本記事は、高橋克英氏の著書『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか 「地方創生」「観光立国」の無残な結末』(講談社)の中から一部を抜粋・編集しています

なぜアジア富裕層はニセコを目指すのか

富裕層
(画像=タカス/PIXTA)

●今後も拡大する日本の富裕層数

クレディ・スイスの「2019年グローバル・ウェルス・レポート」(2019年10月)によると、日本における100万ドル以上の資産を持つ富裕層の数は、前年の283万8000人から18万7000人増加し、302万5000人に達しているという(図表3-4)。これは米国、中国に続き、世界第3位の数になる。そのなかでも、5000万ドル以上の純資産を有する超富裕層は3350人となり、こちらは世界8位となる。

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(画像=『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか 「地方創生」「観光立国」の無残な結末』より)

また、今後5年間で、日本の富裕層の数は302万5000人から71%も増加して、2024年には516万1000人に達すると予想されている。こうした日本人富裕層は、むろんニセコがメインターゲットとすべき顧客層である。パークハイアットニセコHANAZONOレジデンスの成約事例や、コロナ禍による伊豆、箱根、軽井沢や房総、那須といった国内リゾート地への関心も高まっており、今後、高級コンドミニアムや別荘への投資において日本人のプレゼンスが高まっていくとみられる。

また、クレディ・スイスの同レポートによると、100万ドル以上の資産を持つ富裕層の数において、2024年にはアジア太平洋(含む日本、中国)の富裕層数が欧州を上回ると予想されている。2019年では、アジア太平洋の富裕層数が1195万人に対して、欧州は1329万人であるが、2024年には、アジア太平洋が1792万人に対して、欧州は1789万人と予想され、アジア太平洋が上回ることになる(図表3-5)。

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(画像=『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか 「地方創生」「観光立国」の無残な結末』より)

この先も、日本を含むアジア太平洋地域での富の蓄積が進み、富裕層が増えることで、観光・レジャーなどにより多くの消費や投資が向かうことになるはずだ。アジア太平洋地域において、ニセコを代表とする良質なスキーリゾートを多数有するのは日本だけだ。地理的な優位性もある日本のスキーリゾートにとっては追い風となるはずだ。

●分散投資で円資産を持つ

なお、参考までに、あくまで経験則になるが、我が国では、保有金融資産20億円が富裕層の投資行動における分水嶺になる場合が多い。

金融資産でおおむね20億円未満であれば、まだ資産を増やす途上と考え、従来通りリターン重視、都度単品購入中心の富裕層が多くなる。つまり、金融機関の資産運用担当者から、ポートフォリオ営業や、バランス型ファンド、ラップ口座といった分散投資を提案しても、まずほとんど反応がなかったりする。

逆に、金融資産がおおむね20億円を超えてくる富裕層になると、長期・安全・安定・保全を求める傾向が強くなり、分散された教科書的なポートフォリオが組まれているケースが増えてくる。必然的に、株式やデリバティブ商品だけでなく、日本国債や米国債といったプレーンな債券を保有することになる。社債やソブリン債に加え、ハイブリッド証券やクレジットリンク債といった債券投資への理解度と保有率も高くなる。

20億円という絶対金額の水準は別として、これはドルやユーロ、ローカルな自国建て資産を持つ海外の富裕層でも同じ傾向があるといえる。一定以上の保有資産規模に達すると、もっと稼ぐことより、築き上げた資産をいかに守り、次の世代に引き継いでいくのかが、世界の富裕層の資産運用スタイルの基本となる。何より長期・安全・保全を重視する。当然ながら、華僑をはじめ世界の富裕層は、すでに多くのドル建て資産は持っている。金融商品の分散は進んでいる。それに加えて、通貨の分散、保有不動産の分散という観点から、たとえば増えすぎたドル以外に円建ての資産を増やすという選択が増えているのだ。

●日本は旧宗主国だった

特に香港やシンガポール、マレーシアなどの華僑にとって、日本は英国と同様に旧宗主国の一つだったという認識が、いまでもシニア富裕層の一部に残っている。HSBCやスタンダードチャータード銀行といった英系の金融機関が一定のプレゼンスを当地で持つように、邦銀や円建て資産にも思いがあったりする。華僑にとってはルーツであり、ホームタウンでもある中国や東南アジア地域が、過去の歴史においても混乱と悪政が続いてきたことをみてきており、自国・地域を信頼し切れないのだ。実際、香港での政治的弾圧や中国共産党の強権政治は現在進行系で続いている。

日本や欧米先進国に暮らしているとなかなか実感のない感覚ながら、「自民党政権はダメだ」「政権交代すべき」といった内容をSNSに発し、仲間内で会話し、メディアが報道できること自体が、報道の自由や言論の自由であり、実はとてもありがたいことであり、それが実現している国は世界でも少数に過ぎない。

政府や社会保障制度などに信頼がない社会では、ドルや円に立脚した先進国の金融資産や不動産は、単純な投資商品以上の存在だ。万が一の政変や紛争の際にも、生き残るための大切な資産であり財産であり、かつ個人的な年金商品の代替であったりもする。このため、華僑の富裕層が、たとえば日本のメガバンクが発行するドル建ての長期社債や劣後債といった債券を、疑似年金の一つとしてプライベートバンクから購入するケースなども多い。

こうした背景を理解しておくと、なぜアジア系資本が大挙してニセコで大規模開発をし、華僑などの富裕層がニセコの高級コンドミニアムを所有するのかが、より理解できるかもしれない。ニセコ銘柄は海外投資家にとってなじみのある安心銘柄であり、過去の海外投資家間での取引実績も多くあり、リターンもいい。日本の円建て不動産というカテゴリーでは、ニセコは一番手の候補になるのだ。東急リゾートの資料をみても、ニセコエリアのコンドミニアムのオーナー比率(築約1年)は、香港の36%を筆頭に、シンガポール(16%)、マレーシア(10%)、中国(9%)、タイ(8%)、台湾(5%)とアジア勢が上位を独占している(図表3-6)。

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(画像=『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか 「地方創生」「観光立国」の無残な結末』より)
なぜニセコだけが世界リゾートになったのか 「地方創生」「観光立国」の無残な結末
高橋克英(たかはし・かつひで)
株式会社マリブジャパン代表取締役。1969年生まれ、岐阜県出身。三菱銀行、シティグループ証券、シティバンク等にて四半世紀、主に銀行クレジットアナリスト、富裕層向け資産運用アドバイザーとして活躍。その後独立して金融コンサルティング会社マリブジャパンを設立。世界60か国以上を訪問し、バハマ、モルディブ、パラオ、マリブ、ロスカボス、ドバイ、イタリア湖水地方、ハワイ、ニセコ、沖縄など国内外リゾート地にも詳しい。映画「スター・ウォーズ」シリーズの著名コレクターでもある。1993年慶應義塾大学経済学部卒。2000年青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科経済学修士。日本金融学会員。著書に『銀行ゼロ時代』(朝日新聞出版)など。

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