本記事は、野村絵理奈氏の著書『THE SPEECH 人を動かす話し方』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています
人柄が信頼されてこそスピーチは成功する
人柄によるとは、語り手を信用に足るものとする、そうしたやり方で弁論が語られる場合である。われわれは優れた人物に対してはよりいっそう、より速やかに信を置くものであるから。(「弁論術」第1巻 第2章/前掲「アリストテレス全集18」)
「語り手の人柄による説得」とは、言うまでもなく、あなた自身の人柄を聞き手に信用してもらうことです。
人柄が優れた人物の口から語られる話だからこそ、聞き手に信用されるというのは想像に難くはないでしょう。
たとえスピーカーのことをまだよく知らなくても、場合によってはそこで初めて会った人物であっても、その人物を好ましいと受け取れば、聞き手はその人の話に耳を傾け、その人が望む方向に動いてみようというモチベーションを上げられるものです。
接客業の研修などでは「信頼関係の階段」という下図を使って、初対面の相手と関係性を築くまでにはいくつかの段階があることをレクチャーします。初対面の人が相手を信用するまでには、警戒→疑心→理解→共感→信頼という5つの段階があり、お客さまに信頼してもらうために、どのようにして、その階段を一段一段登っていくかというトレーニングを行うのです。
店に入り店のスタッフと目が合った瞬間にその人のことを信頼する人はまずいません。誰しも最初は相手を〝警戒〟し、「この人はいい人なのだろうか、嫌な人なのだろうか」と思いを巡らせます。
「何かお探しですか?」と明るい声で話しかけたとしても、それだけで心が打ち解け、買う決断をすることはないでしょう。
「この人は強引に商品を買わせようとはしないだろうか」という〝疑心〟がまだ拭えないからです。そのような状況の中でも「今日はお仕事帰りですか?」「最近寒くなりましたよね?」というようなスモールトークを展開しながら丁寧な接客を続けていると、その人の心の中に、「もしかすると、この人はいい人かもしれない。この人の話を聞いてみよう」という〝理解〟の気持ちが生まれます。
お店の人の話の内容が腑に落ちたらやっと、〝共感〟のフェーズに入ります。そうすれば、「このマフラーは本当に暖かいですね」とか「手袋もお揃いで買ってみようかな」など、お客様は、自らすすんで相手と会話しようとし始めます。
共感のフェーズまでは会話で成り立っていますが、〝信頼〟には実を伴います。つまり話しているだけでなく、それを実行して示す必要があるのです。
この場合で言うと、お客様に対して良い品物を提供し、満足してもらえた時に、最上段の信頼に登り詰めることができます。
信頼関係を勝ち取ることができれば、この店に再び来店し、「この人から薦められたものを買いたい」という心境になります。
すなわち、顧客を〈ファン化〉することができるのです。
よく言われることですが、優れた営業パーソンというのは、商談が始まるや否やいきなり商品の説明をすることはありません。顧客(聞き手)との関係性が警戒、疑心という段階にあるうちは、何を言っても疑われやすいことを知っているからです。
まずは自分に対する警戒を解き、怪しい者ではないかという疑心を払拭するために、スモールトークで場を和ませたりして、自分自身を顧客に受け入れてもらうことから始めるのです。
このようなセオリーはスピーチにも当てはまります。
初対面、もしくはあまり親しくない人、自分の管轄以外の部課の社員などが聴衆である場合、あなたがどれだけ立派な人物だとしても、彼らのほとんどはあなたを警戒し、さまざまな疑心を抱きます。
「つまらない話が始まるのでは?」 「お説教じみた話を聞くのは退屈だな」 「昨日あまり寝てないのに、長い話を聞かされるのかな」
そんな、警戒と疑心に満ちた聞き手の心を溶かし、理解共感を経て、信頼のフェーズまで登り詰めたあとでなければ、どんなに良い話をしたところで、相手の心を動かすことなどできません。
多くの人たちが犯している決定的なミスは、内容を上手に説明することばかりに注力することです。
もちろんそれでも、〝理解〟の段階くらいまで導くことはできるので、話を聞かせること、つまり自分の言いたいことを伝えることは不可能ではありません。
しかし果たしてそれはあなたのスピーチの最終目標なのでしょうか。
あなたが目指すスピーチのゴールは、説得、すなわち、「説明を基に、聞き手の心を動かし、行動を促すということ」のはずです。
そうであれば、本題に入る前に信頼のフェーズにもっていくこと。これがとても大事です。
そのために何が必要か。
それが、ほかならぬ、〈語り手の人柄〉という要素です。
あなたがまず優先させるべきは、説明から入ることではなく、あなたが、「信頼するにふさわしい人柄」であることを聞き手に伝えることです。それがなされぬまま本題に入っても、聞き手はあなたの話に心を動かされません。一生懸命説明したとしても、あなたの最終目標は達成できないということになるのです。
「自分の人柄をスピーチに盛り込んで、聞き手に伝える」と言っても、ここで言う人柄とは、肩書きや経歴のことではありません。
それはあくまでも、「あなたがどんな人物であるのか」という人柄であり、さらに言うと、「聞き手にとって好ましい人柄」です。
しかし、肩書ならともかく、人柄となると簡単には言語化できないことにあなたは気づくでしょう。
言語化以前に、自分がどういう人柄であるかに、気づいていない、あるいは考えたことがないということもあるかもしれません。
あるいは、「自分は人から信頼されるような人柄ではないのではないか」と不安になるかもしれません。
果たして、あなたは自分の人柄をどう伝えればよいのでしょうか。
まずはそれを探ることから始めましょう。
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