全国各地でワクチン接種予約の大混乱が続く中、政治家や富裕層などの「上級国民」が自らの特権を利用してワクチンを優先的に接種する、「ワクチン割り込み」が問題視されている。コロナ禍で貧富格差が加速しているが、ワクチン接種でも階級格差が広がっているのだろうか。

次々と浮上する上級国民の「ワクチン割り込み」

スギHD会長夫妻が「ワクチン割り込み」 世界中で相次ぐ「上級国民」優先
(画像=show999/stock.adobe.com)

厚生労働省のホームページによると、国内における接種の優先順位は、(1)医療従事者等(2)高齢者(3)高齢者以外で基礎疾患を有する者・高齢者施設等で従事している者(4)それ以外の者となっている。しかし、優先順位が低いにもかかわらず、「すでに接種を受けた」「予約をした」といったケースが増えている。

最近では、大手ドラッグストアチェーン、スギホールディングスの会長夫婦(70歳・67歳)に対し、愛知県西尾市が優先的にワクチンを接種できるように便宜を図ったほか、兵庫県神河町の山名宗悟町長(62歳)が「病院内で開かれる会議に週1~2回参加する」という理由で、ワクチンを接種済みであることが明るみに出た。スギホールディングスの会長夫婦のケースでは、会長夫人が肺がんを患った経験があることを懸念して、秘書が西尾市に予約枠の確保を依頼したという。内部告発後、予約枠は取り消された。

河野太郎新型コロナウイルスワクチン接種推進担当大臣は、「接種を希望する高齢者に対して十分なワクチンを確保済みである」とした上で、西尾市の対応を「まったく必要がない」と批判した。厚生労働省は「政治家でも優先されることはない」とし、山名町長のケースについては「医療従事者には該当しない」とコメントした。

優先順位を飛び越してワクチンを接種した、あるいはしようとする理由として、「自分は医療従事者である」「廃棄予定だったワクチンを有効活用した」と主張するケースが多いようだ。

厚生労働省「政治家でも優先されない」の真相は?

納得できないのは、上級国民以外の国民だ。「他の上級国民もワクチンを優先的に受けているのではないか」という猜疑心が強まるのは当然だろう。実際のところ、上級国民の割り込みは頻繁に起きているのだろうか。

「AERA dot.」が47都道府県知事に実施したアンケートでは、2021年5月15日の時点で接種済みの知事は3人のみだった。いずれも65歳以上で、「ワクチンに不安を感じている県民・市民のために率先して打った」などと述べている。65歳以上の知事は他に15人いるが、一部は国の定めた優先順位に従って順番待ち、あるいは蒲島郁夫熊本県知事(74歳)のように「一般人を優先させたい」との意向を示す知事もいる。

上級国民批判を恐れてワクチン接種を悩む国会議員もいるそうだが、ネット上では「知事を含む自治体のトップは率先してワクチンを接種すべき」という声が圧倒的に多いという。時報通信によると、同志社大学の野田遊教授はその理由について、「自治体の意思決定者が感染すればワクチンの供給などに大きな延滞が生じ、住民が不利益を受ける」と指摘しているという。

その一方で、「余ったワクチンの有効利用はそれほど問題視することではない」との見解も示した。5月20日現在、日本で推奨されているファイザーのワクチンの保管期間は、未開封・セ氏マイナス20度前後で最長14日という。他国でもワクチンの有効利用は、日常的に行われている。同教授いわく、国内で優先接種が非難の的となっているのは、供給延滞や予約システムの不備といった行政の不手際に対して国民の不満がたまっていることが背景にある。「首長側は言い訳をせず、市民のために接種を受けたと丁寧に説明する」ことで、「特別扱い」という見方を緩和できるのではないだろうか。

海外でも相次ぐ「ワクチン割り込み」

「ワクチン割り込み」が批判されているのは、日本だけではない。スペインでは市長や健康福祉局長が「模範」や「ワクチン余り」を理由に優先的に接種を受けたほか、老人ホームの入居者の家族や自治体の首長夫妻による便乗接種が問題視されている。また、米国でも老人ホームの理事会メンバーが居住者用のワクチンを「横取り」するなど、特権を悪用するケースが複数報じられている。

富裕層の中にはお金とコネにモノを言わせ、ワクチン確保を試みる者もいる。ビバリーヒルズなどの富裕層お抱え医師の証言によると、多額の寄付金と引き換えにワクチンを要求する富裕層が少なくないという。さらにカナダでは、富裕層カップルが他州で労働者を装ってワクチンを接種し起訴された。

一部の富裕層の身勝手な振舞いについて、ニューヨーク市の社会広報担当者であるR.クーリ・ヘイ氏は、「富裕層はワクチンと検査をお金で購入できる新たなコモディティと見なしている」と厳しく批判した。国民からも怒りの声が上がっている。

庶民でも広がる「モラル格差」

上級国民の割り込みが多発しているとはいえ、特権をもたない庶民の中にもあの手この手で優先順位を飛び越そうとする者はいる。たとえば、南カリフォルニアでは高齢者を装った34歳と44歳の女性2人が、1回目のワクチン接種にまんまと成功し、2回目の接種で露見する不正があった。また、あえて複数の病院でワクチンの予約をして、当日にキャンセル。キャンセルで余ったワクチンを家族に回すよう、病院に要請する頭脳犯もいるという。病院側はワクチンを無駄にしたくないため、OKせざるを得ない。このようなケースを見る限り、階級や格差というより「モラル(道徳心)格差」が世界規模で広がっているという印象を受ける。

ワクチン接種が始まったとはいえ依然として先が見えない状況が続く中、不安を抱えているのは皆同じである。不安の積み重ねは時として大きな悪循環を生みだし、身勝手な行動が目立ち始める。しかし、非常時だからこそ「我先に」ではなく、普段以上に周囲への配慮や社会生活で守るべき基準を忘れないようにしたいものだ。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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