本記事は、ケヴィン・スコット氏の著書『マイクロソフトCTOが語る新AI時代』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

社会をよくするためのAIの活用法3つ

AI,社会
(画像=PIXTA)

テクノロジーはゼロサムゲームをノンゼロサムゲームに変え、欠乏と対立、勝者と敗者が必ず出る仕組みを、誰もが豊かさとチャンスを手に入れられる仕組みに変える手段になる。AIはそのための史上最も強力なテクノロジーになるだろう。これは、AIの本質を捉えるうえで一番大切な考え方と言っていい。AIにはメリットもデメリットも多くあるが、それはそもそも、AIに欠乏を解消する力があるからだ。社会として、暮らしをよくするためのAIの活用法は、大きく分けて3つある。

1.豊かさを生み出して基本的な欲求を満たす
2.人間の創造性と起業家精神を加速させる
3.人間と世界への理解を深める

まず、ひとつめの基本的な欲求について、わたしたちが今直面している難しい課題の多くは、現代社会でまっとうな暮らしを送るのに必要なリソースが足りないことに原因がある。マズローの欲求の5段階の下ふたつには、食べ物、服、家、教育、医療、安全といった生理的欲求、あるいは安全に対する欲求がある。リソースが足りていなかったり、コストが高すぎたり、リソースの配分がうまくいっていなかったりする分野には、AIを活用する余地がある。あるタスクをこなせるAIが登場すると聞いて、反射的に「じゃあそのタスクを仕事にしている人は働き口を失うのか」と考える人は多い。しかしそのタスクがもっと安価に、豊富にこなせるようになったら暮らしはどうよくなるかを考えるべきだ。

最近よく話題に上がるゼロサム型の不安の中には、人類の存亡に関わるものもある。たとえば、気候変動に直面するなかで、増え続ける世界人口を養うだけの食料はどう作ればいいのか。最近の国連の調査によれば、90億という2050年の予測人口を飢えさせないためには、それまでに食料生産を70パーセント増やす必要があるという。気候変動はすでに農業情勢を変え始めていて、収穫が落ちている作物もある。そして、人口の増加が最も著しいアフリカは、気候変動の影響が最も深刻な大陸で、必要な食料を作るのはますます難しくなっている。そこでAIを活用して作付時期や窒素循環、灌漑を最適化し、収穫作業のいくつかを自動化すれば、じゅうぶんな食料の生産という問題の大部分は解決できるかもしれない。

わたしたちが現在直面している、あるいはほどなく直面する重大な問題はほかにも数多くある。都市部で不動産価格が上がり続けている問題や、費用が高騰するなかで医療を普及させるという課題。今後数十年で高齢者人口が働く若者の数を上回ると言われる場所で、労働人口と介護の人材を確保する方法。労働環境が猛スピードで変化し、学費も上がっていくなかで、すべての人が新しい関連スキルを習得できるようにするための支援体制。AIは、こうした疑問すべての答えで重要な役割を担う可能性がある。適切なインセンティブと安全装置、賢明な政策を伴ったときのAIのポテンシャルについては、あとの章で詳しく取りあげよう。

ふたつめの創造性と起業家精神については、AIと先進自動化技術はすでに人間のクリエイティビティーを刺激し、10年前には考えられなかった方法で起業家がビジネスを立ち上げ、雇用を生み出す助けになっている。わたしの友人ヒュー・Eと、彼が働いているアメリカン・プラスチック・ファブリケーターズが絶好の例だろう。このような小さな会社がグローバル市場で戦えているのは、自動化技術のおかげだ。

コンピュータ数値制御(CNC)マシンの運用コストはブルックニールでも深圳でも同じで、顧客とのコミュニケーションツールから、顧客が求める商品の設計に使うCADツールやCAMツール、実際のものづくりで活躍するCNCマシンと3Dプリンターまで、小規模ビジネスでも入手できる自動化技術が進化していけば、いっそう複雑な製品をいっそう小さな単位コストで製造できるようになる。つまり、これまでなら海外に取られていた仕事を受注し、国内の雇用を復活させられる。

自動化が進めば、工業化のプレッシャーに対して一番弱い、ルーチンワーク的な低価値の仕事を人間はあまりやらなくなる。そして代わりに、機械が人間ほど効果的、かつ低コストではこなせない活動の数々に時間を多く使うようになるだろう。すでに述べたとおり、わたしが大学時代にアルバイトをしたリンチバーグの小さな会社EDMは、他社製品に搭載する電子制御系の設計と、プリント回路基板の組み立てを行っていた。

働き始めて最初の夏、会社はコインランドリーの乾燥機に取りつける制御用回路基板を製造する仕事を受注した。電力を供給し、出入りする信号を制御するため、基板にはタブと呼ばれるコネクタを実際に手で取りつける必要があった。わたしの記憶が確かなら、基板は1000枚あって、1枚あたりに必要なタブの数は6個だったと思う。

わたしの仕事は、日がな1日、基板を手に取っては6個のタブと基板に6本のリベットを通し、プレス機を6回回してリベットを留めることだった。1日8時間、来る日も来る日も、指にたこができて腕が痛むまで作業した。学費の支払いが心配な大学の新入生としては、仕事があるのはうれしかった。しかしその一方で、この仕事が当時自動化されていれば、もしかしたら別のもっと価値ある仕事が見つかったかもしれない。

実際のところ、わたしはその時間を有効活用し、心がすり減る作業をこなしながらも、どうすればもっとスピードアップできるかを考えていた。人間の想像力や創意工夫、クリエイティビティーに限界はない。だから回路基板の組み立てのような単純作業が自動化されたなら、もっと人間向きの活動がきっと見つかる。わたしはそうした人間の力を信じている。

3つめの理解力アップについて、ここ数年のAI情勢で、わたしが何より驚いているのは、人間そのものや周囲の世界を理解するのにAIがうまく使われていることだ。近代の実験化学が前近代までと決定的に違うのは、実験から生まれる大量のデータで、そうしたデータの整理が、規模と回数の両面で壁になっている。

そうした膨大なデータの分類と、人間には見分けられないパターンの発見はAIの十八番だ。そのため近年の科学者は、深層学習のテクニックを最大限に有効活用している。天文学者はディープラーニングを使い、安定した軌道を持つ連星を探索しているという。そうした連星の軌道上には、居住可能な惑星が存在する可能性があるからだ。

素粒子物理学者はディープラーニングを使って新しい素粒子の発見を目指しているし、生物学者が試みている機械学習を使った免疫系データと病気のマッピングは、完成すれば薬の組成や病気の治療に大きな影響を及ぼす可能性を秘めている。環境活動家は機械学習を使って大量のデータを整理し、絶滅のおそれのある野生動物の追跡と保護を行っている。AIの性能は上がり、ツールも手に入りやすくなっているから、この傾向はまだ続くとみていいだろう。

マイクロソフトCTOが語る新AI時代
ケヴィン・スコット(Kevin Scott)
マイクロソフトのチーフテクノロジオフィサー(CTO)兼エグゼクティブバイスプレジデント。モバイル広告のAdMobでテクノロジー・チームの立ち上げを指揮し、業界で頭角を現す。AdMobが2010年に買収されたのを機にGoogleに移籍。GoogleやLinkedInで役員や技術職を歴任し、現職に至る。GoogleFounder’s AwardやIntel PhD Fellowship、ACM Recognition of Service Awardなど輝かしい受賞歴を誇る。また現在は、スタートアップ企業顧問、エンジェル投資家、非営利団体Behind the Techの創設者、Anita BorgInstituteの名誉理事などの顔も持つ。ヴァージニア州の田舎町出身で、妻と2人の子供とともにカリフォルニア州ロスガトス在住。

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