本記事は、高橋克英氏の著書『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか 「地方創生」「観光立国」の無残な結末』(講談社)の中から一部を抜粋・編集しています

「外資VS.住民」と「開発VS.環境」

ニセコ,森林
(画像=den-sen/PIXTA)

●地元住民との摩擦は本当か?

ニセコにおける不動産価格の上昇により、自らの土地に新築アパートを建設したり、所有不動産を売却したりすることで潤う地元住民がある反面、静かで自然豊かなのんびりとした生活を求めていた地元住民のなかには、固定資産税の上昇、家賃や物価の高騰による家計負担増、ゴミ出しのルールなど外国人とのトラブルを嫌い、一部住民が流出する動きもあるとされる。しかし、俱知安町やニセコ町の人口動向を見る限り、流入人口も多く、その影響は全体としては数字上ほとんど確認できない。

俱知安町では、町内の外国籍住民と日本人住民を対象にした「多文化共生のまちづくりアンケート調査結果」が2020年1月に公表されている。外国籍住民において、「近くに住む日本人とのトラブル経験について」(複数回答)では、たとえば、ゴミ出しのルール(15.3%)、駐車・駐輪(10.3%)、言葉の行き違い(5.4%)、建物の増改築(3.9%)、店舗や宿泊施設の営業(3.9%)、部屋からの騒音(2.0%)などが挙げられる一方、「特にない」との回答が49.8%を占めており、ほぼ半数がトラブルもなく過ごしている結果となっている。

逆に日本人住民において、「外国人が関連した、近所でのトラブル経験について」(複数回答)では、ゴミ出しのルール(16.3%)、駐車・駐輪(9.4%)が同様に上位を占め、以下、部屋からの騒音(5.4%)、言葉の行き違い(3.0%)、ペット(1.9%)、部屋の使い方(1.5%)などが挙げられる一方、「特にない」との回答が48.8%を占め、外国人住民同様に、ほぼ半数がトラブルもなく過ごせている結果となっている。俱知安町の外国人増加がいわれてから時間が経過していることも背景にあるだろう。

ニセコにおいては、スキーリゾートエリアと、駅前を中心とした市街地が離れていることもあり、地元住民と外国人などリゾートエリアの人々とは、日常生活ではお互いほぼ交流がなく、生活スタイルも異なっていることも指摘できよう。

他の多くの地域と比べれば、スキーリゾートがあるおかげで町全体の経済は潤っており、住民の生活水準は概して高く、外国人富裕層が多いこともトラブルが少ない要因といえよう。見えない部分も含め、地元住民と外国人観光客や居住者との相互補完の関係ができているといえるのかもしれない。

パウダースノーという絶対的なキラーコンテンツを最大限に生かし、「海外」「富裕層」「スキー」に絞った「選択と集中」を実践することは、ニセコの地元住民が潤うことでもある。現実問題として、プライベートジェットやヘリで国内外から富裕層が訪れ、宿泊し飲食することで地元に落とすおカネの量と、LCCを乗り継いでマスリテール層の旅行者が訪れ、宿泊し飲食することで地元に落とすおカネの量には、大きな差があるはずだ。

後者のほうが観光客数としては多いものの、渋滞や混雑など観光公害を伴うリスクもより高くなる。観光客は増えてほしいが、観光公害や環境破壊はいやだ、という多くの自治体の相反する悩みを、富裕層に特化し、「消費より投資が牽引する経済社会」が実現することで、ニセコはすでに解消しているのだ。

●開発と環境のバランスの崩壊

とはいえ、ニセコは開発と環境のバランスが崩れてきており、すでにオーバーキャパシティーだとの声も挙がっている。「第二のニセコ」を探し、混雑し割高となったニセコから、ルスツ(虻田郡留寿都村)やキロロ(余市郡赤井川村)、富良野や長野県の白馬などで投資や開発機会を物色する動きも盛んだ。

ニセコに限らず、開発と環境のバランスは多くのリゾート地の課題だ。上下水道整備、温泉枯渇、景観・森林破壊、交通渋滞、騒音など、どれも地元住民への負担を強いる。このためニセコ町では、2004年に景観条例を定め、大型開発計画においては町との事前協議を課し、事業着手前に住民説明会を開催するように求めている。また俱知安町では2008年、ひらふ地区での建築物の高さ規制を設け、2019年には宿泊税を導入し、現在、上水道整備に関して、一定規模以上の開発業者に対する負担金制度なども検討しているという。

上下水道や電気や道路など、法令に則り一義的には行政が対応すべき部分があるかと思うが、財政の制約もあり、議会や住民の意見などを踏まえ、相応の負担を民間の開発業者や利用者に求めることは、理解が得られよう。ある程度の規制や負担は、ニセコのブランド価値や利用者の利便性の向上につながり、開発業者などを含め、すべての当事者にメリットとなることだ。

●外国資本による森林買収

農林水産省が実施した「外国資本による森林買収に関する調査」によると、居住地が海外にある外国法人または外国人と思われる者による森林買収の事例は、2019年に全国で31件あり、買収された森林面積は163haとなった。

このうちニセコエリア(俱知安町、ニセコ町、蘭越町)は17件と過半を超え、森林面積でも35.82haを占めるに至っている。取得者は香港が最多の10件で、以下シンガポール、タイ、英領ヴァージン諸島、オーストラリアとなっている。利用目的は、別荘用地や別荘地開発、資産保有が多いものの、未定、不明とされるものもあり気掛かりだ(図表5-1)。

6-1
(画像=『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか 「地方創生」「観光立国」の無残な結末』より)

2006年から2019年までの14年間の集計では、ニセコエリアでは172件、買収された森林面積580haとなっており、全国合計の264件の過半以上を占め、同面積(2305ha)でも4分の1以上を占めている。ニセコエリアだけでなく、近隣のルスツ(4件)、洞爺湖(2件)に加え、富良野エリア(2件)でも外資による資産保有などを目的とした森林買収が進んでいる(2019年)。

ニセコエリアも含め、多くのケースが調査結果にあるように、別荘用地やリゾート用地としての取得とみられる。華僑など富裕層が、円建て資産を資産運用や節税対策などで所有するケースもあるだろう。一方で、北海道や長崎、沖縄などで起きているとされる、外国資本による水資源確保のための山林の買い占めや、自衛隊基地や原発施設などの隣接地の土地取得など、安全保障上の懸念があると、話は違ってくる。

ニセコに同様の案件があるのかは承知しないが、こうした事案には当然ながら厳粛に対応すべきであり、買収先が現在、政治的に良好な関係にあるとはいえない韓国や中国のような国の資本によるものであれば、なおさらだ。現在の法制度では対応や規制ができないのであれば、国が主導し、条例や法律によって規制を強化しないと、大事になってしまうのではないかと危惧する。

森林買収だけではなく、住宅地や商業地における不動産売買でも同様だ。ニセコにおいては、森林買収と同様、大部分は居住目的、商業利用、資産保有目的とみられるが、その所有者には英国領のヴァージン諸島やケイマン諸島など、税金が極端に低いタックスヘイブン(租税回避地)にあるペーパーカンパニーなども散見されるという。不動産売買における純粋な投融資や合法的な節税は、市場経済における経済活動のベースとなるものであり、むやみに規制をすべきではないが、明らかな脱税行為だけでなく、マネーロンダリングやテロや治安、安全保障の観点からも規制を強化すべき部分がある。

ニセコの不動産売買における、国内外の富裕層や企業による海外への資産隠しや海外企業を利用した国際的な租税回避に対しては、地元の俱知安税務署や札幌国税局だけでなく、たとえば東京の国税庁本庁も含め、東京国税局や大阪国税局などにあるとされる「超富裕層PT」を札幌国税局にも設立し専門的に対応するなど、健全なる納税者や投資家が不公平とならないような国レベルでの包括的な対応が必要であろう。

なぜニセコだけが世界リゾートになったのか 「地方創生」「観光立国」の無残な結末
高橋克英(たかはし・かつひで)
株式会社マリブジャパン代表取締役。1969年生まれ、岐阜県出身。三菱銀行、シティグループ証券、シティバンク等にて四半世紀、主に銀行クレジットアナリスト、富裕層向け資産運用アドバイザーとして活躍。その後独立して金融コンサルティング会社マリブジャパンを設立。世界60か国以上を訪問し、バハマ、モルディブ、パラオ、マリブ、ロスカボス、ドバイ、イタリア湖水地方、ハワイ、ニセコ、沖縄など国内外リゾート地にも詳しい。映画「スター・ウォーズ」シリーズの著名コレクターでもある。1993年慶應義塾大学経済学部卒。2000年青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科経済学修士。日本金融学会員。著書に『銀行ゼロ時代』(朝日新聞出版)など。

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