本記事は、ケヴィン・スコット氏の著書『マイクロソフトCTOが語る新AI時代』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています
AIによって医療従事者の仕事はなくなるのか?
放射線技師には迷惑なことに、人間の仕事を奪うAIをテーマにしたインターネットミームでは、彼らがよくネタとして使われている。機械にレントゲンが撮れるなら、すぐに結果を読み取って正確極まりない診断もできるようになるはずだから、放射線技師の仕事はなくなるという論調だ。この主張が、医療従事者のような高度な専門職がなくなるなら、いずれはすべての仕事がなくなるに違いないという不安を呼んでいる。
では、この主張を少し詳しく見てみるために、ここでは放射線技師ではなく心臓病専門医を例に取ろう。最近スタンフォード大学が発表したニュースによれば、不整脈の検知の点で、AIはすでに平均的な医師を上回る仕事ぶりを発揮しているという。調査チームは、3000人の心臓病患者から心電図のデータを回収して注釈を付け、データモデルとなるディープニューラルネットワーク(これについてはのちほど詳しく解説する)に訓練を施し、パターンを検知して情報を伝達できるようにした。
既存のオープンソース・ソフトウェアを使い、チームが何度も何度もモデルのトレーニングとテストを繰り返した結果、ミスの割合は大幅に下がり、人間と同等、あるいは同等以上の正確さで不整脈を予測できるレベルになった。
学会誌以外の場でそうした記事が出たことで、心臓病専門医のキャリアの終焉や、失業率の悪化を予測するニュースも増えている。しかし、AIにさまざまな用途があるのと同じように、このケースにもさまざまな見方がある。
たとえば、仮に心臓病学が完璧な学問で、専門医もじゅうぶんに行き渡っているのだとすれば、人間と同じレベルの仕事を安値でこなすAIは、業界を破壊するだろう。機械が仕事を奪い、高給取りの医師は職を失い、AIを作った人間はがっぽり儲けるだろう。多くの人が心から危惧する未来の到来だ。
しかし、心臓病学が発展中の分野で、正確な診断を簡単かつ安い値段で、どこでも受けられることにメリットがあるなら、そして心臓病の治療にまだ改善の余地があるなら、AIによる不整脈診断システムは、分野や専門家にとっては道具がまたひとつ増えただけでしかない。それは、病気をごく早い段階で検知して患者を助ける道具、具体的に言うなら、スマートウォッチからデータを集め、スマートフォン上やクラウド内のソフトでそれを分析し、従来の症状が出る前に担当医に情報を伝えることで、体を傷つける高額な治療を行わずに済むようにする、あるいは手遅れになるのを防ぐ道具だ。
シリコンバレーには、まさにそうした使命を掲げているカーディオグラムという小さな会社がある(わたしも出資者のひとりだ)。単純な話、病気の兆候に目を光らせている何千何万というスマートデバイスから送られるデータを定期的に読み解くには、世界中からかき集めても心臓病専門医の人数は足りない。足りていたとしても気の滅め入いる仕事だ。想像してみてほしい。毎日ひっきりなしに信号や通知、プロンプト、アラートの絨毯爆撃を食らうのはどんな気分か。
そんなとき、AIはこれまでなかった豊かさをもたらす。しかも、脳卒中や心臓病といった危険で致命的な病気をどこでも早期に検知できるようになるのだから、大きな意味を持つ豊かさだ。AIは心臓病専門医の仕事を奪うのではなく、彼らの仕事を楽にし、患者の対応と治療という“本業”に集中できるようにする。発展途上国を中心とした医師不足が深刻な土地に住む、医療をまったく受けられない人にとっては、こうしたテクノロジーは唯一の現実的な治療手段になる可能性がある。
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