本記事は、ウィリアム フォン・ヒッペル(著)氏、濱野大道(訳)の著書『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

エデンからの追放

草原
(画像=PIXTA)

あなたとわたしはチンパンジーのような生き物の子孫であり、その生き物は6〜700万年前に熱帯雨林を離れてサバンナに移り住んだ。熱帯雨林の木々の天蓋の下では、祖先たちをうまく捕まえられる捕食者はほとんど存在しなかった。だとすれば、森を離れるという先祖の決断は奇妙なもののようにも思える。本来の活動領域である木々に棲むチンパンジーは、動きがきわめて素早く獰猛だ。

そのため、木登りの天才であるヒョウのような動物でさえチンパンジーを攻撃しようとはしない。しかしながら、地面に降りたチンパンジーを捕まえるのはいとも簡単なことだ。二本足になるとどこか不恰好で、四足歩行でも動きは比較的遅い。その身体は小さく、かつて東アフリカを闊歩していたライオン、ヒョウ、剣歯虎のようなネコ科の大型食肉獣にとっては恰好の餌食となる。

では、なぜ森を離れたのか?われわれの先祖が森での生活の安全と大いなる豊かさを捨て、地面の上でののろのろとした不器用な存在になることを余儀なくされた理由は?この問いについては活発な科学的議論が交わされてきたが、なかでも広く支持されている理論が「サバンナ仮説」の最新版だ。この仮説は、1925年に人類学者レイモンド・ダートが「アウストラロピテクス・アフリカヌス」(南アフリカの猿人)の発見について発表したときに提唱されたものだった。

熱帯雨林での生活はあまりにお気楽なものだったため、そこで人類が大きく進化した可能性は低いとダートは指摘した。「人間が誕生するためには、それまでとは異なる訓練をとおして理性を磨き、より高い知性の発露を活発化させる必要があった。つまり、迅速さと隠密さのあいだの競争がいっそう激しくなる、より拓けた草原が必要だった。それは、機敏な思考や行動が種の保全に対して圧倒的な役割を果たす土地だった」

人間がサバンナで進化したという点について、ダートの主張は正しかった。しかし1925年の段階では、サバンナ行きを余儀なくされた理由まで解き明かすことはできなかった。現在では、東アフリカ地溝帯に沿った地殻活動の影響を受けて、チンパンジーのような先祖から人間が分岐したと考えるのが一般的になった。大陸や海底を作り上げる陸塊を含めたすべての地球の表面は地殻構造プレートの上に置かれ、これらのプレートは下にあるマントルに浮かんでいる。マントルは粘性の液体として火山から流れでることがある一方で、きわめて強い圧力を受ける地殻の下では、柔軟性のある舗装タールのような状態で存在する。

地核から発する熱はマントル内に(きわめて遅いものの)強い流れを作りだし、この流れとともにプレートも移動する。ときに、プレートは非常にゆっくりと互いに衝突し合う。インド亜大陸がユーラシア大陸にぶつかったのが一例で、副産物としてヒマラヤ山脈が生まれた(現在でも毎年数センチずつ上昇しつづけている)。ときに、プレートが裂けて互いに離れることもある。アフリカでは北の紅海から南のモザンビーク沖にかけて、大陸の東側が残りの部分からファスナーを開けるようにゆっくりと裂けている。

この地理的ファスナーに沿った地殻活動が東アフリカ地溝帯を作りだし、エチオピア、ケニア、タンザニアにまたがる広大な土地を、突発的かつゆっくりと標高の高い高原へと押し上げていった。これらの地勢の変化は局所的な気候変動へとつながり、地溝帯の東側の熱帯雨林は徐々に乾燥し、サバンナへと変わった。つまり、森を離れたのは人類のほうではなく、森がわたしたちから離れていったということになる。

わたしたちのチンパンジーのような先祖は、森では見事な才能を発揮したが、地面の上での動きはいまいちパッとしなかった。熱帯雨林がサバンナに変わるにつれ、先祖たちは生き延びるために新たな方法を見つけださなくてはいけなくなった。それまで食べ慣れていた果物、ベリー、芽は、木々がなくなるのと同時に減っていった。

狩りによって肉を得る機会も、地上での遅い動きのせいで大きく減った。さらに運の悪いことに、草原には巨大な捕食動物がうろついていた。では、食べ物の消滅と危険な捕食動物の登場という二重苦に、先祖はどのように対応したのだろう?言うまでもなく、多くの先祖候補たちはそのまま死んでいった。しかし一部はそのまま繁栄を続け、彼らの物語がわたしたち人間の物語となった。

われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略
ウィリアム フォン・ヒッペル(William von Hippel)
アラスカで育ち、イェール大学で学士号、ミシガン大学で博士号を取得。その後オハイオ州立大学で十数年間教鞭をとったのち、オーストラリアのクイーンズランド大学で心理学の教授を務める。妻と2人の子供とオーストラリアのブリスベンに在住。
濱野大道(ハマノ・ヒロミチ)
翻訳家。ロンドン大学・東洋アフリカ学院(SOAS)タイ語および韓国語学科卒業。同大学院タイ文学専攻修了。

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