本記事は、野村絵理奈氏の著書『THE SPEECH 人を動かす話し方』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています
ユーモアのセンスをもったリーダーになる
笑いを誘おうとするのは明らかに弁論家のなすべきことです。なぜなら、朗らかさそのものが、その朗らかさを引き起こした人に(聴く人の)好意をもたらしてくれるものであるから……(略)。(キケロー『弁論家について・下』大西英文訳 岩波文庫 2005年)
あなたのスピーチをよりリーダーにふさわしいものに仕上げるために、絶対欠かせないもの。
それは、ユーモアです。
ユーモアは、スピーチする人の物の考え方や行動、価値観、そして人間としての面白みや余裕を一瞬にして伝えることができます。
さらに、ユーモアがもつ最大の効果は聞き手の心をほぐすことです。
種をまいたり水を撒いたりする前に、土をしっかり耕し、柔らかくしておく必要があるように、聞き手に必要なメッセージを伝える前に、その心をきちんとほぐしておくことがとても大事なのです。
ただし、落語家やお笑い芸人のように笑いを取ろうと狙いすぎるのは失敗の元です。中途半端なギャグで、「ここは笑ったほうがいいのだろうか」と聞き手に気を遣わせてしまうような結果になれば、本末転倒になってしまいます。
ユーモアを取り入れる手段として失敗が少ないのは、つい表情がほころび、クスッと笑えるようなエピソードを披露することです。
ですから、日常で遭遇するそのような出来事に敏感になり、いつでも取り出せるよう準備しておくとよいと思います。
そこに、特別な笑いのセンスは必要ありませんが、何ごとにも遊び心をもつように心がけることは大切です。
また、短いジョークを使うのも良い方法です。ただし、誰かを傷つける可能性があるブラックジョークは避けるべきです。
特に外見や能力を取り上げてジョークにする場合は、その影響を慎重に考えたうえで使うようにしましょう。
(略)弁論家と下品な嘲り屋とを分ける違いは、時に対する慮りと、揶揄そのものの節度と自制と、それに言葉の即妙さということになりますし、また、その違いはこういう点にもあることになります。つまり、われわれ弁論家は、滑稽な人間と思われたいがためにではなく、何かに役立てようとして、訳あって揶揄を語るのに対して、嘲り屋のほうはのべつ幕なしに、訳もなく語るという点です。 (前掲「弁論家について」)
ジョークを使う場合はいつも、相手への影響や、節度というものを考えなければいけません。例えば、生徒さんで、こんなジョークをスピーチに取り入れようとしている方がいらっしゃいました。
「田中さんは、現役中仕事はあまりしないタイプでしたが、定年退職されてから趣味には力を入れていると伺っています」
定年した上司の近況をジョークとして取り入れようとした例です。
確かに笑いは取れるかもしれませんが、「元上司に対して失礼なのではないか」と聞き手に感じさせてしまう危険性があります。
スピーカー自身がその上司ととても親しい関係だった場合、このようなスピーチになりがちなのですが、そういう距離感や上下関係に対する価値観が聞き手と共有されていることが明らかでないなら、配慮は必要です。
では、このスピーチが、人によっては失礼だと取られてしまう原因はなんなのでしょうか。
それは、「仕事をあまりしない」と否定の言葉を使っているせいです。
内容はほぼ同じでも、例えば、
「田中さんは、定年退職されてから趣味を満喫されていて、仕事をしている頃よりお忙しいと伺っています」
これなら、否定の言葉が入らないので、〝批判〟の要素はありません。それでいて、程よいユーモアも感じられます。爆笑は起こらないかもしれませんが、会場には和やかな空気が流れ、聞き手の心もほぐれるはずです。
実際にこのようにジョークを変えて、本番では笑いを取るのに成功したということでした。
もちろん、自分自身のことなら、第三者を傷つけることはないので、難易度はぐっと下がります。
また、あなたの人柄を魅力的に伝えたり、親しみやすさを感じさせるという効果もありますので、ちょっとした失敗談などを面白おかしく披露するのもよいでしょう。
ただし、聞き手が笑うことを躊躇するほどの自虐ネタや、結果的に第三者を含めて下げてしまうようなネタは、やはり避けるべきだと思います。
エグゼクティブスピーチにおけるユーモアは、豪速球ではなく、ふわっと投げてストライクを取るようなイメージがベストです。同じ場所に投げるにしても、受け取る相手にとって、優しく受け取りやすい球を投げることが重要なのです。
リーダーズ・スピーチ 実例 人の心を明るく照らすユーモアの神髄
〈1976年本田宗一郎SONYで行ったスピーチより一部引用〉
ホンダの創業者である、本田宗一郎氏は、1982年、政府の行政改革について語った講演会の中で、「日本人にはユーモアが足りない」と一喝しました。落語などに代表される日本の笑いと、自身がアメリカで経験したコミュニケーションの一環であるユーモアの位置づけは違うとして、「ユーモアとは、相手と付き合う時の余裕であり、相手を惹きつける言葉である」と話しました。
そして、これからの国の在り方について「我々が笑顔でみんな健康に、豊かな暮らしをしたい。そういう意味でもぜひ冗談を飛ばせるような国民になって余裕のある生活をみなさんのお力で実現したい」と結んでいます。
そんな本田氏が、1976年にSONYで行ったユーモアに溢れる貴重なスピーチをここでご紹介しましょう。
只今ご紹介にあずかりました本田でございます。えー、ぼくの碁はザル碁。碁じゃなくて将棋でございますが。 ぼくは、〝王様〟なしでいっぺん将棋をやってみたいと思ってるんですよ。安心してやれるからね。王様があるためにこっちは苦労してるんですよ! そうすりゃ、角と飛車をしっかり守ってりゃいいんだからね(笑)。まぁ、そんくらい程度のものですよぼくは(会場笑い)。 そのとこへ、升田名人がひょっと来て 『お前のうちは、うまく歩を使ってるな。歩というのは素晴らしいものだよ。敵陣に行けば、〝金〟になる。だから、とられても相手が使うときはもう〝歩〟だ。こんなに合理性のあるものすごいいいものはない。これをうまく使うやつが名人だ」 と、こう言ったんです。その彼がぼくに三段をくれるって言うんですよ。「本田、お前に三段をくれてやる」と。それはいいな、大丈夫か?って言ったら、その代わり一つ条件があるって言うんですよ。 「絶対に他人ともやらんと、あれ(念書)を書け」 ってね(会場笑い)。
あのホンダの創業者のスピーチが始まるということで、おそらく会場には、ピリピリした緊張感が漂っていたはずです。
ところが、本田氏はまるで隣のおじさんが話しているような口調で、「まあ、そんくらい程度のもの」だという自分のエピソードを話し始めます。会場から起こる笑いは、会場の緊張が緩み、聴衆の心がほぐれていくのをよく物語っています。
しかも、ただ面白いエピソードを語っただけではありません。経営を将棋にたとえながら、「歩を上手く使うやつは天才」というメッセージを伝えています。
そのことを真面目に語るのではなく、ユーモアを主題に語るこのスピーチからは、本田氏の包容力や器の大きさが十分に伝わってきます。
聞き手に親しみを抱かせ、安心して笑えるエピソードを披露する──。
これは、リーダースピーチのユーモアとしてまさに理想的で、多くのリーダーたちに磨いていただきたいスキルだと思います。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます