本記事は、ウィリアム フォン・ヒッペル(著)氏、濱野大道(訳)の著書『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の中から一部を抜粋・編集しています

ライオンに石を投げつける

草原,ライオン
(画像=PIXTA)

強く、凶暴で、動きの機敏な動物に襲われ、逃げることも素手で倒すこともできそうになかったら、あなたはどうするだろう?わたしの場合、たいして迷うことなくこの問いに答えることができる。わたしが生まれ育ったのは、ペットの放し飼い禁止条例に無関心な住人が多い地域だった。友人たちと遊んでいるときに、同じ通りで飼われていたシェパードやドーベルマンに追いかけられることなどしょっちゅうだった。わたしはガリガリに痩せた子どもだったし、大型犬を眼にするといまでも怯えてしまう。それでも7歳か8歳になるころまでに、石を投げつけるという作戦によって首尾よく自分を護ることができるようになった。

とくに、きょうだいや友人と一緒にいるときであれば、屈んで石を拾うだけで事足りた。こちらに突進していた犬たちは、石を拾おうとするわたしたちの姿を見ただけで、突然うしろに逃げていった。ひとりのときにはすぐに石を投げることができなかったため、近くのフェンスや木の上に逃げるしかなかった。しかし、ひとりでも別の人がそばにいれば、その場にとどまって自分たちを護ることができた。

これらの経験は、わたしたちの祖先がサバンナで捕食動物の脅威にどう対応していたかについてヒントを与えてくれる。彼らは石を投げていたのではないか?集団でたくさんの石を投げることができれば、とりわけ効果的だったはずだ。祖先たちがほんとうにそんな行動をとっていたのか、時間をさかのぼって確かめることはできない。しかし、現代人と当時の人類の身体の差を比べると、この戦略が妥当なものだったのかどうか見当をつけることができる。さて、歴史的な証拠はどんなことを指し示しているのだろう?

たしかに時代ごとの化石記録に見られるたくさんの変化は、石投げ仮説を裏づけるものだった。これらの変化の形跡の多くは、少なくともアウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の一部の化石に残っている。アウストラロピテクス・アファレンシスとは、およそ350万年前に東アフリカを歩きまわっていた猿人で、レイモンド・ダートが発見したアウストラロピテクス・アフリカヌスより以前から存在していた(そのうちのひとつの化石人骨には“ルーシー”という名前がつけられた)。

脳の大きさから判断するに、ルーシーの知性はチンパンジーとさほど変わらなかったようだ。しかし彼女は、ただ物陰に隠れて見つからないことを望むだけでなく、捕食動物に対処する新たな方法を見つけだした。チンパンジーと比べると、ルーシーの手と手首は可動域がより広く、上腕の柔軟性が高く、肩が水平に近く、股関節と下部胸郭のあいだの空間が大きかった。こういったさまざまな変化は、ルーシーが二足歩行(直立歩行)していたという事実──彼女の祖先がサバンナで身につけてきた習慣──によってもたらされたものである可能性が高い。この新しい特性はまた、モノを投げることにも非常に効果的だった。

砂浜で人々がボールを投げ合う姿を見ていると、投げるという動きがおもに片腕と肩の筋肉を利用したもののようにも思えてくる。しかしながら、力強く正確に投げる技術を身につけたければ、野球選手、アメフトのクォーターバック、あるいは狩猟採集民の動きを観察する必要がある。経験豊かな投げ手にとって、腕や肩は全体の方程式のほんの小さな一部にすぎない。力強い投擲は、反対側の脚(右利きであれば左脚)を前に踏み込むことから始まる。次に腰を回転させながら前進し、胴体から肩の順に身体をまわし、最後に肘と手首の動きへとつなげる。

これらの連続的な動きが利用しているのは、身体の前方移動と回転が組み合わさった力が、腕と肩の靱帯、腱、筋肉を引き伸ばすという事実だ。その動きによって投擲のいちばん最後には、輪ゴムがはじかれるように腕が前方へと加速して動いていく。チンパンジーは人間より力こそ強いものの、モノを投げるときにこのような弾性エネルギーを生みだすことはできない。

関節には充分な柔軟性がなく、筋肉がうまく連動するようにつながっていないのだ。腰、肩、腕、手首、手に起きた変化によって、ルーシーと仲間のアウストラロピテクスたちはこれまでよりはるかにうまく石を投げることができるようになった。同じ変化はまた、こん棒で殴ることにも大いに役立った(投擲でうまく敵を倒せなかったときには、こん棒が役立った)。

ドーベルマンを石で追い払うのと、ライオンや剣歯虎を追い払うのはまったく異なる挑戦だ。アウストラロピテクスのように体重がおよそ25〜45キロで、身長が1〜1.5メートルほどしかない場合、その挑戦はとりわけたいへんになる。とはいえ、たくさん練習すれば、投げることは驚くほど大きな効果を発揮する。この事実を知らなかったわたしが大恥をかいたのは、20代後半のころに恋人とオハイオ州祭りを訪れたときのことだった。

ピッチング・ネットとスピードガンが置かれた屋台を見つけたわたしは、自分の運動能力を見せつけて彼女に好印象を与えようと、意気揚々とボールを投げつけた。わたしは時速80キロの投球に充分に満足し、彼女も充分に驚いているように見えた。しかしそんな浮かれた空気は、12歳のひょろっとした少年が隣でボールを投げた瞬間に消えてしまった。体重40キロにも満たない思春期前の少年は、一滴の汗をかくこともなく、時速95キロ超えの速球を軽々と立てつづけに繰りだした。男同士の力比べで、小枝のような細身の少年に負けることなど本望ではなかった。わたしは渾身の力を込めて最後のボールを投げたが、その軌道はひどく曲がり、時速90キロ弱という記録と耐えがたいほどの肘と肩の痛みだけが残った。

隣にいたガールフレンドは、ボールを投げるのに必要なのは力ではなく、練習なのだと言ってわたしを慰めようとしてくれたが、まさにそのとおりだった(わたしがはじめて彼女との結婚を意識したのは、そのときだった気がする)。「継続は力なり」ということわざが正しいと考えた場合、石投げ仮説はよりもっともらしく聞こえてくる。とくに、投げるという行為に集団全体で取り組んだとき、効果はさらに増すはずだ。

この可能性を裏づけるように、歴史的な記録もまた投擲が驚くほど有効だったことを指し示している。ヨーロッパの探検家と先住民のあいだの遭遇については数多くの記録が残っているが、その後に起きた紛争のなかで先住民たちが用いた武器は石だけだったという。ヨーロッパの探検家たちの多くは鉄砲や甲冑を駆使して戦いに挑んだが、たびたび負けるどころか、惨敗することさえあった。ここで、人類学者のバーバラ・アイザックが「投擲と人間の進化」というすばらしい論文のなかで引用した3つの歴史的説明を見てみよう。

ほぼ一瞬にして、彼らはわれわれをこてんぱんに打ちのめし、こちらはすぐに安全な場所に戻るしかなかった。飛んできた石のせいでみな頭から血が流れ、腕や足の骨も折れていた。彼らはほかの武器のことなどなにも知らない。にもかかわらず、キリスト教徒よりもはるかに巧みに石を扱って投げた。彼らが投げる石は、まるで石弓の矢のようだった。
──ジャン・ド・ベタンクール(一五世紀のフランスの探検家)

野蛮人たちが投げつけてくる巨大な石によって、われわれの仲間はひとり、またひとりと大ケガを負った……通常では考えられない軌道と力で飛んでくるため、降り注ぐ石を避けるのは非常にむずかしく、その石はわれわれの銃弾とほぼ同じような効果を生みだした。それどころか、より迅速に次の攻撃を続けるという点においては向こうに分ぶがあった。
──ラ・ペルーズ伯ジャン= フランソワ・ド・ガロー(一八世紀のフランスの探検家)

多くの場合、向こうの特徴もまだわからない段階で、まったく非武装のオーストラリアの原住民の攻撃によって、武装した兵士が殺された。その兵士は原住民に向かって銃を撃ったが、原住民は素早く身をかわし、兵士が的確に狙いを定めることを防いだ。それから、兵士の身体は降り注ぐ石によって切り刻まれた。飛んでくる石の威力と精度は想像を絶するものである……オーストラリアの原住民は驚くべき速さで代わる代わる石を投げつけてきたが、まるで何かの機械から放たれているかのようだった。さらに、原住民の男は左右に飛び跳ねて移動しながら石を投げるため、餌食となった不運な兵士の上に石がさまざまな方向から落ちてくるのであった。
──ジョン・ウッド(一九世紀のイギリスの探検家)

これらの説明は、集団による石投げがどれほど危険かを教えてくれる。しかし同時に、ある重要な点を浮き彫りにするものでもある──ライオンやヒョウのような大きな動物を相手にするとき、この石投げ戦略を成功に導くためには“協力”がカギとなる。

われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略
ウィリアム フォン・ヒッペル(William von Hippel)
アラスカで育ち、イェール大学で学士号、ミシガン大学で博士号を取得。その後オハイオ州立大学で十数年間教鞭をとったのち、オーストラリアのクイーンズランド大学で心理学の教授を務める。妻と2人の子供とオーストラリアのブリスベンに在住。
濱野大道(ハマノ・ヒロミチ)
翻訳家。ロンドン大学・東洋アフリカ学院(SOAS)タイ語および韓国語学科卒業。同大学院タイ文学専攻修了。

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