本記事は、ウィリアム フォン・ヒッペル(著)氏、濱野大道(訳)の著書『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

衣服を発明したタイミングを知る方法とは?

衣服
(画像=PIXTA)

アタマジラミ、ケジラミ、コロモジラミという3種のシラミが寄生するという事実は、人間だけに与えられた喜びだ。不快な小さな寄生虫に、人間がなぜ住処(と餌)を与えるようになったのか?わたしがこの複雑な物語に興味を持ちはじめたのは、子どもたちが保育園からアタマジラミを家に持ち帰ってきたときだった。アタマジラミの祖先は、およそ2500万年前に霊長類に寄生するようになった。類人猿と旧世界ザル(アフリカとアジアのサル類)が別々の道を歩みはじめたのとほぼ同じころだ。

6〜700万年前に人間の直系の祖先がチンパンジーの祖先と枝分かれしたとき、彼らはまだ毛むくじゃらだったため、一緒についてきたシラミは身体の好きなところを自由に這いまわることができた。古代のヒトジラミは当時の人類を悩ませた唯一の種で、数百万年後、ゴリラから移り住んできたと考えられる新種のシラミが人類に寄生するようになった。そんな状況になった理由はよくわからない。でもわたしとしては、祖先たちがゴリラのすぐ近所に住み、寒さをしのぐためにときどき同じ寝床で寝ていたのだと考えておこうと思う。真相はどうあれ、およそ300万年前、ふたつの異なる種のシラミが人類に寄生するようになった。

人類が進化の道を歩みつづけるにつれ、濃い体毛(とゴリラとつき合う習慣)は徐々に失われていった。2種のシラミは毛のなかに卵を産んで生き残ってきたため、新たなつるつる状態は双方にとって大きな問題になった。結果として、どちらのシラミも専門家になることを余儀なくされた。もっとも古くから人類と行動をともにしてきたシラミは、身体の最北部に逃げ込んで頭の専門家になった。一方、ゴリラから寄生したシラミは赤道付近に移り住んで股間の専門家になった。

2種のシラミによるこの緊張緩和は100万年あまり続いた。およそ7万年前になってやっと、頭のシラミから派生した3種類目のシラミが登場することになる。新シラミは人間の身体で生きられるように進化していったが、旧シラミと同じように、毛のない肌に卵を産むことはできなかった。つるつるの肌に卵を産んでも、地面に落ちて死んでしまった。むしろ、新シラミが卵を産むために必要としたのは衣服だった。つまり、このようなシラミ全般の進化を見ることによって、人類が少なくとも7万年前から衣服を着るようになったと推察できるというわけだ。

しかし、なぜ人類はわざわざ衣服を着ることにしたのか?どうしてそのタイミングで?じつに微妙な問題だ。その時点でわれわれの祖先は、すでに100万年以上つるつる状態であり、大多数はアフリカの暖かい気候のなかで暮らしていた。しかし、全員ではない。あとの章で見ていくように、コロモジラミが出現するすぐまえ、ホモ・サピエンスはアフリカから別の場所に移動しはじめた。

もしかすると、より寒い気候へ移り住んだことが衣服の発明につながったのかもしれない。あるいは、衣服はもっと早い段階で発明され、寒さだけでなく太陽の熱から身体を護るために使われていたのかもしれない。はたまた、ただ着飾ることが目的だったとしてもおかしくはないし、他者と自分を区別するために衣服を用いていた可能性もある。理由がなんであれ、その時点からずっと、人類の祖先の少なくとも一部はほとんどの時間を衣服を着て過ごしていたことはまちがいない。さもなければ、コロモジラミは死んでしまっていたはずだ。

コロモジラミの進化の物語は、人類が衣服を発明した時期について強力な証拠を与えてくれる。しかし、ここまで詳細な時系列がわかるのはなぜか?それに、ケジラミが300万年前にゴリラの祖先から人類に寄生したという証拠は?これらの疑問の答えを追い求めた研究者たちは「分子時計」を使って、DNAの突然変異率をもとに進化の流れを突き止めようとした。

いったん種が分岐すると、ふたつのDNAでランダムに突然変異が起こりはじめる。こういった突然変異はもはやふたつの種のあいだで共有されることはなく、それぞれに固有のDNAが形成される。特定のDNA鎖では突然変異が一定の割合で起きることがわかっているため、両種によって共有されるDNA鎖上の突然変異の差を比べれば、2種がいつ別々の道を進むことになったのかを推定できる。

たとえば、ある種の特定のDNA鎖において、平均で20世代に一度の割合で突然変異が起きていたとする。さらに、以前に関連していたふたつの種において、このDNA上でそれぞれ平均50回の異なる突然変異が起きていたことがわかったとする。この場合、ふたつの種はおよそ1000世代ほどまえに分かれたと断定することができる。このように過去にさかのぼって逆算していくと、ふたつの子孫の種に遺伝子的にいちばん近い親の種にやがてたどり着くことになる。

コロモジラミとアタマジラミ(この2種は近縁の関係にあるが、ケジラミとつながりはない)のDNAの突然変異の数を調べると、われわれの先祖が少なくとも7万年前には裸で走りまわるのをやめていたとほぼ結論づけることができる。同じ手順を用いると、ケジラミがおよそ300万年前にゴリラジラミから分岐したという強力な証拠を手にすることができる。

われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略
ウィリアム フォン・ヒッペル(William von Hippel)
アラスカで育ち、イェール大学で学士号、ミシガン大学で博士号を取得。その後オハイオ州立大学で十数年間教鞭をとったのち、オーストラリアのクイーンズランド大学で心理学の教授を務める。妻と2人の子供とオーストラリアのブリスベンに在住。
濱野大道(ハマノ・ヒロミチ)
翻訳家。ロンドン大学・東洋アフリカ学院(SOAS)タイ語および韓国語学科卒業。同大学院タイ文学専攻修了。

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