目次

  1. 要旨
  2. はじめに
  3. 個人消費は▲1.4兆円の可能性
  4. 求められる雇用への対応
環境整備が進む「生涯現役社会」実現への道
(画像=PIXTA)

要旨

  • 政府は8月31日までとされていた6都府県の緊急事態宣言を9月12日まで延長することに加えて、8月20日から7府県も発出地域に加える方針を固めた。
  • こうした緊急事態宣言延長と地域拡大の影響を加味すれば、4回目の緊急事態宣言に伴う消費押し下げ圧力は▲0.88兆円から▲1.4兆円程度に拡大すると試算し直される。
  • 同様にGDPの減少額は▲0.75兆円から▲1.2兆円程度に拡大すると試算される。これは2021年7-9月期のGDPを▲0.9%程度押し下げることになり、年率換算では▲3.6%程度押し下げる計算になる。そして、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はトータルで+4.2万人から+6.6万人程度に拡大すると試算される。
  • しかし、延長された雇用調整助成金の特例措置が年明け以降に縮小されることになっている。雇用環境の悪化が冬場にかけて顕在化する可能性があることからすれば、状況次第では再延長も必要になってくる。
  • 今年4-6月期時点で完全失業率は3.0%にとどまっているが、男性3.3%、女性が2.7%といずれも上昇している。さらに、就業していてももっと働きたいと考えている人や、非労働力人口の中でも働きたいと考えている人も存在する。そうした人達もカウントした未活用労働指標LU4は今年4-6月期時点で7.3%の水準にあり、男女別では男性が6.3%に対して女性が8.6%の水準にあることがわかる。
  • この理由としては、非労働力人口の中でも働きたいと考えていても、就業環境の厳しさや感染を恐れて求職活動していない人たちが失業者としてカウントされていないこと加えて、女性の割合が高い非正規労働者を中心にもっと働きたいと考えている人が多数存在すること等が推察される。景気が良くないわりに失業率が低く抑えられているからと言って、楽観視できないということは未活用労働指標からも明らか。

はじめに

新型コロナウィルスの変異株が猛威を奮う中、政府は8月31日までとされていた6都府県の緊急事態宣言を9月12日まで延長することに加えて、7府県も発出地域に加える方針を固めたようだ。

宣言の下では、経済活動に抑制圧力がかかることは避けられないだろう。しかし、一方で緊急事態宣言慣れなどにより神流抑制の効果が低下していること等からすれば、今回の決定でも経済活動への悪影響が限定的になる一方で、感染抑制効果も限定的になる可能性がある。

個人消費は▲1.4兆円の可能性

過去の緊急事態宣言発出に伴う外出自粛強化により、最も悪影響を受けた需要項目が個人消費である。そして、実際に過去のGDPにおける個人消費と消費総合指数に基づけば、2020年4~5月(発出期間4月7日~5月25日)にかけての個人消費は、一回目の緊急事態宣言がなかった場合を想定すれば、▲4.4兆円程度下振れしたと試算される。

しかし、2021年1月8日~3月21日までの2回目の緊急事態宣言の影響は、同様に推計すると、第一回目の1/4程度の▲1.2兆円程度だったことが推察される。なお、沖縄を除く3回目の緊急事態宣言が4月25日~6月20日までであり、これまで4月の個人消費が▲0.3兆円下振れしていたことから、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲500億円程度押し下げていたと予想していた。

しかし、その後の消費総合指数5月分公表とともに過去のデータも改訂されたため、影響を推計しなおすと、緊急事態宣言慣れの影響か4~5月の個人消費が▲0.8兆円の下振れにとどまるとの結果になった。このため、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲203億円程度の押し下げにとどまっていたと計算し直される。そして、沖縄除く緊急事態宣言が57日間であったことからすれば、3回目の緊急事態宣言では個人消費が▲203億円×57日=▲1.2兆円程度の下押しにとどまっていたとの結果になる。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

こで、これまでの6都府県の緊急事態宣言が9月12日までに延長され、7都府県が8月20から加わる場合の影響を試算してみた。直近年の県民経済計算を基に今年4月時点で発出されていた地域の家計消費の全国に占める割合を算出すると、東京14.4%+京都2.1%+大阪7.2%+兵庫4.2%=27.9%となる。また、5月12日から発出された愛知と福岡が6.1%+3.7%=9.8%、5月16日から発出の北海道、岡山、広島が3.9%+1.4%+2.1%=7.4%、5月23日から発出の沖縄が0.9%となる。

一方、今回の発出はこれまでの東京、沖縄、埼玉、千葉、神奈川、大阪の14.4%+0.9%+5.8%+5.1%+7.8%+7.2%=41.2%に茨城、栃木、群馬、静岡、京都、兵庫、福岡の2.1%+1.5%+1.4%+2.8%+2.1%+4.2%+3.7%=17.7%が加わる。このため、地域拡大や延長も含めた今回の緊急事態宣言に伴う消費押し下げ圧力を今年4~5月の▲203億円/日を基に試算すれば、マクロの個人消費押し下げ効果としてはこれまでの▲0.88兆円から▲1.4兆円に拡大すると試算される。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

なお、家計消費には輸入品も含まれていることからすれば、そのまま家計消費の減少がGDPの減少にはつながらない。事実、最新となる総務省の2015年版産業連関表によれば、民間消費が1単位増加したときに粗付加価値がどれだけ誘発されるかを示す付加価値誘発係数は約0.85程度となっている。そこで、この付加価値誘発係数に基づけば、GDPの減少額はこれまでの▲0.75兆円から▲1.2兆円程度に拡大すると計算される。これにより2021年7-9月期のGDPを▲0.9%程度押し下げることになり、年率換算では▲3.6%程度押し下げる計算になる。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

また、近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、実質GDPが1兆円減ると1四半期後の失業者数が+5.6万人以上増える関係がある。従って、この関係に基づけば、4回目の緊急事態宣言発出により、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はトータルで+4.2万人から+6.6万人程度に拡大すると試算される。

求められる雇用への対応

このように、緊急事態宣言の延長と地域拡大に伴う雇用環境への悪影響は無視できないと言えよう。特に、最も代表的な雇用環境を示す指標である完全失業率は低水準にあるが、広義の失業率ともいわれる未活用労働指標は依然として高水準にあることにも注意が必要だろう。

というのも、完全失業率は就業者と完全失業者を合わせた労働力人口に占める完全失業者の割合を示したものだが、直近の四半期データに基づけば、今年4-6月期時点で+0.2ポイント上昇の3.0%にとどまっている。そして男女別で見れば、男性が+0.3ポイント上昇の3.3%に対して、女性が+0.1ポイント上昇の2.7%となり、男女とも雇用環境の悪化は限定的になっているように見える。

しかし、就業していてももっと働きたいと考えている人や、非労働力人口の中でも働きたいと考えている人も存在する。しかし、そうした人たちは完全失業者にはカウントされていない。このため、総務省は平成30年からこうした状況を加味した広義の失業率ともいえる「未活用労働指標」を集計して公表している。そして、中でも最も範囲を広げた未活用労働指標LU4(=「労働力人口+潜在労働力人口」に占める「失業者+追加就労希望者+潜在労働力人口」の割合)を見ると、今年4-6月期時点で前期から▲0.1ポイント低下の7.3%の水準にある。しかし、特に男女別では男性が+0.2ポイント上昇の6.3%に対し、女性が▲0.5ポイント低下してるが、それでも8.6%の水準にあることがわかる。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

この理由としては、まず非労働力人口の中でも働きたいと考えていても、就業環境の厳しさや感染を恐れて求職活動していない人たちが失業者としてカウントされていないことがあるだろう。加えて、女性の割合が高い非正規労働者を中心にもっと働きたいと考えている人が多数存在すること等が推察される。このため、景気が良くないわりに失業率が低く抑えられているからと言って、楽観視できないということは未活用労働指標からも明らかといえる。

以上の分析に基づけば、仮に緊急事態宣言の時期や期間をさらに拡大するようであれば、政府には予備費や未執行分を有効に活用した柔軟で迅速な政策対応が求められることになるだろう。特に、現時点で打ち出されている支援としては、雇用調整助成金の特例措置が年明け以降に縮小されることになっている。しかし、雇用環境の悪化はGDPの悪化に1~2四半期程度遅れて顕在化する傾向があることからすれば、少なくとも年度内いっぱいぐらいはまでは再延長も必要になってくるだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣