2021年4月の改正大統領選挙法成立を経て、プーチン露大統領の「終身大統領」が現実味を帯び始めた。かつて、「ロシアなき世界は不要」と言い放ったプーチン大統領が思い描く「理想のロシア」とは、どのようなものなのか。そして、終身大統領と権力支配が象徴する、果てしなき野望の先にあるものとは、一体何なのか。
プーチン大統領 「ロシア最長の指導者」への歩み
プーチン大統領は、1975年にレニングラード国立大学法学部卒業後、ソ連邦国家保安委員会(KGB)、サンクトペテルブルク市副市長、大統領府副長官、大統領府第一副長官、連邦保安庁長官など、順調に高官としてのキャリアを築いてきた。そして1999年8月、大きな転機が訪れた。ステパーシン前首相の解任とエリツィン前大統領の辞任に伴い、安全保障会議書記から首相代行、首相、大統領代行へと、わずか4ヵ月余りで異例の「昇進」を果たしたのだ。
翌年3月の大統領選挙では得票率52.94%で当選し、さらに2004年3月、得票率71.31%という圧倒的な支持を得て任期を延長した。当時のロシアでは、大統領の連続3期は認められていなかったため、2008年には一旦首相の座に退いたが、2012年の大統領選で再び当選、2018年に再選を果たし不死鳥のごとく蘇った。
そして、次期大統領選が4年後に迫った2020年7月、選挙法を含む憲法改正の是非を問う国民投票を実施したところ、賛成が77.9%と圧勝した。これにより、現職大統領、つまりプーチン大統領の通算任期がリセットされることとなった。プーチン大統領が2024年に予定されている次期大統領選に当選した場合、同氏が84歳になる2036年まで任期続投が可能になる。
現実となれば、ピョートル大帝やイワン3世(各43年間)、イワン4世(50年)には届かないものの、ヨシフ・スターリン前首相(29年間)、ナザルバエフ前大統領(30年間)、エカテリーナ2世(34年間)といった歴代のロシア(ソビエト連邦)の指導者に迫る、「ロシア最長の指導者」の一人として歴史に名を残すだろう。
プーチンが思い描く「偉大なる超大国」
それにしても、プーチン大統領はなぜ、選挙法を改正してまで大統領の座にこだわるのか。「偉大なるロシア、あるいはソビエト連邦時代の権力の復興」がその動機だと、一部の専門家は推測している。
1991年、超大国だったソビエト連邦は、15の共和国に分裂した。連邦崩壊後、後継国であるロシアの経済は繁栄と危機を繰り返しており、30年が過ぎた現在も権力を復興させるどころか、米国や中国に「世界の超大国」の座を奪われ、世界から孤立した状況に身を置いている。連邦時代を懐かしむ国民も少なくない。
戦略国際問題研究所の上級顧問兼外交政策研究所の副会長、ドブ・ザケイム氏の見解によると、プーチン大統領を含む歴代のロシアの指導者は、かねてから自国の統治が比較的古風であると自覚していた。プーチン大統領には、レーニン前首相やスターリン前首相など過去の指導者を超えるような「イデオロギー(観念形態)の衝動」はないが、「地政学的懸念」を抱えている点は共通する。「地政学的懸念」というのは、「ロシアより有能で強力、そして高度に組織化された社会である西側諸国」に対する恐れだ。これが「ロシアが他国による侵入を恐れる根本的な理由」だという。
しかし、プーチン大統領の最近の発言から見る限り、同氏の描く「超大国」は、かつてのソビエト連邦の二番煎じではないという印象を受ける。2020年10月、「ヴァルダイ国際討論クラブ」に参加した際、「米・露・英・仏に代わり、中独が超大国の地位を築きつつある」「米国がロシアと国際問題について議論する用意ができていないのであれば、我々は他国と議論する」などと発言した。
自国に利益をもたらす領域においては、他国と議論する姿勢を示しつつ、新生ロシアとしての勢力を拡大することが狙いなのだろうか。いずれにせよ、「偉大なる超大国」が再構築されるその日まで、プーチン大統領の野望が果てることはないだろう。
選挙法改正案不正疑惑、支持率低下 逆風に耐え得るのか?
その一方で、「終身大統領は非現実的」という見方もある。そもそも今回の国民投票は、社会保障の充実や最低賃金および年金額に関する新規制など、200以上の改憲項目の賛否を一括して問うもので、選挙法改正にのみ焦点が当てられていたわけではない。
しかし、投票率(64%)と投票結果の正当性に対して、一部では疑惑の念が持ち上がっている。プーチン大統領の最大の政敵として知られる野党の指導者、アレクセイ・ナワルニー氏は、「投票結果は国民の意見をまったく反映していない」とFacebookに投稿した。ロシアの選挙専門家、セルゲイ・シュピルキン氏はメディアの取材で、最大2,200万票が不正に賛成に投じられた可能性について言及している。
プーチン大統領の支持率が、過去最低水準に低下していることを指摘する声もある。世論調査機関レバダセンターが2020年4月、1,600人以上を対象に実施した調査では、支持率59%と、2019年から5ポイント減、2018年から21ポイント減と大幅に低下している。しかし、自身の野望にネガティブな影響を与えうる逆風ですら、プーチン大統領にとっては「想定内」なのかも知れない。
かつてプーチン大統領はロシアのドキュメンタリー番組のインタビューで、「ロシア市民でとして、ロシア国家の長として、私は自分自身にこう問いかける。ロシアなき世界など不要ではないか。」と発言した。もし今、誰かが同じ質問をしたとしても、プーチン大統領の答えは変わっていないだろう。
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)
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