次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスが混在する大変化時代のどこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUU online総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。

今回のゲストは、クックビズ株式会社代表取締役社長の藪ノ賢次氏。同氏に事業展開のきっかけや軌跡、飲食業界の未来予想図、自身の競争優位性などを聞いた。

(取材・執筆・構成=菅野陽平)

飲食業界は「立地優位」から「コンテンツ優位」へ 利用者に寄り添い高LTVを実現する――クックビズ株式会社
(画像=クックビズ株式会社)
藪ノ 賢次(やぶの・けんじ)
クックビズ株式会社代表取締役社長
大阪府出身。2004年に大阪府立大学工学部卒業後、すぐに起業。
いくつかのサービスの立ち上げを経験し、07年にクックビズ株式会社を設立し、代表取締役に就任。「食に関わるすべての人の成長を実現する」をミッションに、飲食店とそこで働く人材のミスマッチを無くすため、採用活動・転職活動を支援する人材サービスを手がける。17年、東京証券取引所マザーズ市場へ上場を果たす。
冨田 和成(とみた・かずまさ)
株式会社ZUU代表取締役
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手がける。13年4月株式会社ZUUを設立し、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の18年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。

飲食業界のアナログな採用活動をアップデートしてきた十数年間

クックビズ

冨田:まず、現在の事業展開のきっかけや軌跡について教えていただけますでしょうか。

藪ノ:大学を卒業した後、「少ない元手でどんな事業ができるか」を考えていたなかで浮かび上がってきたひとつのアイディアが「人材ビジネス」でした。2006年から事業のフィジビリ(フィジビリティスタディ:実現可能性)を始めて、07年に大阪で起業したわけですが、当時は医療系や介護系など特化型人材ビジネスが台頭してきた頃でした。

人材ビジネスの主流が派遣から紹介に移り変わっていること、そして特化型が台頭し始めることを感じていました。そこで、何に特化してやろうかと考えたときに、関西らしさを出せて、日本の強みでもある「食」が良いだろうと。そういった流れで、まずは飲食業界特化の人材紹介サービスを始めました。

今もそうですが、人材ビジネスを立ち上げる際は、自社でデータベースを構築するというより、すでにある大手人材会社の求人メディアのデータベースにスカウトメールを打って、候補者を募っていくという流れでビジネスを展開していきます。

ただ、従来のホワイトカラー中心のデータベースだと、飲食業界に当てはまるブルーカラー人材が少ないため、ゼロからデータベースを作っていかないといけませんでした。そこで、求職者になじみの深い求人サイトである「クックビズ」を立ち上げました。

まずは求人メディアとしてクックビズの認知度を上げていきながら、応募があった人に転職コンサルティングをして、飲食業界に広く斡旋していく形です。求人メディアと人材紹介を織り交ぜたようなビジネスモデルで事業を立ち上げました。

12年には求人メディアの広告掲載サービスを開始し、今では2つ目の事業の柱になっています。その他にも「ダイレクトプラス」という求職者に直接スカウトできるダイレクトリクルーティングサービスも提供しており、これが今一番伸びている事業です。

紹介、求人メディアの広告掲載、データベースへのスカウトといったさまざまな手法で飲食従事者を採用できるのは、我々が参入する前はほとんどなかったことかと思います。それまでは店先の張り紙や求人フリーペーパーなどで採用活動をしていましたが、この十数年でだいぶ採用方法をアップデートできたのではないかと考えています。

「採用される側」が段々と「採用する側」に回る循環が起こり続ける

冨田:飲食従事者のなかでもさまざまな職種があると思いますが、マッチング数のトップ3はどのような職種なのでしょうか?

藪ノ:クックビズという名前もあってか、調理経験者が一番多いですね。その次に店舗管理のマネジメントスタッフ、いわゆる店長候補者です。その次に多いのが接客業務の正社員です。多い順に調理、店長候補、接客ですね。従来のアルバイト主体の求人メディアや求人サービスでは取りにくい層がメインユーザーとなっています。

冨田:そこがすごいですよね。アルバイトでダイレクトリクルーティングといっても、違った業界に移ってしまうことも多く、リピート率が高くないので、なかなかストックが貯まっていかないと思います。いま挙げていただいたような方々は、飲食業界の外には出ていかず、飲食業界内で転職されるケースが多いのでしょうか?

藪ノ:そうですね。早めの独立を考えている人は、30〜40歳で独立開業することから逆算して、10〜15年くらいキャリアを積んでいくのですが、多い人は2、3年に1回転職します。

色々なシェフのもとで修行したい、さまざまな規模の店舗のマネジメントを経験したいというニーズから考えると、ジョブホッパーというわけではなく、飲食業界においては健全な転職スタイルだと思っています。なかには10年間で3回目、4回目という利用者もいて、単価が低いことを転職回数で補っているという構造になっています。

冨田:転職のたびに利用してもらえれば、生涯LTVは高まっていきそうですね。独立開業希望者はどれくらいいらっしゃるのですか?

藪ノ:アンケートベースですが、大体4割くらいの人が「独立したい」と回答しています。独立開業すると、今後は「採用される側」から「採用する側」になるので、当社がしっかりと独立開業希望者に寄り添っていければ、LTVはある意味無限と言えなくもありません。

冨田:立ち上がっていく人(独立する人)が多いこともポイントですよね。起業当時はバーティカルな人材で切る事業がトレンドだったとのことですが、そのバーティカル領域のなかでどんどん新規に立ち上がっているかが重要だと思います。メディカル業界にも言えると思いますが、「採用される側」が段々と「採用する側」に回る循環が起こり続けるわけですから、半数近くが独立希望されているというのは、すごいマーケットですね。

CRMで顧客管理しながら、いかにLTVを伸ばしていくか

冨田:コロナ禍で実店舗に一定の影響はあると思いますが、一方でゴーストレストランや出張シェフといった需要は増えているように思います。コロナ禍に適合した独立開業も増えているのでしょうか?

藪ノ:コロナ禍においては、不動産の空きも増えてきていますし、実店舗やイートインに頼らないスタイルのほうがリスクが低いこともあり、これまでの価値観は薄くなっているように思います。

これまでの価値観とは「立地がすべて」、例えば「銀座の一等地にお店を構えることがすべて」といったものですね。自分のライフスタイルや目標設定に沿った独立の形が増えているのは、多様性という意味では良いことかと思っています。

冨田:となると、接客スタッフの採用数が少なくなる代わりに、マーケティングスタッフやブランディングスタッフの需要は多くなるのかもしれません。フードデリバリーサイトに並ぶと他店との差別化が難しく、商品開発力が重要になってくるため、そのような能力を持つ人材が必要になってくるかもしれません。

クラウドファンディングで資金調達することも増えてきましたし、DX推進もそうですが、今までの飲食従事者が持つケイパビリティ(能力)ではなかなか対応できないのであれば、飲食業界人材の定義が広がり、マーケットも大きくなりそうですよね。

藪ノ:おっしゃるとおりですね。多くの飲食企業が悩んでいるのは「どんな業態を出せばイートインや酒類提供に依存しないで売上を確保できるのか」ということです。特に、デジタルを使って販売していき、CRMで顧客管理しながら、いかに売上を伸ばしていくかが注目されています。

今までの飲食業界と比べると、相当ハイレベルな戦いになってきていて、商品開発や業態開発ができる人、システムを構築できる人、DXの設計ができる人などの需要が伸びていくと思います。

そこで、正社員をマッチングするだけではなく、ホワイトカラーで増えているプロ派遣、業務委託のような形でマッチングができないかということをテストマーケティングしている最中です。そういったマーケットをゼロから創ることができれば、当社の業績伸長のみならず、業界貢献にもつながると思っています。

飲食業界は立地優位からコンテンツ優位へ変わっていく

冨田:なるほど。昔、ベンチャー・リンクさんがフランチャイズモデルを開発して、飲食業界のビジネスモデルに風穴を開けたように、クックビズさんが飲食業界を変える可能性を感じました。藪ノ社長のなかに「飲食業界はこう変わっていくのでは?」という未来予想図はありますか?

藪ノ:今までは「店舗ありき」の時代で、すべてのビジネスモデルが店舗を中心に構築されていました。それは飲食企業だけではなく、既存の販促メディアさんもそうですし、当社の営業体制もそうです。しかし、これからは「店舗の立地自体が競争優位性」「どの立地に何の業態をあてるかが重要」という時代から、コンテンツそのものが重要な時代になっていくと思います。

コロナ禍になってからは、強いコンテンツを持ち、ブラッシュアップし続けている企業が支持されていると感じています。これからは「いかに強いコンテンツを作るか」、そして「デジタルを含めて、そのコンテンツをどのようなキャッシュポイントで稼ぐのか」ということが重要だと思います。

ただ、強い業態を作っている会社は数えるほどしかありません。そこで、今後はゴーストレストランをテストマーケティングに使うことが増えるのではないかと思います。ゴーストレストランでPDCAを回していきながら、当たりそうなものはそこで初めて大きな経営資源を投下するといった流れです。立地優位からコンテンツ優位へ変わっていくと思います。

我々の強みは飲食業界のクライアントが多いことだけではなく、飲食従事者のデータベースがあることです。そのうちの何割かは独立して、時間と共に事業主になっていくはずです。今のような時代の変化が激しいときはニューリーダーが生まれてくると思いますので、そのような未来の担い手に一番リーチできているのは、もしかしたら我々のような人材会社かもしれません。

10年といったスパンで世の中の流れを読んで、胆力を持ってやり抜く

クックビズ

冨田:大変興味深いお話です。最後に、藪ノ社長個人について質問させてください。昨今は「取締役のスキルマトリックス」という話題もよく耳にするようになりましたが、ご自身が過去の経験から思う「自分自身の競争優位」については、どのようにお感じでしょうか?

藪ノ:自分のことはなかなか言いづらいですね(笑)。

冨田:そうですよね(笑)。「過去の経験から」という視点だとどうでしょうか?何がコアコンピタンスの経営者でいらっしゃるのでしょうか?

藪ノ:クックビズは2007年に創業したのですが、最初の投資家が見つかるまで5年くらいかかりました。もしかしたら、少し時代の流れより先に行き過ぎていたのかもしれませんが、自分たちが信じた未来を実現するまで粘り強く活動できているので、継続力、忍耐力、胆力といった力はあるかもしれません。

起業前に「飲食業界に特化した人材ビジネスを始める」と周りに言ったら、それこそ100人中100人が「無理だよ」という返答でした。しかし、いざ大きな波が来たときにそのマーケットにいないと戦えません。自分はこのビジネスが世の中に求められる自信がありましたので、そういう意味では10年といったスパンで世の中の流れを読んで、タイミングが来るまで何とかマーケットに留まり、胆力を持ってやり抜く能力には長けているのかもしれません。

また、直下の人間に挑戦する機会を与え続けることは特徴だと思います。私のような創業社長は1人ですべての判断をしがちですが、「自分の器以上に会社が大きくなっていかないことが悩み」という創業社長は、会社規模に問わず多くいらっしゃるはずです。

私は財務さえ尽きなければ、いくらでも失敗してもいいし、成長機会を待てると思っています。直下の人間にビジョンと方向性を伝えて、ある程度の執行を任せて、引き上げていく力はあるのかなと思います。

実際、過去の取締役もピカピカのトラックレコードがある人間ばかりではなかったですが、5年くらいかけて別人のように成長し、自分の右腕になってくれた人が1人ではなく複数います。少しおこがましいかもしれませんが、「人生を変える機会」を与える力はあるのかなと思っています。コミュニケーションを充実し、自分以外の人材にもどんどん裁量を与えチームで執行していきながら、規模を拡大していくというのは自分の特徴だと思います。

冨田:経営者を見て投資をされる方もいらっしゃると思いますので、大変有意義なお話を伺わせていただきました。本日はありがとうございました。

プロフィール

氏名
藪ノ 賢次(やぶの・けんじ)
会社名
クックビズ株式会社
役職
代表取締役社長
出身校
大阪府立大学工学部