風間 啓哉
風間 啓哉(かざま・けいや)
監査法人にて監査業務を経験後、上場会社オーナー及び富裕層向けのサービスを得意とする会計事務所にて、各種税務会計コンサル業務及びM&Aアドバイザリー業務等に従事。その後、事業会社㈱デジタルハーツ(現 ㈱デジタルハーツホールディングス:東証一部)へ参画。主に管理部門のマネジメント及び子会社マネジメントを中心に、ホールディングス化、M&Aなど幅広くグループ規模拡大に関与。同社取締役CFOを経て、会計事務所の本格的立ち上げに至る。公認会計士協会東京会中小企業支援対応委員、東京税理士会世田谷支部幹事、㈱デジタルハーツホールディングス監査役(非常勤)。

創業間もない成長著しい企業は「ベンチャー企業」といわれることが多く、日本語の中でもすっかり定着してきた感があるが、英語ではないということを知っている人は少ないのではないだろうか。世界的に通用する言葉としては、「スタートアップ」が一般的だ。このスタートアップ企業への投資を促進させるために、日本の税制上では優遇措置が用意されている。今回は、その税務上の優遇措置である「エンジェル税制」を取り上げてみたい。

エンジェル税制のフレームワーク

エンジェル税制の最大控除額は1000万円? ベンチャー投資での知られざる優遇措置
(画像=聖也田渕/stock.adobe.com)

エンジェル税制とは、スタートアップ企業への投資を促進するために、該当企業へ投資を行った個人投資家が、投資時点と売却時点で税制上の優遇を受けられる制度である。なお、他人から譲り受けた株式や、現物出資により取得した株式は対象外となるため、留意が必要だ。

税務上の優遇措置

エンジェル税制の適用を受けた場合、税務上の優遇措置は2種類ある。一つが、スタートアップ企業に投資した年度において、その株式投資金額から2,000円を差し引いた金額を、その年の総所得金額から控除することができる優遇措置Aだ。もう一つが優遇措置Bで、その株式投資金額の全額を、その年の他の株式譲渡益から控除するものである。投資した側が、優遇措置AまたはBを選択することができる。

また、スタートアップ企業の株式を売却し、損失が発生した年度においては、当該株式売却により発生した株式譲渡損失を、他の株式譲渡益と損益通算できるほか、その年度に通算しきれない損失については、翌年以降3年にわたって通算できる。なお、エンジェル税制の対象となる中小企業者は、税務上の他の優遇措置を受けることのできる中小法人とは異なり、次のように定義されていることに注意が必要だ。

業種資本金の額 従業員数
製造業、建設業、運輸業、その他の業種3億円以下または300人以下
卸売業1億円以下100人以下
サービス業5,000万円以下100人以下
小売業5,000万円以下50人以下
ゴム製品製造業3億円以下900人以下
ソフトウェア業、情報処理サービス業3億円以下300人以下
旅館業5,000万円以下200人以下

例えば、サービス業の場合、資本金の額が5,000万円以下または従業員数が100人以下の企業ならば、エンジェル税制の適用が受けられる可能性があるということになる。

投資時点に受けられる税務上の2つの優遇措置AまたはBとは

税務上の優遇措置AとBについて解説する。

・(1)優遇措置A

設立後3年未満で一定の要件を満たすスタートアップ企業に対し、投資を行った場合には、その年度の総所得金額から、「対象企業への投資額 - 2,000円」を控除することができる。なお、控除対象となる投資額の上限は、総所得金額の40%または1,000万円のいずれか小さい額となる。

・(2)優遇措置B

設立後10年未満で一定の要件を満たすスタートアップ企業等に対して投資を行った場合、その年の他の株式譲渡益から、対象企業への投資額全額を控除することができる。なお、控除対象となる投資額について上限の設定は設けられていない。

エンジェル税制を受けるための要件

エンジェル税制の優遇措置を受けるためには、個人投資家による資金の払込日時点で、ベンチャー企業要件と個人投資家要件をすべて満たす必要がある。以下でそれぞれ詳しく見ていくとしよう。

ベンチャー企業要件

投資した年の減税措置(優遇措置AまたはB)ごとに要件が異なる。売却した年の減税措置は、優遇措置A・Bの要件のいずれかを満たせば適用されることになる。

・1)優遇措置Aの投資年度適合要件

以下の表のいずれかに該当することが必要だ。

設立経過年数
(事業年度)
1年未満かつ最初の事業年度を未経過1年未満かつ
最初の事業年度を経過
1年以上~2年未満2年以上~3年未満3年以上~5年未満
要件研究者あるいは新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上。研究者あるいは新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上で、直前期までの営業CFが赤字。試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の5%超で直前期までの営業CFが赤字。新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上で、直前期までの営業CFが赤字。試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の5%超で直前期までの営業CFが赤字。売上高成長率が25%超で営業CFが赤字。試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の5%超で直前期までの営業CFが赤字。売上高成長率が25%超で営業CFが赤字。試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の5%超で直前期までの営業CFが赤字。

・2)優遇措置Bの投資年度適合要件

以下の表のいずれかに該当することが必須となる。

設立経過年数(事業年度)1年未満かつ最初の事業年度を未経過1年未満かつ
最初の事業年度を経過
1年以上~2年未満2年以上~5年未満5年以上~10 年未満
要件研究者あるいは新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上。研究者あるいは新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上。試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の3%超。新事業活動従事者が2人以上かつ常勤の役員・従業員の10%以上。試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の3%超。売上高成長率が25%超。試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の3%超。売上高成長率が25%超。試験研究費等(宣伝費、マーケティング費用を含む)が収入金額の5%超。

・3)優遇措置AとBに共通する要件

下記に示す優遇措置A・Bに共通する3点、3)-1~3と上記の1)を満たす場合には優遇措置Aが、以下の3点と上記の2)を満たす場合には優遇措置Bが適用される。

3)-1株主要件(優遇措置A・B共通)
外部(特定の株主グループ以外)からの投資を1/6以上取り入れている会社であること

3)-2規模要件(優遇措置A・B共通)
大規模法人(資本金1億円超等)及び当該大規模法人と特殊な関係(子会社等)にある法人(以下「大規模法人グループ」という)の所有に属さないこと

3)-3属性要件(優遇措置A・B共通)
未登録・未上場の株式会社で風俗営業等に該当する事業を行う会社でないこと

個人投資家要件

株の取得方法が、他者から譲り受けた株式や、現物出資により取得した株式は対象外となり、金銭の払込により、対象となる企業の株式を取得していることが、必須だ。また、投資先ベンチャー企業が同族会社である場合には、持株割合が大きいものから第3位までの株主グループの持株割合を順に加算し、その割合が初めて50%超になる時における株主グループに属していないこと、という条件も満たす必要がある。

※同族会社とは、その会社の3人以下の株主(およびその親族やその関係会社等)が、当該企業の株式または議決権を50%超保有している会社をいう。

エンジェル税制申請から確定申告までの手続き

エンジェル税制を申請するために、手続きがいくつか必要である。主な2つについて解説する。

投資を受ける企業が行う確認書の発行申請

スタートアップ企業は、経済産業局に対して、以下の書類を提出すると、エンジェル税制の対象であることを確認するための、経済産業大臣の確認書の交付を受けられる。

<主な必要書類>

  • 申請書
  • 定款
  • 登記事項証明書
  • 株主名簿
  • 給与台帳等
  • 投資契約書の写し
  • 税務申告書 等

なお、投資を受ける前に、スタートアップ企業側で、エンジェル税制の対象となるかどうかについて確認することができる「事前確認制度」も用意されている。この制度を利用して事前確認を受けると、経済産業省のWEBにおいて企業名が公表される。それにより、エンジェル税制の適用企業であることを投資家に対してPRすることができるため、さらなる投資を呼び込む効果が期待できる。

投資を受けた企業が個人投資家へ交付する書類

投資を受けた企業は、投資した個人投資家に対し、下記の書類を交付する。

<交付書類>

  • 経済産業大臣からの確認書
  • 投資した個人が減税対象要件を満たしていることの確認書
  • 株式移動状況明細書

上記の交付書類は、個人投資家の翌年の確定申告に必要であるため、投資を受けた企業は、確認を受けた場合に速やかに交付することを心掛ける必要がある。投資した個人投資家は、投資を受けた企業が交付した書類を利用して、投資を行った年度に対応する所得税の確定申告を行う。

エンジェル税制を利用しよう

個人が未上場企業に対し、投資を行うということは決して容易ではないはずだ。基本的に公表されていない企業情報をどのようにして入手するのか、入手できたとしてもどこまでの情報が信頼できるのかなど、事前に越えなくてはならないハードルが多数ある。それらをクリアしてようやく投資を行うことになるが、そこで初めて、エンジェル税制の優遇措置が適用できるか否か、判明するのでは投資家ファーストとはいえない。企業側があらかじめ、事前確認制度によりエンジェル税制の適用が受けられることを、個人投資家にアピールする姿勢も極めて重要であると思う。

未上場企業への投資がよくわからない個人投資家は、専門的に投資を行っている「投資事業有限責任組合」経由でエンジェル税制の適用を受けるという方法もある。国を挙げて用意しているスタートアップ企業投資に対する投資促進制度である「エンジェル税制」を利用し、投資をしてみてはいかがだろうか?(提供:THE OWNER

文・風間啓哉(公認会計士・税理士)