要旨
今後のネット消費で注目されるのは、事業の海外展開である。特に、世界最大の中国市場への越境ECは期待される分野だ。魅力はその規模だけではなく、新しい事業モデルが中国で生まれて、日本企業にも大いに参考になる点である。
中国人の爆買いはどこへ行ったか?
コロナ禍に見舞われて、消費がネットシフトする動きは世界中で起こっている。日本よりもデジタル化が進んでいる国は特にそうである。eMarketerによると、世界のEC取引額は2020年4.28兆ドル(471兆円<1ドル110円換算>、BtoC取引、旅行・チケットを除く)にもなるという。
各国のECサイトで国をまたいで行われる取引を越境ECと呼ぶ。企業が海外の消費者向けに販売するBtoCの取引である。経済産業省の調べでは、2020年は日米中の3国合計で6.3兆円が取り引きされて、その消費額は前年比14.0%で伸びている。そのうち、特に伸び率が大きいのは、日本→中国への販売額である。中国の消費者が、ネットで日本製品を購入する額と言い換えることもできる。2020年の19,499億円(2019年16,558億円、前年比17.8%)は、2020年の訪日中国人の消費額(2,536億円)を遙かに上回っている。これはコロナ禍の影響であるが、日中間の越境EC1,9499億円は、2019年の訪日中国人の消費額17,704億円さえもを上回っている。2020年の日本→中国のネット消費額は、以前から訪日中国人の消費を上回りそうな勢いであったが、それがたまたまコロナ禍と重なったのだ。以前から中国人が日本で爆買いをしていた動きが影を潜めて、その購買活動がネットシフトしていた動きが、ここにきていよいよ顕著になったと言える。折から、「なぜ、訪日する中国人は爆買いをしなくなったのか?」ということが話題になった時期があったが、その答えが「中国でネットで日本製商品を買うようになったからだ」と言える。コロナ禍では、日本旅行ができなくなったので、ネットシフトが一段と加速したと理解できる。これは見方を変えれば、「中国人の爆買いは、コロナ禍の2020年も止まらずに増え続けた」という理解もできる。
今後、訪日外国人の往来に目途が立たない中で、こうしたEC取引を通じて、日本製商品を海外に売り込んでいくことは、経済成長の一つの活路になるだろう。
中国向けECの成長の可能性
EC市場で世界最大の市場を誇るのは、中国である。中国の個人消費に占めるEC取引額は2.41兆ドル(265兆円<1ドル110円換算>)。これは、世界のEC市場の半分以上(56%)に相当する。中国では、個人消費の44.0%(ドルベース、2020年)がEC取引で行われる。毎年、独身の日(11月11日)に行われる大キャンペーンは、日本でも有名だ。その成長力も際立っており、前年(1.93億ドル)よりも24.9%も伸びた。その中に、日本からの越境EC分19,499億円も含まれて、こちらは前年比17.8%伸びた。中国では、ここ数年、日本が越境ECの人気相手国の第一位である。その内訳は、化粧品、美顔機器、健康食品・サプリメント、ベビー用品、食料品、シャンプーなど洗顔料、各種日用品、アニメ・漫画関連グッズなどである。これらは、訪日中国人が中国に帰った後も、通販サイトで日本製品を買ってくれているから、そうした市場が膨れ上がっている。見方を変えると、日本を訪れたときにリアル店舗で買って、その良さを実感して、2回目購入からネットに誘導された需要だとみることができる。ネット取引を通じて、リピーターをうまく囲い込んでいる姿だと理解することもできる。
最近は、中国の通販サイトには、日本製商品のコーナーが設けられて、中国の消費者が訪日して購入した商品をそこで買い求めやすくなっている。日本企業がそこに出店することも、仲介者が登場してきて、以前に比べて容易になっている。考えてみれば、ネットを通じて中国に商品を売り込むことのハードルは格段に下がったと思える。かつては、中国に現地法人を置き、そこでは現地人を雇って販路を開拓しなくてはならなかった。現地法人の設立の場合、一度投資をすると、なかなか撤退もできない。日本とは異なるルールに従う必要もある。ネットを通じた出店は、そうした多大なイニシャル・コストがなくて済む。仲介者の中には、日本語対応ができる事業者も多くあるようだ。これは、中国側でも、日本からEC取引を増やすことに熱心であるである。
越境ECは、直販方式と保税方式がある。いずれも貿易手続きは必要だが、保税区方式は利便性が高い。この保税区は、日本企業が決められた保税区内に倉庫を置き、注文があった商品を保税区の倉庫から出荷する。船便で送るよりも格安、かつ迅速に消費者に商品を送ることができる。しかも、一部の税金は、保税区を使うことで免除される。中国向けのEC取引は、4年間で1.5倍(2017年→2020年)という猛スピードで成長し、今後もその高成長は継続すると予想される。
中国向けECが増える背景
アフターコロナを展望しつつ、中国向けEC市場が拡大しそうな要因がある。その理由は、単にコロナ禍でインバウンドが再開しないという理由ではない。以前、筆者は、JETROの2018年の資料をみていて不思議に思ったことがあった。中国人が日本製品を購入するルートが当時は、SNSが40%で、越境ECが35%、日本旅行が25%となっていた。その資料を読んで、このSNSとは一体何かがわからなかった。調べてみると、これは日本に旅行に来たり、日本在住の中国人が、代理購入して、中国にいる希望者に日本製品を売る活動であった。ソーシャルバイヤーとも言う。個人が輸入業者になり、自前の資金で日本に仕入れに来て、中国で売りさばく行為だ。かつての爆買いは、そうした代理購入の購買力によって支えられていた訳だ。これは、BtoCではなく、ほとんどCtoCの取引である。過去、2010年頃は、越境ECはほとんどなく、中国人が自国で日本製品を購入するのは、CtoCであった。2019年は、越境ECが増えて、そうしたCtoCがかなり減ってきた。背景には、2019年1月からは、中国の電子商取引法が改正されて、行政許可の取得や納税義務の厳格化が行われて、代理購入が以前に比べて行いにくくなっている。おそらく、その流れは、越境ECの増加へと日本製品の購入をシフトさせる圧力にもなっている。
また、今後、訪日中国人の受け入れを以前のように解禁することは、しばらく先になるだろう。これも越境ECを増やす要因になりそうだ。
越境EC参入の効用
今、日本企業が中国企業から学ぶべきことは多い。EC取引については特にそうだ。中国市場は、世界中でもっともデジタル化が先行する社会だ。日本企業は、そこからヒントを得て新しい成長モデルを構想することが可能だろう。中国への越境ECを始めることは、その足掛かりをつくることにもなる。単に、中国市場が成長するから越境ECにチャンスがあるという理屈ではなく、技術進歩の活力をもらうのである。
例えば、日本のネット事業をしていない玩具製造の中小企業が参入したとしよう。中国のECサイトで商品を販売してもらえるようにすると同時に、日本で中国の顧客向けの中国語ホームページを作成する。商品サービスの解説・紹介を動画サイトの映像で紹介してもよい。カスタマー・サポートは電子メールやWeb会議サービスなどでも行う。加えて、自社HPからの直販が可能できる体制にすれば、HPから閲覧者のアスセス情報を捕捉して、顧客が何を望んでいるかを知ることができる。自前のHPを同時に持つことで綿密な分析ができる。
デジタル時代の経営は、データ分析によって顧客ニーズを探ることが役立つ。分析を通じて社内人材も育つから、マーケティングの力も付く。いずれは、中国の競合他社がどんな戦略でサービスを展開しているかを研究することができる。これらの活動は、越境ECに限定された効果ではないが、競争の激しい市場に参入して得られるメリットだ。もしも、そうした経営革新に成功すれば、中小企業が長足の飛躍(リープフロッグ<蛙跳び>)できることにもなる。
価格競争から顧客満足度競争へ
インターネット上の販売競争は、熾烈な値引き競争を誘発することは、すでに拙稿「巨大化するネット消費(中編)」で論じた。そのため、ネット通販などでは、ポイント付与やキャンペーン期間を設定して、お買い得感を演出する方向に舵を切っている。筆者が注目する販売手法の多様化だ。単なる割引ではなく、ライブコマースを組み合わせて販売数量を増やす手法である。中国の大手通販サイトは、祝日ではない日を「独身の日」と定めて、その日にライブコマースを通じて大掛かりな販売キャンペーン行事を配信している。毎年、そこでは巨大な売上が計上される。その成功を見て、競合相手は創業記念日に同じようなキャンペーンをして、同様にライブコマースで巨大な売上を叩き出す。こうした手法は、最近では新製品を発売するとき、記者会見の模様をネットで生中継することに応用されている。ライブコマースでは、事前にSNSで配信を予告し、話題を盛り上げてから視聴者を増やす。単なる広報ではなく、商法として一体化するところが斬新だ。
その活動を分析すると、消費者が「見たら欲しくなる」心理をうまく利用している。非ネット取引でも、家電販売などの店頭販売では、価格競争に対抗するために、「見たら欲しくなる」演出を心掛けると言われる。それをネット内での販売活動に応用したのだと筆者は考えている。
さらに、抽象的に考えると、事業者が顧客の欲求をどう高めるかという仕掛けづくりがネットビジネスの新しいテーマになっている。その点を工夫することが、価格だけの競争圧力を回避する行動にもなる。「顧客満足度」をいかに高めて売るかで、非価格競争力を高める。ネットは元来価格競争が激しくなるので、ネット事業者は自然とそれを回避した競争に向かうのである。1つ1つの商品を安く売っても、その顧客が次に同じサイトで買ってくれる保証はない。だから、ネット事業者は、リピーターになってくれるように、顧客に愛着を持ってもらう継続購入をしてもらえる活動に注力する。これは、顧客の囲い込み戦略でもある。ネットビジネスでは、顧客体験(User Experience、UX)とか、消費者体験(Consumer Experience、CX)という言葉が使われる。
経済学的には、「消費者余剰を最大化する」という言葉がそれに対応する。ただ、経済学の教科書では、価格引き下げが、消費者余剰を最大化するとしか書いていないが、ネット事業者は多様な仕掛けをつくって演出する。UXとかCXという用語は、消費者余剰の拡大競争だと捉えると、筆者にはわかりやすい。
中国市場の新しい手法
中国では、近年デジタルを土台にしたビジネスが次々に生まれている。その中で合言葉になっているのは、オンラインとオフラインの融合(OMO、Online Merges with Offline)である。デジタル=オンラインが、実店舗=オフラインと融合するという。実店舗の運営の中でデジタルを用いるとき、デジタルが土台になって実取引を包み込むようになることを融合という。これも、顧客満足度を高める活動と言われる。
実例として、電動アシスト自転車のレンタルサービスは、イメージしやすい。私達は、自転車を借りるとき、スマホで予約して駐車場に行き開錠する。5時間ほど利用してから、その自転車を別の駐車場で乗り捨てる。その時は施錠して返却する。予約から開錠するときに、ネット上で契約が行われて、施錠して返却するときに契約が終わり、そこで電子決済で支払いが行われる。契約と支払いは、ネット取引(オンライン)である。無人取引であり、キャッシュレス+ペーパーレスになっている。ここはネットの利点だ。利用者は、スマホをプラットフォームにして、契約・支払いなど事務を完全に処理できている。事務処理をネット上で行うのが、OMOの特徴になる。
それに対して、日本では、ネットビジネスはインターネットの中だけで完結するという発想が根強い。実店舗の事務処理は、ネットを使わない電子機器で処理されることが多い。オンラインとオフラインが独立して考えられる。
しかし、OMOの考え方では、実店舗をショールームのようにして消費者に活用してもらい、購入はネットのサイトでしてもらえばよい。実店舗で売上が増えなくても構わない。実店舗は、顧客が商品の良さを体験する場だと割り切る。実店舗で触って、すばらしいと顧客が思えば、顧客はSNSでコメントをしてくれるから、間接的にネット販売の売上増加に寄与する。
おそらく、日本のネット消費の分野では、すでにオンラインとオフラインを融合させたビジネスモデルがいくつも存在するだろう。それでも、先行する中国のモデルは、今後の日本のネット消費産業を進歩させていこうとするときのモデルケースとしてなっていくと考えられる。(提供:第一生命経済研究所)
参考文献:「アフターデジタル」(日経BP社、藤井保文・尾原和啓共著)、「アフターデジタル2 UXと自由」(日経BP、藤井保文著)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生