ビジネス界をリードする経営者は、今の時代をどんな視点で見ているのか、どこにビジネスチャンスを見出し、アプローチしようとしているのか。特集「次代を見とおす先覚者の視点」では、現在の事業や未来構想について上場企業経営者にインタビュー。読者にビジネストレンドと現代を生き抜いていくためのヒントを提供する。

今回は、焼津水産化学工業株式会社、代表取締役社長の山田潤氏に話を伺った。

(取材・執筆・構成=菅野陽平)

焼津水産化学工業株式会社
(画像=焼津水産化学工業株式会社)
山田 潤(やまだ・じゅん)
焼津水産化学工業株式会社代表取締役社長
2001年3月 早稲田大学大学院 理工学研究科卒業
2001年4月 焼津水産化学工業株式会社 入社
2014年4月 開発本部 開発センター センター長
2014年7月 執行役員 開発本部長兼開発センター長
2015年6月 取締役執行役員 経営統括本部長
2016年4月 代表取締役社長

調味料と健康食品原料の2つが事業の柱

――改めて自己紹介をお願いします。

2016年から社長を務めております山田です。プロフィールはこのとおりです。補足しますと、経営統括は1年しかやっていませんが、入社後で一番濃い時間だったと思います。この間に16年から始まる中計(中期経営計画)を作ったり、不採算事業からの撤退など構造改革を進めていったりしました。開発のキャリアに関して言えば、当社のメインである調味料事業が長いですね。健康食品原料の開発にもかかわっていた経験があります。

――御社の事業について教えてください。どのような会社なのでしょうか。

1959年の創業時は、魚の煮汁から飼料や肥料を製造していました。その後、高付加価値化を目指して天然調味料の製造に進出したという流れです。94年には健康食品原料の製造も始めました。健康食品原料は調味料よりもさらに高付加価値商品ですので、これも高付加価値化を目指した事業領域の拡大と言えます。今日においては、調味料と健康食品原料の2つが事業の柱です。

具体的には、魚介系を中心とした天然素材を抽出、精製、乾燥することで、カツオエキス、昆布エキス、エビエキスといった天然調味料を製造したり、N-アセチルグルコサミン、アンセリン、コラーゲンといった機能性食品素材を製造したりしています。そして、それらを加工食品メーカーさんや健康食品メーカーさんに卸しています。加工食品メーカーさんはそれらを使って即席麺やだしの素、麺つゆなどを作っています。健康食品メーカーさんはサプリメントや健康飲料などを作っています。

健康志向の高まりもあり、魚介系の注目度は高まっていると思います。例えば、遊泳能力の高いマグロやカツオなどの筋肉に多く含まれているアンセリンは、2種類のアミノ酸が結合した物質で、抗疲労作用があると考えられています。最近はコンビニで鶏の胸肉などは買えるようになりましたが、魚が持つ栄養素(タンパク質)はそこまで気軽に摂れません。

そこで当社では、マグロの缶詰などを製造するときに、それまで捨てられていた「マグロを煮た液」にたくさんの栄養分が入っていることに着目し、マグロやカツオのエキスからアンセリンを高純度に精製する生産技術を開発し、量産化に乗り出しました。そのような液を廃棄すると環境にも良くないですし、資源の有効活用という観点でサステナブルな社会に貢献できますので、一石二鳥というわけです。

焼津水産化学工業株式会社
(画像=焼津水産化学工業株式会社ウェブサイトより引用)

グループ全体の売上比率はこのとおりです。焼津水産化学工業単体ですと、調味料と機能食品の売上がほとんどで、水産物は専業の子会社があるといった状況です。

強みは抽出、精製、乾燥の技術力 今期業績予想は会計制度変更の影響が大きい

――山田社長が思う御社の強みについて教えてください。

一番の強みは抽出、精製、乾燥の技術力だと思います。私たちのいる業界はコンペティター(競合他社)もたくさんいて、多くの企業が加工食品メーカーさんや健康食品メーカーさんにアクセスできている状況です。そのなかで当社が一定の企業価値を有しているのは、抽出、精製、乾燥の技術がしっかりしていて、オンリーワンの商品を持っているからだと思います。それは当社の保有する多くの特許にも反映されています。

また、原料の調達力も強みです。抽出、精製、乾燥は、何か新しいものを付け足すわけではありません。結局のところ、原料が含有している成分を取り出す作業なので、「希望する成分をたくさん含有する原料をいかに安く大量かつ安定的に持ってこられるか」が勝負です。その点において、当社は創業以来培ってきた原料を探せる世界的に強いネットワークを有していると思います。

――前期(2021年3月期)業績実績や今期(2022年3月期)業績予想についてコメントをいただけますでしょうか。

前期に関しては、新型コロナウイルスおよび2019年に判明した不正表示問題の影響を加味して、やや低めの業績予想をしていました。しかし、ふたを開けてみたら、コロナと不正表示の影響が想定よりも低かったため、当初計画に比べては高めに着地しています。売上高は約6億円減りましたが、コロナと不正表示の影響が大体半分ずつくらいと分析しておりまして、コロナが落ち着けば、半分にあたる3億円は戻ってくるかなと思っています。

焼津水産化学工業株式会社
(画像=焼津水産化学工業株式会社 2021年3月期決算説明資料より引用)

今期も引き続きコロナの影響を加味していますが、一番大きな変更点は、会計制度が変わって、連結売上高が大幅に減ることです。約23億円の減収予想と聞くと、何か大きなネガティブ要因が発生したのかと思うかもしれませんが、あくまで会計上の集計方法が変わっただけで、事業本体に何か不具合が起こったわけではありません。特にグループ会社の水産物の売上減が大きく影響しています。

焼津水産化学工業株式会社
(画像=焼津水産化学工業株式会社 2021年3月期決算説明資料より引用)

利益は会計制度変更の影響を受けないため、増益となる見通しですし、売上高も2021年3月期までの会計基準に照らし合わせれば、実質的には1億円くらいの増収になる予定です。「会計制度の変更がなければ増収増益の予想です」とは言えませんが、事業を揺るがすネガティブ要因が発生したわけではありません。

健康食品と海外展開を成長ドライバーにしていく

――「Create Next YSK」と銘打たれ、2020年3月期から始まった中計が今期で終了します。ここまでの手応えについて教えていただけますでしょうか。

一番大きかったことは、不正表示問題を受けて、当社の3年ビジョンを変更したことです。コンプライアンスの部分をクリアにしないと、企業として10年後の未来はないと思っていますし、難しい時期もありましたが、この苦労が10年後につながると思ってやっています。

国内調味料に関しては、3年前に思い描いていた姿とは大きく異なりますが、ビジョンの実行や顧客の信頼回復は、ある程度は出来たと思っています。健康食品に関しては、先行投資をしっかりと進めました。定量的な結果は「もう一声欲しかった」という気持ちもありますが、歩んできたプロセスは悪くないと感じています。今後も積極的に機能性データを取得するなど先行投資を重ねながら、フィールドを拡大してきたいと思っています。

海外展開に関しては率直に言いまして、課題が残ってしまったという状況です。海外展開に向けた足場づくりをしたかったのですが、あまり進めることができませんでした。海外展開に関しては、次の中計にもしっかり盛り込んでいきたいと思っています。

――2021年8月27日にはプライム市場に入るための要件を満たしていくという意思表明も発表されていましたが、中長期的な視点を含めて、成長ドライバーはどのような部分にあるとお考えでしょうか?

国内の食品市場は飽和状態にありますし、日本の人口は減っていくことが確実視されており、構造上の課題を抱えています。従来の食品産業をそこ(国内)で伸ばしていくのは苦しいと思っています。

国内の成長ドライバーとしては、健康食品が挙げられます。少子高齢化が進み、医療費削減や定年延長が叫ばれるなか、健康食品に対するニーズや期待はどんどん上がっていると思います。昨今は法人顧客が減っているので、そこは痛手なのですが、市場自体は大きくなっています。

「健康食品をいかに売るか」も重要です。食品はEC化率が低い業界と言われています。サプリメントといった健康食品も、テレビCMやショップチャネル、ダイレクトメールなどがまだまだ主流です。ECが発展することで、市場はさらに広がっていくのではないでしょうか。健康食品は他の通販商品と比べて、リピート率も高くストックビジネスになりやすいことも魅力です。

そして、やはり海外市場が成長ドライバーになると思います。日本の食文化は世界中で広がっていますし、「ダシ」という言葉の認知度も高まっています。我々が関わっているダシ製品のニーズも世界規模で高まるはずですので、需要拡大をしっかり捉えていきたいと思います。

海外拠点をしっかり設けて、10年がかりで海外比率を高めていきたい

――ここからは山田社長のパーソナルな部分も伺いたいと思います。経営者として、日々のインプットはどのようなことをしていたり、心がけていたりするのでしょうか?

特別ルーティンを決めているわけではないですが、インプットには短期と長期があると思います。短期のインプットだとセミナーに参加したり、他の経営者と情報交換したりすることは意識してやっています。

長期のインプットは読書ですね。それに尽きると思います。悩んでいるときは、その悩みを解決できそうな本を優先的に読みますが、それ以外はとにかく手当り次第買いますね。Amazonで買って、少し読んでみて、面白そうだったら最後まで読みますし、そうでなかったら本棚にストックして、読む機会がなければ、たまってきたタイミングで処分します。

私は、インプットよりもアウトプットのほうが重要ではないかと思っています。自分なりのアウトプットを意識してやっていますね。「自分なりのアウトプット」とは、寝る前のメモと日記です。日記は3年くらい前から始めました。去年から10年日記を買って、毎日つけています。

――山田社長が注目している分野や業界はありますか?

3つあります。

1つ目は「外食産業がITをどれだけ取り込むか」ということです。今後、高齢化が進んで、家庭で料理を作ることが減るかもしれません。先ほどのEC化にもつながりますが、そうなったときに食品供給は誰がどうやって賄っていくのか、デリバリーの部分も含めて、業界の長期的な動向に注目しています。

2つ目は培養肉などの培養技術です。先ほど申し上げたように、原料が持っている成分を取り出すのが我々の仕事なのですが、我々と違って、培養はそこで新しいものを作り出すわけです。新しい技術として注目しています。

3つ目は未利用資源です。世界的には今後も人口は増えていき、どこかのタイミングで100億人を超えてくると思います(編集部注:国連の世界人口推計2019年版では2100年には109億人となる)。培養技術の話とも関連しますが、食料の需要と供給のバランスが崩れることも予想されるなか、未利用資源の活用方法には注目しています。当社は創業以来、鰹節製造時の煮汁や缶詰製造時のドリップなどの未利用資源を調味料や健康食品の原料として活かしてきました。そういう意味では我々のやってきた事業はSDGsの考え方とも非常に親和性が高く、今後もこの軸はしっかり持っていきたいと考えています。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

当社の10年ビジョンにも掲げていますが、世界の食文化に貢献していきたいと思っています。今はどれだけ貢献できているかというと、海外売上比率はまだ売上の5%くらいです。先ほどの成長ドライバーの話にも関連しますが、海外展開は、ここからアクセルを踏んでやっていきます。海外拠点をしっかり設けて、10年がかりで海外比率を高めていき、世界の人々の美味しさと健康に貢献していきたいと思っています。

プロフィール

氏名
山田 潤(やまだ・じゅん)
会社名
焼津水産化学工業株式会社
役職
代表取締役社長
出身校
早稲田大学大学院 理工学研究科