再生医療は、長年「未来の医療」と言われてきた。近年、世界的に市場の活性化が進み、日本国内でも関連法案が施行されるなど、産業化への環境が整いつつある。

株式会社リプロセルは、iPS細胞(再生医療の実現に重要な役割を果たすとされる多能性幹細胞)を中核とした研究支援事業とメディカル事業を推進している企業だ。ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授が、世界で初めてヒトiPS細胞を樹立した実験で使ったのが、リプロセルの培養液だったという。

現在は先端医療である再生医療の、広い一般活用を見据える代表取締役社長・横山周史氏に、再生医療の可能性や事業戦略について伺った。

(取材・執筆・構成=落合真彩)

株式会社リプロセル
(画像=株式会社リプロセル)
横山 周史(ヨコヤマ チカフミ)
株式会社リプロセル代表取締役社長
東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻博士課程修了、博士(工学)。1996年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社、住友スリーエムで新規事業開発などを担当したのち、2004年リプロセル入社。事業開発部長を経て、2005年11月よりリプロセル代表取締役社長。大阪府豊中市出身、53歳。

研究とビジネスを地道に積み上げ、設立の目的である「再生医療」事業に生かす

―御社の設立と事業の概要をお聞かせいただければと思います。

2003年、東京大学と京都大学の教授2名をベンチャーキャピタル(VC)がバックアップする形で、典型的な大学発ベンチャーとしてリプロセルが設立されました。当時、新しい医療として注目を浴びていた「再生医療」の実用化を進めることを目的としていました。

―大学発ベンチャーという特性もあり、資金調達や事業計画に関してはゼロに近い状態からスタートされたと伺いました。どのようにビジネスとして成り立たせていったのでしょうか?

大学は国から補助金を受けて研究するのが一般的ですが、会社は投資家からお金を集めるものですから、研究で終わらず、ビジネスにする必要があります。私は研究以外のファンクション、つまり管理部門や営業部門の整備、それぞれの人材採用も含めて、ビジネスにするところを担いました。

とはいっても、当時、再生医療をビジネスにするのはまだまだ難しいと感じ、もう少しビジネスになりやすい領域からスタートしようと、「研究支援ビジネス」に舵を切りました。再生医療研究をしている大学の先生に試薬を販売したり、製薬メーカーに細胞を販売したりする、サポートビジネスです。このように方向転換をしたことが、一番大きな経営判断になったと思います。

―先に事業性の高い領域へのシフトをしたことは、その後の会社経営にどんな影響を与えましたか。

2つの意味で良かったと思います。1つは、研究支援ビジネスが主軸のビジネスとして成長したことです。もう1つは、研究支援ビジネスを進めながら、技術開発を進められたこと。実は再生医療に関する技術は、研究支援ビジネスで使われる技術と同じものなのです。

ですから、研究支援ビジネスの中で大学や企業から出てきた「細胞の増殖速度が少し足りない」とか、「神経細胞を作るときの純度を高めてほしい」などのフィードバックを生かして、再生医療の研究や実験を重ねることができました。この18年間培ってきた様々な研究とビジネスをそのまま再生医療にも使えるということで、その技術の蓄積が我々の一番の強みとなっています。

上場を迎え「グローバル化」と「再生医療ビジネスへの着手」が可能となった

―設立されたのが2003年でその10年後の2013年にジャスダック市場に上場されていますが、上場はもともと目指されていたのでしょうか。

当初から目標にしていました。設立時からVCが入っていたこともあり、M&Aか上場か、何らかの形でEXITすることが会社の立て付けでもありました。ただ、もちろんそれだけが目的ではありません。

再生医療の治験や臨床試験は、本腰を入れてやろうと思うと10億や20億はすぐ飛んでしまうくらい費用がかかります。そのため未上場のままVCからの資金で進めるというのは、現実的ではありませんでした。特に日本はリスクマネーが非常に少ないので、リスクを取って大きなビジネスをしていくためには上場して資金調達することは必須だったと思います。

―実際に上場されて変化はありましたか。

はい。今まで私がやりたくてもできなかったことができるようになりました。

―たとえばどんなことでしょうか。

会社としての基本方針は設立から変えていないのですが、セミのようにずっと地下に潜っていたことが2つあります。

1つは、グローバル化です。バイオの分野はやはり日本は遅れをとっているので、世界規模で進めていかないと難しいという特徴があります。そこで我々は2013年に上場した後、2014、2015と立て続けにアメリカ、イギリスの会社を買収して一気にグローバル化しました。2018年にはインドの会社を買収し、日本・アメリカ・イギリス・インドという、重要拠点を抑えたグローバル体制が構築できたことは今後にとって大きい出来事でした。

もう1つは、設立当初から目指してきた再生医療のビジネスにようやく入れたことです。今まで日本だけで細々とやっていたビジネスがグローバル化し、研究支援だけでなく再生医療へと展開したことで、縦にも横にもぐっと事業範囲を広げられたと思います。

―ありがとうございます。IR上で気をつけていらっしゃることはありますか。

上場してからは、一般の株主の方も非常に多いので、そういう方に我々の事業を正しく伝えていくところは重視しています。かなり噛み砕いて説明しているつもりではありますが、専門的な部分はやはり理解が難しいところはあると思います。ですので、技術の深い話をすることよりは、iPS細胞を使うと何ができるようになるのか、いつ黒字化できるのか、どういうストラテジーで成長を描いていくのかという基本的な骨格のところを丁寧に説明するようにしています。

「一次情報」をもとに「自分の頭で考える」

―御社ではPCR検査のサービスもされています。ここに着手された背景についても伺えますでしょうか?

我々はiPS細胞の会社として知られてはいますが、実は臨床検査の事業も15年ほど行っております。各病院から血液をお預かりして、免疫拒絶の兆候があるかないかを調べて返却するようなビジネスです。情報セキュリティ取扱の国際規格を持ち、登録衛生検査所として15年間の管理実績もあります。

ですからPCR検査を始めることは、我々にとってハードルは高くありませんでした。これだけコロナが広がってきていたので、社会貢献の面とビジネス機会の両面を見て、参入する判断をしました。

―反響はいかがでしたか。

おかげさまでいろいろなお客様に好評いただいています。特に我々は精度の高さが強みで、陽性の場合、インド株(デルタ株)やイギリス株といった変異株まで特定できます。そこまで含めて非常に高精度の検査を提供しているということで、リピートされる方も多いです。

―次に、日々のインプット方法というところで、よく読まれる本や雑誌などがありましたらお聞かせください。

昔は経営学をはじめいろいろな本を読んでいました。ドラッカーはもちろん、人事系、マーケティング、経営管理、営業など様々で、一番好きな本は『ビジョナリーカンパニー2』です。「派手にいろいろなことをぶち上げるのではなく、一旦決めたことを地道に徹底的にやり遂げる」という内容に感銘を受けて、私の経営フィロソフィーとしています。

日常的には、たとえばPCR検査の需要が今後どうなるのか、といったニュースはチェックしています。ただ、単に流れてくるニュースを見ているだけでは不十分です。私はなるべく海外のニュースサイトに見に行ったり、データベースの原本をあたりに行ったりします。報道されたことを鵜呑みにせず、データを見て自分で考えることを重視しています。

「パーソナルiPS」で再生医療を広く普及する

―重要な姿勢ですね。ありがとうございます。今注目していらっしゃる分野や業界についてもお聞きしたいと思います。

新規事業とも関連するのですが、我々は今後、BtoCも手がけたいなと思っています。今までの研究支援ビジネスでは、大学や製薬メーカーの研究所にいる研究者相手のビジネスをしてきました。今行っている再生医療ビジネスのお客様も、広く一般の方というよりは、難病に苦しむ方、再生医療でしか治せない特殊な病気の方など、限定された方々です。ですが我々は今後、もう少し幅広く「ライフサイエンスビジネス」を展開していきたいと思っています。

―具体的にはどのような取り組みをされるのでしょうか。

個人のiPS細胞を作る「パーソナルiPS」というサービスを始めました。今現場の治療で行われているのは、他人のiPS細胞を重篤な病状の患者さんに移植するという治療です。ですが他人の細胞を使っている限り、どうしても免疫拒絶の問題が出てきます。免疫拒絶が出ると、現状ではほぼ一生涯、免疫抑制剤を飲み続けるような生活になります。

株式会社リプロセル
(画像=株式会社リプロセル)

一方で、自分の細胞を使って自分を治療することができれば、免疫拒絶が基本的には起こりません。これが究極の再生医療です。そして、それができるのは実はiPS細胞しかないのです。iPS細胞は1回作れば半永久的に保存できますから、若いときに作っておき、年を取って再生医療が必要になったときに、自分の細胞を使って治療する。これが「パーソナルiPS」のコンセプトです。

すでに行われている取り組みで、赤ちゃんが生まれたときの臍帯血を保管しておいて、その赤ちゃんが将来何か病気になったときに自分の細胞として使う「臍帯血バンク」というものがあります。パーソナルiPSはそれと似たようなビジネスですが、臍帯血より遥かに広い医療用途があります。これをBtoCとして一般の方々に普及していこうというのが、今注目している分野です。

―パーソナルiPS、とても興味深いお話ですね。最後に、今の思い描いている未来についてお聞かせいただければと思います。

1つは今お話ししたように再生医療の分野で、パーソナルiPSを含めてBtoCまで広めていくこと。もう1つが、「テーラーメイド医療」というものです。たとえば同じがんにかかった人でも、同じ抗がん剤が効くか効かないかは個人によって違うものです。

そこで、がん細胞の遺伝子を採取して解析し、その遺伝子に対して最適な薬を提案するという診断サービスを、インドで先んじて始めています。これをいずれグローバル展開していきたいですし、より個人1人ひとりが、いろいろな医療を選べる世の中にしていきたいと思います。

プロフィール

氏名
横山 周史(ヨコヤマ チカフミ)
会社名
株式会社リプロセル
役職
代表取締役社長