージ、感情に反応し、現実世界とわたしたちを取り巻く複雑な状況を把握して、暮らしや仕事、周囲の世界をナビゲートしてくれることを期待するようになっている。
こうした流れの先にあるのは、単に利便性や生産性、つながりが増しただけの世界ではない。スマートセンサーやスマートデバイスは、工場や農場で使う産業機械に新たな命を吹き込み、持続可能な都市を造り、クラウドのパワーを秘境と呼ばれるような場所へも届ける。感知した世界に知的に反応するデバイスと、それを可能にするAIの力があれば、医療や環境保全、持続可能性、アクセシビリティ、災害復興などの重要な分野で新たなブレイクスルーを起こせる。
わたしたちは、この新しい波を“インテリジェントエッジ”や“インテリジェントクラウド”と呼んでいる。そしてこうした新技術は、AIが商用インターネットの世界を一変させたように、現実世界に根ざした問題の解決方法を一変させる可能性がある。
現代のAIは、データを素材に何かを作る。人間の役割は、どのデータを使ってもいいか、AIに指示を出すことだ。使用許可を出したデータがクリック先や検索結果、広告、いいね、シェアなどの情報なら、それらの整理に最適化したAIシステムを組めば、質の高い検索結果や優れた広告をユーザーに提示し、過去の情報から学んだシステムが、ユーザーの好みに合わせたニュースを表示するようにできる。
データが土壌の湿度やpH、温度、空気中の湿度、天気予報、作物の画像なら、それらに合わせたAIシステムを組むことで、農家は植える作物の種類や植える時期、灌漑の方法や肥料、栄養剤の撒き方、収穫の時期などを決める際に、いっそう効果的で正確な判断ができるようになる。そして判断の精度が増せば、環境へのダメージを減らしつつ収穫量を増やすことができる。
こうしたAIの活用法は非常に胸躍るもので、インテリジェントエッジとインテリジェントクラウド時代のAIは、インターネットの枠を超えた幅広い好影響を生活の各所にもたらすだろう。データを集め、実際の出来事に応じて作動するスマートセンサーがあれば、現実世界の信じられないほど多彩な物事に関する知識を集め、対応する能力を持ったモデルを構築できる。そうしたモデルは人間が今までよりも正確ですばやい判断を下す助けになるし、人間のためになる行動を独自に取るシステムとして使うこともできる。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます