本記事は、ウィリアム フォン・ヒッペル(著)氏、濱野大道(訳)の著書『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

わたしたちをヒトにした社会的跳躍

サバンナ
(画像=PIXTA)

わたしたちの祖先は、サバンナでの生活で数々の障壁に立ち向かうための社会的解決策を見つけた。偶然の流れではあったものの、そのときから一連の出来事が動きだし、のちにヒトの誕生へとつながった。これが、熱帯雨林からサバンナへの人類の移動をわたしが“社会的跳躍”と呼ぶ理由だ。「森林から草原への跳躍」というのは、言うまでもなく比喩的な表現でしかない(実際には跳躍よりも追放に近かった)。しかし社会的な解決策へのこの跳躍によって、人間は大きな捕食動物による支配から逃れ、より複雑な社会的戦略のための土台を作ることができるようになった。

草原での生活のなかで祖先たちが別の解決策を選んでいたら?たとえば、より効果的に穴を開けたり、隠れたり、走ったりできるようになっていたら?その場合はおそらく、わたしはいまこの本を書いてはいないだろうし、あなたもこの本を読んでいないはずだ。先祖による選択の多くは、まったくのランダムなものだった。同時にそれらの選択は、先祖たちに与えられた機会に大きく左右されるものでもあった。

熱帯雨林の生息地が失われたとき、そこで人類の歴史が終わってもおかしくなかった。この熱帯雨林消滅シナリオを何度か繰り返したとしたら、十中八九、わたしたちの先祖は臆病なヒヒのような動物となり、近くにある木から眼を離すことなくライオンの登場をつねに恐れて生活していたにちがいない。つまり食物連鎖の頂点へと上りつめるのではなく、絶滅したり日陰の存在となったりする可能性のほうがずっと高かったのだ。しかし祖先の一部は幸運にも絶滅の危機への解決策を見つけ、現在のわたしたちはその“回復力”の恩恵の受益者となることができた。

草原から現在のインターネット社会への移り変わりはひどく残酷で、恐ろしいほど非効率的なものだったが、それこそが進化そのものの性質だといっていい。地球はつねに変化しつづけており、適応できなければ生命は絶える。たしかに、6600万年前に大型の小惑星が地球に衝突していなかったら、おそらく人類が進化することはなかった。

メキシコ湾にぶつかり、地球規模の火事嵐と気候変動を引き起こした気まぐれな宇宙ゴミによって、それまで1億年以上にわたって地球を支配してきた巨大な捕食動物たちはすべて絶滅した。祖先たちは、石を投げることでライオンや剣歯虎を追い払えた。しかし、たとえ大勢で集まってうまく協力し合えたとしても、ティラノサウルスにとって祖先たちはただの甘いお菓子でしかなかった。人類の社会的跳躍は鮮やかで先見の明に満ちたものに見えた。しかし同時にそれは、人類に偶然有利に働いた一連の長い出来事に大きく依存したものでもあった。

なによりも重要なのは、この社会的跳躍が、わたしたち人類にかかる進化的圧力をも変えたということだ。新しい生活とともに訪れた危険と機会にうまく対応するために、人類は次の数百万年をかけて精神的な性質を大いに変え、認知能力をさらに広げていった。

われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略
ウィリアム フォン・ヒッペル(William von Hippel)
アラスカで育ち、イェール大学で学士号、ミシガン大学で博士号を取得。その後オハイオ州立大学で十数年間教鞭をとったのち、オーストラリアのクイーンズランド大学で心理学の教授を務める。妻と2人の子供とオーストラリアのブリスベンに在住。
濱野大道(ハマノ・ヒロミチ)
翻訳家。ロンドン大学・東洋アフリカ学院(SOAS)タイ語および韓国語学科卒業。同大学院タイ文学専攻修了。

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