IT化が進まない不動産業界において、管理業務を効率化する『ITANDI BB』や仲介業務の来店率を最大化する『nomad cloud』などのサービスをローンチ。レガシーな業界のIT化をけん引するのがイタンジ株式会社だ。

業界の慣例を撃ち破り、挑戦を続けるイタンジの社長・野口真平氏に成長企業として最適な経営判断を下すための行動と、IT化が進まない不動産業界の問題や今後の展望について伺った。

運の要素を取り除き、ギャンブルではない経営をする

新進気鋭の不動産IT企業経営者に聞く「判断の材料は現場にある!」
(画像=イタンジ株式会社代表取締役 野口真平氏)

――不動産テックの先駆けとして急成長をしているイタンジですが、起点となっているのは2018年にGA TECHNOLGIES(ジーエーテクノロジーズ)グループとなった点でしょうか?

野口 2018年に創業者よりイタンジを引き継ぎ、経営戦略を立て直したことが、功を奏したのだと考えています。

――イタンジHPで社員数の推移を見ると、2019年から2020年にかけて、社員数がおよそ2倍の128人に増えていますね。戦略的なものがあったのでしょうか?

野口 社員が増えた2019年から2020年にかけて、BtoB事業が伸び始めました。ここで収益化の構図が見えたので、人的資源補強の投資をしています。

実は2014年から2015年に一度、社員が60名ほどになった時期があります。ですがすぐに、10名ほどにまでダウンサイズしました。

ベンチャー企業ではありがちかもしれませんが、当時は、ビジョンはあるものの、収益への道筋がハッキリ見えていないにも関わらず、事業を拡大したいという想いから社員を入れて会社を大きくし、その結果赤字が続いてしまったため、あと少しで資金ショートしてしまいそうな状況にまでなりました。

収益化の構図が明確でない増員は、ギャンブル的な要素がでてきてしまいます。「勘」でマーケットを見て、解像度の低い計画で増員をしたため、失敗をしたと考えています。経営は運や勘以外の要素でどれだけ埋めていくかだと当時の失敗で学びました。

――過去の失敗が、2019年から2020年の伸びに繋がっているのですね。

野口 経営者によっては「大きなマーケットがあるかもしれない」「10回に1回当たればいいや」と投資をしていくやり方もありますが、我々は10回に1回の投資を出来るほど、資金に恵まれた体質ではありません。計画の解像度を高め、運の要素を取り除くことが重要です。

市場を理解し、顧客の欲しいものをどれだけ知るか、それが難しいため、うまくいかないベンチャーがほとんどです。イタンジが顧客の望むプロダクトを提供できるようになったのは、失敗の積み重ねで市場の理解を深めることができたからです。

経営者の目で現場を見ないと、分からない事がある

――市場を理解する行動は、野口社長が現場で積み重ねてきたことそのものではないでしょうか?

野口 市場を理解し、顧客の欲しいものを知るためには、当事者の方と対話するだけでは分からないことが実際多いのです。一番手っ取り早いのは、部屋探しや不動産仲介業を体感して、自らが当事者になることです。

FacebookでもUberでも、顧客となって体感することでその良さやデメリットが一番わかる。ユーザーの本当の気持ちは、言語化されるとどうしても、削ぎ落された情報になってしまいます。

そう考えて、イタンジは2014年から、賃貸仲介業や管理業を始めて、イタンジのサービスを使用する当事者になりました。

自社サービスを利用し、不動産会社様がどのような課題を抱えているか、何を不便に感じているか、不動産会社様に聞くだけでは分からない、潜在的なニーズを把握することができるようになってきました。

百聞は一見に如かずですが「一見よりも体験」です。宅建業や賃貸管理業を持っているのも、実際の体験を感じ取れるからです。

――自身が実際に感じたペインを解決する事業を行っていらっしゃるということですね。ただ、社員が増えれば、社長自身と現場とのギャップが生まれるのではないかと思うのですがいかがですか?

野口 自分が現場に出ることを意識して行っています。毎日営業に出てお客様と話し、自分自身でサービスを使い、仲介業を体験しています。現場に出ることに関しては、ゆるぎない信念を持ってやっています。

スタッフの事を信用していない訳ではありません。高いリスペクトを持って、個々の判断も大切にしています。しかし同時に、経営者の最大の役割は適切な判断をすることだと考えています。適切な判断をするための情報と根拠は現場から遠のくと見誤る可能性が生じてしまうため、実際に不動産企業様にお会いして、現場の声を聞き判断をするように心がけています。

――野口社長は、過去の慣例は重要視されないのですね。過去や個人の成功事例を集めた、ビジネス書や自己啓発書を読むことはあるのでしょうか?

野口 経営者としての抽象論は「そんな考えもあるのか」程度で参考にはします。ただ、自分の判断に影響はありません。実際には様々なケースがあるので、参考にならないからです。成功を成した人の手法には、何かあるだろうなと思うくらいです。

それよりも歴史が重要だと思います。過去にどんな事が起きたのか、不動産や業界の歴史を知り、判断の材料にします。

「社長は椅子にどっしりと座って、スタッフからの報告に意見を言い、良い方向に導いていくもの」のような固定概念がありますが、私はそう思えなくて、「現場に行くこと」が、最終意思決定のために最も情報を得て判断できる方法だと考えています。

――野口社長は社長という肩書は付いているけれども、社長という意識はあまりないように感じます。

野口 無いです(笑)ただ、意思決定の序列に関しては、明確に意識しています。

責任の所在は明確でなければいけません。私が他のスタッフに比べ、優秀だということではなく、役割の問題として組織全体を見ている社長では、見えてくる情報を判断する基準が変わってくるということです。

会社全体を見て、全体最適の判断を下せるのは社長だけなので、最終意思決定は社長が行わなければいけないのです。

高い信頼関係の構築を目指す、スタッフとの関わり方

――社長自ら顧客に状況を確認されたりすると、社員の中には「信用されていないのかな」と勘違いされる方もいませんか?

野口 そういったケースもあります。そのため、「そうじゃないんだよ」と、信頼関係を構築するコミュニケーションを取ることは重要です。私が何を考えて、どのような背景を持って現場に入っているかを説明していれば、理解してくれます。

問題は、説明が現場に入った後になった時です。事後に説明しても納得はしてくれますが、なんとなく心にわだかまりを持ってしまいます。緊急の場合などはどうしても後回しにしてしまうのですが、極力事前に説明してからの行動を心がけています。

――社員との衝突もあるのでしょうか?

野口 社員が遠慮なく私に注意してくることもありますが、高い信頼関係を築けていれば、致命的な衝突にはなりませんので、避ける必要もありません。

ただその言葉がチームのための言葉か、自分のための言葉かは見極めています。チームのための言葉でなければ、会社は崩れていきます。

不動産業界の問題は、不動産会社が消費者を見ていないこと

――不動産業界のIT化の遅れは文化的な要因でしょうか?

野口 企業は消費者を見なければいけないと私は考えています。しかし、不動産会社は自分達の顧客が部屋を探す消費者ではなく、不動産オーナーと思っているのです。

不動産会社の営業は、部屋を探しに来た消費者の期待に応える体験を提供できなくても契約は取れます。お客様は、いい部屋なら「住みたい」と思うからです。そのため不動産会社はいい物件を提供してくれる不動産オーナーとの関係構築を優先することになります。

住まいはオンリーワンの商品なので、売り手(不動産会社)の方が強くなります。そのため、不動産会社は、不動産オーナーに合せて変化してきました。

――確かに、案内した営業がちょっと気に入らない態度でも、ステキな部屋なら住みたくなります。

野口 日本の不動産オーナーで一番多い年齢層は、70代~80代です。次いで50代~60代。それらのオーナーへSNSやITを使ったコミュニケーションは取りません。理解してもらうのにはどうしても時間や手間がかかってしまうからです。結果として、不動産業界のIT化が遅れている原因となっています。

全ての企業は、消費者、利用者に合わせてやり方を変えなければいけません。ですが不動産会社は、SNSやスマートフォンを使う消費者を見ていないので、そこに合わせる必要を感じていないのだと思います。

不動産業界全体が消費者を見ていれば、SNSやITを取り入れていたし、ITを取り入れない会社は淘汰されていたと思います。

――消費者を見なくてもいい不動産業界の体質は、変化するのでしょうか?

野口 変わると思います。変わらなければいけない要因が3点あります。

1つ目は規制緩和です。 宅建業法が改訂され、不動産会社の営業方法は、自由度が高まりました。例えば、これまで契約書は対面で説明し、書面の取り交わしを義務付けられていましたが、宅建業法の改定で紙の書面がなくても契約が可能になります。

2つ目は人口減少です。日本は今後50年で、生産人口年齢が半分にまで減少すると予測されています。これは先進国の中でも異例のスピードです。生産年齢と非生産年齢の比率が1:1まで落ち込むと、現在の効率が悪い部屋の案内方法では、追い付かなくなります。

消費者がスピーディーに部屋を探せて、スピーディーに契約できる仕組みに、変わらざるを得ないのです。

3つ目はコロナによるオンライン化です。 コロナ以前の不動産案内は、部屋の問い合わせをすると、なぜか店舗に呼ばれます。「お話しをしっかり聞いて、最適な物件を紹介したいから」とか、「物件を見せたいから」「契約の必要があるから」と、いろいろ理由をつけて店舗に来てもらいますが、それは必ずしも顧客ファーストではありません。

お客様は、インターネットで興味のある物件を自分でピックアップ出来るようになっています。でも不動産会社は、お客様を店舗に呼んで、いくつもの物件を案内しようとします。直接対面で複数物件を案内した方が、契約に至る可能性をあげやすいからです。

コロナになり「店舗に行く意味ってあるの?」と、疑問に思う消費者が急増しました。部屋の説明はオンラインでも聞けます。部屋の内見は、店舗ではなく現地待ち合わせで構いませんし、オンライン内見も人気です。不動産会社の営業方法は、変化を余儀なくされています。

今はまだ不動産会社のオフラインとオンラインの比率は7:3くらいですが、消費者がオフライン、オンラインどちらも体験し、オンラインの方が手数料も安く、契約までの時間もスピーディーだと分かれば、オンラインの不動産会社に流れていく消費者も多くいると思われます。

そうすると不動産オーナーは、任せる不動産会社によって、入居率や問い合わせ数に明確な差が出ることに気づきます。実績を出している、適切なデジタル化に対応している不動産会社に物件を任せるようになります。

そこで多くの不動産会社が、急いでオンラインに移行するようになります。そしてオンラインとオフラインの比率が5:5となった時に、変革が起きると考えています。

――それは、いつぐらいになると予測されていますか?

野口 2、3年後ですね。今年規制緩和が入り、電子契約が広まり、消費者の行動が変わるのがここ1、2年の間です。消費者行動が不動産オーナー、不動産会社に影響し、変革しだすのが2、3年と見ています。

引っ越しは頻繁にするものではないので、消費者が不動産会社の対応の悪さを体験する機会が少ないことも、業界の変革が滞っている要因ですが、Google MAPなどでお店の悪いレビューが載り、消費者が利用を控えるようになって、変革を後押ししています。

――私たち消費者にとって楽しみなことです。その変革に先駆けて始められているサービスが『OHEYAGO(オヘヤゴー)』ですね。

野口 『OHEYAGO』のレビューは5点満点中4.9と、高い評価をいただいています。消費者の求める体験を増やしていけば、自然と評価されますので、あとは利用者を増やしていくだけです。

――最後に、今悩みを抱えている経営者の方や、起業を目指す方に向けて一言

野口 失敗を続けていけば、情報は増えていきます。それが成功の礎ですので、トライを増やして欲しいと思います。答えは現場にあります。答えを自分で見つけに行くようにしてください

――ありがとうございました。

不動産業界のITイノベーションを進めるイタンジの野口社長は、温和な人柄でありながら、自ら先頭に立ち敵にぶつかっていく、猛将のような一面も持たれていた。

その視線は、常に不動産の消費者を向いており、市場が求めるプロダクトのために、社員と共に汗を流すことを厭わないリーダだ。ITテクノロジー化が生み出した、これから求められるリーダー像ではないだろうか。(提供:THE OWNER