エンジンはこの先どうなるのか?脱炭素に向けて内燃機関の技術革新が進行中。日産理論と欧州の動きは
▲日産は2月に欧州で新型キャシュカイを発表 eパワーは新開発1.5リッター直3VCターボとモーターの組み合わせ

 いま、自動車は電動化へまっしぐらという印象を受ける。米国がパリ協定への復帰を表明し、中国と日本も「カーボンニュートラル」への動きを政府が宣言した。EU(欧州連合)では乗用車排出CO2(二酸化炭素)の規制が今年から95g/kmとなり、各メーカー平均がこの値をオーバーすると罰金を支払わなければならない。EUではBEV(バッテリー電気自動車)はCO2ゼロ換算、PHEV(プラグイン・ハイブリッド車)は電動走行距離に応じて大幅にCO2が割り引かれるため、各メーカーが次々とこれらの車種を販売し始めた。

エンジンはこの先どうなるのか?脱炭素に向けて内燃機関の技術革新が進行中。日産理論と欧州の動きは
▲VW・ID.3 バッテリーセルの生産にグリーン電力を利用 排出したCO2をゼロにするためにインドネシア・ボルネオ島のカティンガン・マタヤ森林保護気候プロジェクトに投資 こうした努力を積み上げてカーボンニュートラルを達成

 では、ICE(内燃機関)はどうなるのか。この点については日米欧の市場調査会社が予測を発表している。昨年秋時点の予測を平均すると、EUでの新車乗用車販売に占めるICE搭載車の比率は2030年時点で68〜75%程度だった。BEVは25〜30%、PHEVは7〜12%である。FCEV(燃料電池電気自動車)は2%以下の見通しだ。

 こうした予測は、EUの規制動向や各メーカーの商品投入予測、補助金の動向なども含めた結果であり、世の中がカーボンニュートラルで騒いでいるほどにはBEVの急増はない状況を示唆するものだ。その理由のひとつに、リチウムイオン電池(以下LiB)の製造にかかわる資源問題とエネルギー問題がある。

 LiBは大量のリチウムを必要とし、電池製造段階では水に浸した状態のリチウムを乾燥させる工程が必須であり、ここで大量の電力を使う。

 再生可能エネルギーでこの電力を供給できれば電池製造での環境負荷は小さくなるが、現状では小型BEVを1台生産するときのCO2排出は、同じサイズのガソリン車1台を製造する場合に比べて「3割ほどCO2排出が増える」といわれる。

 もうひとつは、高性能LiBの極材に使われるコバルトや電動モーターの磁石に使われるディスプロシウムなど希少金属の資源問題だ。希少金属類は一部の国に資源が偏在しているほか、児童労働による採掘といった問題がある。かといって、いわゆるグリーントレードの基準を厳守すると資源が入手できない。このままBEVとPHEVの生産台数が増え続けると、現在のLiB年間生産量の2倍以上が必要になる。

エンジンはこの先どうなるのか?脱炭素に向けて内燃機関の技術革新が進行中。日産理論と欧州の動きは
▲福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)は再生可能エネルギーを利用した水素製造施設 画像提供:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)

 こうした事情から2040年くらいまではICEが一定数生産される見通しである。同時に、2030年代には大気中の二酸化炭素と再生可能エネルギーを使って人工的にガソリン・軽油と同じ成分の燃料、e-フューエルの量産が軌道に乗るともいわれている。また、余分なCO2を排出しないで精製できる「グリーン水素」への投資が活発化している。日本では福島県に世界最大規模の実証プラント(福島水素エネルギー研究フィールド、FH2R)が完成した。

 では、2020年代に必要なICEはどのようなものになるのか。これは自動車メーカーごとのパワートレーン整備計画によって異なるが、電動モーターと組み合わせる前提でHEV用に特化したICEと、48V(ボルト)電源を使うマイルドHEVに使用でき、同時に単独使用も可能なエンジンという2つの流れがある。

エンジンはこの先どうなるのか?脱炭素に向けて内燃機関の技術革新が進行中。日産理論と欧州の動きは
▲日産が開発中の次世代e-POWERエンジン 熱効率50%を追求して開発が進行中

 前者の典型的な例は、日産が2月に発表した次世代e-POWER用のICEだ。シリーズHEVに使う発電専用ICEであり、エンジンを「最も熱効率の高い回転域」だけで使う。現在でもe-POWER用エンジンは良好な燃費だが、次世代型は理論空燃比よりも空気が多い状態での燃焼を目指す。

 これを実現するためにシリンダー内の混合気に強力な「流動」を作り、同時に点火システムを改良。EGR(排ガス再循環)を大量に使う場合で熱効率43%、空気を過剰に供給する希薄燃焼の場合で46%の熱効率を量産タイプの多気筒ICEで実証したという。これに廃熱回収技術を組み合わせて熱効率50%を市販ICEで狙う。

 欧州でもHEV用に特化したICEの開発が進んでいる。ドイツ勢は、低回転域と高回転域を電動モーターに任せ、ICEの運転領域を狭くする技術で可変バルブタイミング装置のようなデバイスを搭載しなくても熱効率の高い領域で運転できるICEが今後2〜3年で登場しそうだ。すでにルノーは、日産のHR-16型エンジンを使ったHEVを開発しており、市販車への搭載は「いつでも始められる」状態にある。

 FCA(フィアット・クライスラー・オートモビルズ)と合併してステランティスとなった旧グループPSAは、ベルギーのパンチ・パワートレーンと共同で小排気量ICEに電動モーターを内蔵したDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)を組み合わせたHEVパワートレーンの開発を行っている。発売時期は明らかにしていないが、2023年には市販される可能性が高い。ダイムラーの筆頭株主、中国・吉利ホールディングスは、小型商用車向けHEV用ICEの共同開発をダイムラーと進めている。

 日本勢はもともとHEV用ICEの実績はあるが、トヨタとホンダは実用域で熱効率50%を目指している。マツダはプラグ点火を使う予混合圧縮着火方式であるSPCCIをマイルドHEVと組み合わせているが、次のターゲットはPHEVになるようだ。

 ICEと電動モーターが「互いの欠点を補い合う」という方向が2020年代半ばの主力になるものと思われる。つまり、すべてがBEVになるわけではなくICEと適材適所でCO2排出の削減を狙う方向が2020年代のパワートレーン展開になるという。

Writer:牧野茂雄

(提供:CAR and DRIVER