野菜の自動収穫ロボットをサービス展開するため、2017年1月に設立されたinaho株式会社。アスパラガスなどの野菜の収穫時期をAIを活用して判断することで、人の手を使わずロボットでの自動収穫を可能にすることを目指しており、注目を浴びている企業だ。同社は単にロボットを導入するだけでなく、今後はロボットに最適化した農業環境の構築も視野に入れているという。今夏は、会社設立の経緯や事業の現状、および今後の展望などについて社長の菱木氏に話を聞いた。
創業のきっかけは労働集約型の農業に疑問を感じたから
――最初にinaho株式会社創業の経緯を教えてください。
2014年頃からAIに関する勉強会の事務局サポートに携わっており、アメリカのレタスを間引くロボットの動画を見てアグリテックへの可能性を感じたのがきっかけです。
その後、たまたま地元・鎌倉の農家さんと話した際に「雑草を刈り取るロボットを作ってほしい」と相談を受けました。実際に自分で作業をしてみると、肉体的な負担があまりに大きかったため、最初は雑草を取るロボットの開発をしようと全国の農家にニーズを聞いて回りました。その中でとあるアスパラガス農家さんにアドバイスをしていただき、野菜の自動収穫ロボットの開発に着手することになりました。
もちろん労働集約的な産業は他にもありますが、知り合いの農家さんから「収穫をAIで自動化できないか」と、直接ご依頼があったことも大きな理由としてありました。起業してからは、農家さんとの共同で開発を行ってきたのですが、現在のロボットを提供できるようになるまでは、3年間かかりました。
――会社を経営するうえで一番難しいと感じることは何ですか?
やはり技術の部分です。農業は自然と密接に関わっています。自然は春と秋などの季節の変化でどうしても環境が変わるため、それに対して技術も進化させなければならないことが難しさのポイントです。たとえばカメラで見たとき、春と秋とでは育つ野菜の本数や、しげる葉の枚数、あるいは太陽が射し込む角度などが変わります。
したがって、春はうまく行ったのに、秋になるとうまく行かない、というようなことが十分ありえます。農業分野でのAI開発は「自然が相手」であることが一番難しいところです。
RaaSモデルで迅速にロボットのPDCAを回せるビジネスモデルへ
――野菜収穫ロボットを、販売ではなくレンタルで提供する「RaaSモデル(※1)」を採用した理由は何ですか?
※1:RaaS…ロボット・アズ・ア・サービス(Robot as a Service)の略。ロボットを販売せず、サービスとして提供する仕組みです。収穫ロボットを無償でレンタルし、ロボットが収穫した量に応じて利用料をお支払いいただきます。従来の農機具と比べて、初期費用やメンテナンス費がほとんどかからないこと、利用期間を選べるのが特徴です。
ロボットの販売となると、どうしても高額にならざるを得ません。つまり、初期投資が高くなるため、数年続けないと投資に対する回収ができない。そうなると、農業を今後1~2年は続けるけれどその後は未定、などといったご高齢の農家さんなどはご利用しづらくなります。
また、提供元である当社にとっても、たとえば今後10年間にわたって技術的な問題が全く起こらずに稼働できるロボットを提供するのはハードルが高いため、開発には時間がかかります。それに対し、問題が起こった場合は当社が費用を負担してメンテナンスを行うレンタル制を採用すれば、開発の時間も短縮され、早い段階で製品の提供が可能となります。
ロボットに搭載されているカメラやセンサーなどの機器は、日進月歩で進化しています。1~2年で性能は向上し、コストは下がります。レンタル制であれば、常に最善の状態のロボットを提供できることにもなります。
――現在は自動収穫の対象としておもにアスパラガスを選ばれているとのことです。野菜を選ぶ観点はどのようなものなのですか?
アスパラガスを選んでいるのは、第一に収穫のための農家の負担が大きいことが理由です。アスパラガスの収穫には収獲者がしゃがむ必要があり、また収穫時期かどうかの判断を目視で行わなければならないためです。
また、アスパラガスの収穫期間は8ヵ月ほどあり比較的長いです。
また野菜の市場性がどの程度なのか、ロボットから見て取りやすい作物なのかも考慮すべき大きな観点です。
――自動野菜収穫ロボットは、現状どのような品種やエリアで進んでいるものなのですか?
まだまだ一部に限定されていると思います。品種については、トマトやいちご、りんごなどがあります。しかし、果物や野菜の品種は数多くありますから、事業拡大の余地は大きいです。
従来から米や麦などの収穫機はありますが、アスパラガス、トマトやイチゴの収穫機会がこれまでなかった理由は、個体ごとに収穫敵期にばらつきがでるため収穫に判断が必要であったためです。これまではその収穫判断に人の目を必要としていましたが、AI等の発達により機械で行うことができるようになってきました。
――アグリテックビジネスはこれから、どのように変わっていく、あるいは変えていきたいと思っていますか?
全体の経済性をどれだけ高められるかが重要と思います。収穫ロボットを導入すれば、ロボットと人が協同で働く世界が生まれます。その際、人の作業効率をどのように高められるかも同時に考えなければなりません。当社でもそのためのツールを開発していますが、それでは限界があるため、業界全体での取り組みが必要かと思っています。
――農業以外の分野への進出もお考えですか?
ご依頼をいただくことはあります。その際には幅広く対応していきたいと思っています。野菜収穫ではない用途でのロボットの活用もすでに行っています。
――今後の事業展開としてどのようなことを考えていますか?
自動野菜収穫ロボットを最有効活用するためには、生産側の環境整備も重要です。これまでの畑の作り方は人による収穫を前提に行われてきています。今後はそれを、ロボット収穫を前提としたものへ変更することを展開していきたいと思っています。
作物の品種もロボット収穫に最適化できる可能性がありますので、種苗メーカーさんとの連携も考えていきたいです。また、収穫できる品種を拡大し、海外へも展開したいと思っています。
働く人の環境を快適に、農家の働き方改革でサステナブルに貢献
――サステナビリティにたいする注目度が高まっています。CSRやSDGsについてのお考えをお聞かせください。
食糧問題はサステナブルという観点では大きなテーマだと思っています。そのなかで「働く人の環境」は重要な課題です。農業の現場はかなり過酷な環境なので、ロボットが代替できる作業は可能な限り代替していくことが、サステナブルな環境につながると思います。
また、農作業現場でロボットが動き回れば、何センチの野菜がどこに何本あるか、などさまざまなデータを取得できます。そのデータから、いつどれだけ出荷できるかも予測できます。出荷予測が可能になれば、買い付けなども有利に進められるのではないでしょうか。
――今後は何に一番力を入れていきたいと思われますか?
ロボットを前提とした農業を作ることです。工場の場合なら、生産ラインなどをどのように構築すれば生産効率が高まるかを考えます。やりたいと思っているのは、その「農業版」のようなことです。考えるべき課題は、畑を含めた環境の作り方や野菜の成長のさせ方から、物流・流通なども含まれるかもしれません。
今後数十年すると、人工の増加や気候変動によって全世界で食料が足りなくなるといわれています。日本でも、農業の生産者数は半減が見込まれます。それを、ロボット導入による効率化で解決していくこと、食料が豊富に安く手に入るようにすることを、ぜひ実現していきたいと思っています。
農業環境の最適化で食糧問題の未来を展望
自動野菜収穫ロボットの提供に留まらず、ロボットを前提とした農業環境の最適化を構想する菱木社長。これから起こると見込まれる食糧問題の大きな危機を解決できる可能性を秘めている。農業におけるロボットの活用にこれからも注目していきたい。
(提供:THE OWNER)