債務の中には、現時点では発生する見込みは低いものの、将来的に会社の債務として確定する可能性のある「偶発債務」がある。偶発債務には、債務保証や訴訟、違法行為などがあり、有価証券報告書への注記が求められている。
この記事では、偶発債務の定義や債務と引当金との違い、偶発債務の注記の事例について解説する。
偶発債務とは
偶発債務の定義
一般的に偶発債務とは、現時点では債務として確定していないが、過去の取引に関連して将来何らかの事象が発生した場合に、債務として確定するものである。
『財務諸表規則』と『会社計算規則』では、以下のように制定されている。
偶発債務(債務の保証(債務の保証と同様の効果を有するものを含む。)、係争事件に係る賠償義務その他現実に発生していない債務で、将来において事業の負担となる可能性のあるものをいう。)がある場合には、その内容及び金額を注記しなければならない。
(財務諸表規則 58条)
貸借対照表等に関する注記は、次に掲げる事項(連結注記表にあっては、第六号から第九号までに掲げる事項を除く。)とする。
(中略)
五 保証債務、手形遡求債務、重要な係争事件に係る損害賠償義務その他これらに準ずる債務(負債の部に計上したものを除く。)があるときは、当該債務の内容及び金額
(後略)
(会社計算規則 103条)
いずれも、将来的に債務になる可能性は低いものの、債務になった場合に事業の負担になる可能性があるものについては注記で知らせる必要があることを規定している。
偶発債務と債務や引当金との違い
偶発債務は、貸借対照表に計上されている債務や引当金とは会社の負担であるという点では同じだが、異なる点がある。
貸借対照表に計上されている引当金以外の債務は、既に支払い義務が確定しており金額も決まっている。
引当金は、当期以前の事象が原因で将来発生する可能性が高く、その金額が見積もることができるものについて計上する。債務との大きな違いは、債務は既に支払い義務が確定しているが、引当金はまだ支払いの義務がない。
ただ、支払いが発生する可能性が高く、金額が見積もれるため、貸借対照表に計上する。
債務や引当金に対して、偶発債務は発生する可能性は低いか不明であり、また、金額も見積もれない場合が多い。すなわち、債務や引当金と比べて、支払いを免れる可能性が高いかはもちろん、金額も分からないため、貸借対照表に計上できないのである。
貸借対照表や損益計算書に計上しないが注記は必要
偶発債務は、支払いが確定するかはもちろん金額も見積ることが難しいため、貸借対照表や損益計算書に計上することはできない。
ただし、将来そのような債務が発生するリスクが高いことから、「注記」をして財務諸表の利用者に対して注意喚起することが求められている。
残高試算表上に表すこともある
最終的に貸借対照表に記載しないとしても、偶発債務の一種とされる「割引手形」などのように、残高試算表の上で偶発債務を表すこともある。
例えば、額面1000の手形を割引に出す際に(手形売却損は考えない)は、以下のように仕訳を切り、割引手形が存在することを残高試算表上で示す。
これが決済されて偶発債務が完全に消えた時は、以下のように偶発債務である割引手形やその原因となった受取手形が消滅したことを示す。
なお、期末時には財務諸表に割引手形を計上できないため、一旦決算仕訳として決済時の仕訳を切ることで割引手形がない状態とし、翌期初に逆の仕訳を切って元に戻す。
偶発債務に該当する4つの例
それでは、偶発債務にはどのようなものがあるのであろうか。ここでは4つの例について説明する。
1.債務保証
「債務保証」とは、債務者が債務不履行に陥った場合に、保証人が代わりに債務履行する責任を負う契約を締結して債権を担保するものである。俗に言う、「保証人になる」という行為のことである。
「債務保証」が偶発債務とされるのは、当該債務者の債務の履行ができなくなる可能性が低くなる事や、その際に保証を行う金額が見積もれない事による。
ただし、当該債務者の財政状況が悪化し、保証人となった会社が代わりに債務履行する可能性が高まる及び支払うことになり、かつその金額が見積もれる及び確定した場合は、引当金や貸借対照表上の債務に計上する。
・注記の対象に注意が必要
なお、注記の対象となるものとして、直接的に債務保証を行うものだけでなく、「経営指導に関する念書」を差し入れる行為も該当する。「経営指導に関する念書」とは、ある会社の子会社が金銭の借り入れを行う際に、親会社としての監督責任を認めて子会社の経営指導を行う旨を宣誓する文書である。
念書の内容はさまざまだが、実質的に保証債務を行うものといった内容であれば、偶発債務として通常の債務保証と同様の対応を行う。
2.訴訟
偶発債務の中には、訴訟を受けて被告となったことも挙げられる。被告となって敗訴した場合には、損害賠償金の支払いが生じる可能性が高いからだ。
ただ、当該訴訟の結果についての見通しはつけられず、仮に敗訴した場合でも、判決で命じられる支払いの額についての見積もりは困難である。そのため、訴訟を起こされて被告となった場合には、偶発債務として注記を行って財務諸表利用者に対して注意を促す。
後々、損害賠償金を支払う可能性が高くなった場合は引当金に計上する。後日、損害賠償金を支払うように判決が出された場合は、債務に計上する。
3.違法行為
会社が違法行為を行った結果、罰金や課徴金を支払うこととなる。
ただ、その違法行為が警察などから告発された段階では、まだ罰金や課徴金を支払う義務はなく、支払う可能性についても見積もれないため、貸借対照表上の債務や引当金として計上ができない。
そのため、告発された段階では、偶発債務として注記することによってしか、財務諸表利用者に対して将来的な債務についての注意喚起ができない。
その後裁判などが進み、罰金の支払い可能性が高まり、かつ金額を見積もれるならば、引当金として計上する。また、判決が確定して支払い義務が生じた場合は、債務として計上する。
4.その他
手形割引や手形の裏書について、将来の手形の貸し倒れの可能性や発生金額の見積もり困難性を鑑みれば、偶発債務と見ることができる。
そのため、手形割引や手形の裏書を行っており、期末に未決済のものが残っている場合は、注記することが求められている。
実際に不渡りが発生した場合は「不渡手形勘定」を計上し、場合によっては「貸倒引当金」も計上する。
偶発債務の記載事例
偶発債務は「注記」をすることとなっているが、実際にはどのように記載されているのだろうか。ここではいくつかの事例を元に説明する。
「債務保証」の注記事例
日本ロジテム株式会社の2020年3月期の連結財務諸表の注記では、連帯債務について注記がなされている。
3.偶発債務
福岡ロジテム㈱において、次の会社と定期建物賃貸借契約を締結しております。当該契約で発生する支払賃料等一切の債務について連帯保証を行っております。
持分法適用会社である福岡ロジテム株式会社の賃貸契約について、債務保証を行っている旨の注記を行っている。これは、賃料の支払いについて将来日本ロジテム株式会社がどれだけの負債を負うことになるか見積もりができないためである。
将来負う可能性のある負担の参考情報として、賃料の金額の掲載をしている。
(参考)日本ロジテム株式会社 有価証券報告書(2020年3月期)
「訴訟」の注記事例
株式会社コロプラの2020年9月期の連結財務諸表の注記では、訴訟を受けたことについて注記がなされている。
2 偶発債務
当社は、2017年12月22日付で特許権侵害に関する訴訟を提起され、2018年1月9日に訴状内容を確認いたしました。
(1)訴訟の原因及び提起されるに至った経緯
(略)
(2)訴訟を提起した者
(略)
(3)訴訟内容
①訴えの内容
特許権侵害に基づく損害賠償請求
特許権侵害に基づく弊社アプリ「白猫プロジェクト」の生産、使用、電気通信回線を通じた提供等の差止請求等
②訴訟の目的物及び価額
損害賠償請求:4,400百万円及び遅延損害金
差止請求の対象アプリ:白猫プロジェクト
(4)今後の見通し
当社は、当社のゲームが任天堂の特許権を侵害する事実は一切無いものと確信しており、その見解の正当性を主張していく方針です。
ここでは、訴訟について訴えの内容や見通しについて書かれている。
これによれば、損害賠償金4,400百万円の支払いと製品の販売差し止めの請求がなされているが、裁判の行方がわからないため、実際に債務として計上できるか否か不明である。そのため、損害賠償金などについて、貸借対照表や損益計算書等に計上せず、注記にとどめて財務諸表利用者に注意を促している。
(参考)株式会社コロプラ 有価証券報告書(2020年9月期)
偶発債務の動向には注視しよう
ここでは偶発債務について解説を行った。
偶発債務は、発生の可能性が低く貸借対照表に計上することができないものについて、その状況などを注記することで財務諸表利用者に注意を促すものである。
そのため、将来実際の債務となることに対して備えることが可能になる。場合によっては、最終的に貸借対照表や損益計算書等に、債務や引当金として計上しなければならないため、偶発債務の動向については注視しなければならない。
本稿が皆様のお役に立てれば幸いである。
文・中川崇(公認会計士・税理士)
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