近年日本でも、各企業が活発な取り組みを見せるSDGsに対し、音楽配信事業の老舗であり、店舗総合支援サービスも展開するUSEN-NEXT GROUPの株式会社 USENが音楽を使用したSDGsへの取り組みを発表した。

しかし、具体的な数字目標でゴールを設定しているSDGsに、形や数字化が難しい音楽をどのように活用して目標達成に挑むのだろうか。

今回は株式会社 USEN 山下光儀執行役員にお話を伺った。

USENのSDGsに対する取り組み

新しい日本文化の創造と発信老舗企業が挑む音楽とSDGsの融合
(画像=株式会社USEN 山下光儀執行役員)

――近年日本企業の取り組みも活発になってきたSDGsですが、USENがSDGsに取り組むこととなったきっかけを教えてください。

山下 USENは以前から、音楽を活用した社会福祉活動を積極的に行っていました。

たとえば、視覚障害者支援専用ラジオ番組『JBS日本福祉放送』や、点字による番組表のご案内、東日本大震災や新型コロナ感染症支援として、被災地の店舗や学校へチューナーや番組の無償提供を行っています。

創業以来、地域に根ざした営業活動の土台があったので、それらをSDGsに当てはめて、精度と発信力を高めた活動にしていると表現した方が、正しいかもしれません。

ただの制度として取り組むのではなく、長年音楽に携わってきたUSENだからこそできる、音楽を使った活動を提唱したいと考えています。

SDGsと音楽は関連性を持つことができるのでしょうか?

――貧困、人権、環境がテーマで、数字の目標があるSDGsと、数字化出来ない感性の領域にある音楽では親和性が低く、関連を持たせることが難しいように感じます。

山下 一般的には、貧困や人権、環境等の大きな課題を音楽だけで解決するのは思います。

しかし、USENでは「音楽では問題解決に繋がらない」と決めつけず、2012年に店舗で流すBGMについて研究と考察を重ね、USENだからこそできることを考えました。

そうしてUSENは、SDGsの、

 項目3「全ての人に健康と福祉を」
 項目5「ジェンダー平等の実現」
 項目8「生きがいと経済成長」

の3点に取り組むプログラムとして、『健康BGM』チャンネルを作ることになりました。

――どのようなチャンネルで、どのようにSDGsと関連するのか、項目ごとに教えてください。

項目3「全ての人に健康と福祉を」健康と音楽の関連性

山下 項目3は健康に着目し、免疫を上げる予防医学の発想を取り入れました。

多くのストレスに満ちた現代社会では、自律神経の中でも心身の機能を活発化させる交感神経が過剰に反応します。交感神経が過敏に反応すると、粘膜面から粘液の分泌が少なくなり、免疫力が低下し、ウイルスなどの病原体から体を守れず病気に罹ります。

埼玉医科大学短期大学の和合治久名誉教授が「副交感神経を刺激する音の要素」を研究されています。この研究は副交感神経の働きを高めて、交感神経の過剰な反応を抑制するのにあたり、音がどのような役割を果たすかをまとめた研究です。

和合治久名誉教授に監修していただき、どんな音楽だと免疫機能が上がるのか、さまざまな実験を行いました。そして出来上がったのが、2021年1月にリリースした健康BGMチャンネル第1弾『免疫力を高める音楽』です。

実験の結果はUSENが運営する『音空間デザインラボ』
https://usen.com/portal/otodesign/
で一般公開しています。

項目5「ジェンダー平等の実現」と音楽の関連性

山下 項目5はジェンダー平等です。ここでは体調により働く女性のパフォーマンスを落とさないようにするためにはどうしたらいいかと考えました。

女性はPMS(月経前症候群)の影響で、女性特有の悩みとしてパフォーマンスを落としてしまうことがあると耳にすることもあったので、PMSを緩和する音楽があれば、「女性の社会進出を後押しして、女性たちの応援歌になるのではないか」と考え、PMSを緩和する音楽の作成に取り組んでいます。

2021年の春には『健康BGM』チャンネルと称して配信を開始しましたので、『音空間デザインラボ』で研究や実験の結果を公表できると思います。

女性の管理職を増やすことや、賃金を上げるといった行動ではないので、ジェンダー平等に直接関わっていないと思われるかもしれませんが、パフォーマンスの不安定さを懸念しチャンスを自ら逃してしまっている方がもしいらっしゃったとするのであれば、そういった方々が大いにチャレンジできる機会がつくれるかもしれません。そのような視点で考えますと、

PMSを緩和する音楽は、間接的にジェンダー平等に貢献すると考えています。

項目8「生きがいと経済成長」と音楽の関連性

山下 多くの人が生き生きと過ごせたら、それはすなわち経済成長につながると思います。では生き生きとするためには、どのような条件が必要だと思いますか?

オフィスワーカーであれば、居心地のいいオフィスで仕事ができることでしょうか?

居心地の良さをリラックスできることだと単純に結び付けても、それだけで「生き生きしている」とはいえないように思います。「生き生きしている」にはもっと色々な要素が必要です。

たとえば、仕事はクリエイティブな要素が沢山ありますので、閃きを促すようなことができれば、「生き生きしている」につながるかもしれません。

また、オフィスでは問題解決のために、上司や同僚、部下とコミュニケーションを取る必要もあります。このコミュニケーションも音楽が助けてくれたら、「生き生きしている」ことにつながりそうです。

実は、リラックスや閃き、コミュニケーションを促す音楽についての研究と実験を、USENでは2013年ごろから行い『音空間デザインラボ』で公表しています。これまでの知見を基に「生き生きと過ごせる」音楽を考えていきたいと思います。

「生きがいと経済成長」については、多くの企業が働き方改革と絡めて取り組まれていますが、どれだけノー残業デーやプレミアムフライデーといった制度を作っても、それを使えない雰囲気では意味がありません。制度を作っただけでは、人の動きは変わりにくいと思います。

たとえば水曜日をノー残業デーとしたら、終業時間の前にノー残業を知らせるアナウンスや帰宅を促す音楽があってもいいのではないでしょうか。そんなオフィスに適している音楽配信(BGM)やコメント放送を特別に編成したサービスが『Sound Design for OFFICE(サウンド デザイン フォー オフィス)』です。
https://sound-design.usen.com/

音楽だからこそ、国境を越えた取り組みになる

――SDGsの理念は、国境を超えた取り組みにあると思いますが、音楽による取り組みに限定すると、国境を超えた取り組みに展開できないのではないでしょうか?

山下 音楽だけで目に見えるといいますか数字を伴うSDGsの成果というと難しいかもしれませんが、音楽の意義を見つめなおし、これまでの顧客基盤で音楽以外にもソリューションを展開しているUSENは、音楽以外の項目で目に見える成果をお出しすることもありえると思います。

一方で、「音楽だからこそ、国境を越えることができる」とも考えています。

日本はクールジャパン戦略を掲げて、日本の伝統文化や芸能、食、サブカルまで、あらゆるものを世界に発信しています。本当に日本の文化は、世界に誇れる文化だと私も思います。

ただ、古典芸能の中には、エッジが効きすぎて中々上手く伝わらないものがあります。

たとえば「琴」です。琴は日本の伝統的和楽器ですが、三味線や和太鼓に比べると、琴の古典楽曲はエッジが効きすぎて、店舗などのBGMにはあまり向きません。

実際に、三味線や和太鼓の音は、ゲームセンターにある「太鼓でドン!」のように街中で聞こえてくることもありますが、琴の音色を聞くのは年末年始くらいではないでしょうか。

そこでUSENでは、琴をメインとした和食店等で流しやすいオリジナル楽曲を作成し『お琴BGM』としてチャンネル化しています。作成したBGMはそのまま海外でも使えますので、海外の人たちに琴を知ってもらうツールになります。

この活動がSDGsの「生きがいと経済成長」あたりに該当するのか、該当した場合、数字で示せるかと言われると、それは難しいのですが、日本の伝統的和楽器の琴を海外の人に知ってもらうことで、琴を中心とした新たな経済活動が生まれる可能性も、あるのではないでしょうか。

同じような取り組みで、『和風ジャズ』というチャンネルも発信しています。三味線、琴、笛、太鼓などの和楽器と、ジャズのエッセンスを取り入れた和風BGMチャンネルです。

『健康BGM』は、音楽にエビデンスを掛け合わせてSDGsに適応させましたが、『琴BGM』や『和風ジャズ』は、音楽のエモーショナルさに訴える活動です。アフリカのどこかの国で『和風ジャズ』が流れていたり、演奏されていたら、ワクワクしませんか?

音楽が本来持っている芸術性、エモーショナル性は、国境を越えた活動になると考えています。

音楽を使ったSDGsとの関わり方は、一見離れているように見えます。しかし、USENに限らず、企業がきちんと社会的責任と向き合っていれば、SDGsという枠組みがなくても、自ずとSDGsに関連してくるはずです。無理にSDGsと関連づけたりする必要はないのかもしれませんね。

音楽はこれから、どのように私たちの生活と関わってくるのか?

――音楽はぜいたく品なのでしょうか、それとも必需品なのでしょうか?

山下 音楽を文化芸術の側面で捉えたら、嗜好品・ぜいたく品になるかもしれません。絵画や彫刻のように、存在しなくても生きていくことはできます。

しかし、実際には音のない世界は無く、世の中は色々な音に溢れています。空気や水のように、いつの間にか自分のそばにいるものです。場所や時代によっては、声や言葉では無く、音楽で意志の伝達をしたり、哀しみを訴えたりしてきました。

そう考えると、もはや音楽は、生活必需品といえるのではないでしょうか。

ヨーロッパでは、駅や路上でバイオリンを弾いている人がいたり、芸術的で、嗜好品・ぜいたく品としての音楽が身近にありますが、私はそれ以上に、日本ほど音楽が手軽で身近な国はないと感じています。渋谷の商店街でも音楽が流れていますし、まるで空気や水のように、日本ではどこのお店に入っても音楽が身近にありますよね。

これほど音楽を必需品としている国は、そうそう無いと思います。音楽の身近さは日本の文化です。その身近な音楽が、心や体の健康を助けるものになれば、世界に誇るべき、日本の新しい文化になるでしょう。

社会的責任と真摯に向き合うUSEN

USENの音楽を介したSDGsへの取り組みは、単にその枠組みや目標にとらわれることなく、社会課題に立ち向かう企業の力強さを感じさせた。

そして日本文化の語り部としての音楽と、身近な新しい文化としての音楽、二つの可能性を示した稀有な取り組みではないだろうか。(提供:THE OWNER