次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスが混在する大変化時代のどこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUU online総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。
今回お招きしたのは、株式会社ビジョン代表取締役兼CEOの佐野健一氏。「世の中の情報通信産業革命に貢献します」の経営理念のもと、国内外のモバイルインターネット環境を提供するグローバルWiFi事業と、主にスタートアップ・ベンチャー企業向けにさまざまな情報通信サービスを提供する情報通信サービス事業を展開している。
同氏に昨今における事業環境の変化、コロナ禍への対応、思い描く未来構想などについてお聞きした。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
1969年鹿児島県生まれ。
1990年株式会社光通信入社。すぐにトップセールスマンになる。
1995年静岡県富士宮市で起業、ビジョン設立。
中小・ベンチャーを主要ターゲットとした情報通信事業*に取り組み。
独自のWEBマーケティング、CRMによる継続取引モデルで業界トップクラスの販売実績を誇る。
2012年より海外用モバイルWiFiルーターレンタルサービス「グローバルWiFi®」で、世界200以上の国と地域で利用できるモバイルデータ通信環境を提供。
2015年12月東証マザーズ上場、2016年12月東証一部へ市場変更。
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手掛ける。2013年4月 株式会社ZUUを設立、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の2018年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。
グローバルWiFi事業やIPOを経て大きく成長
冨田:御社と言えば、多くの方が「グローバルWiFi」を思い浮かべ、私自身も海外出張時はお世話になっています。まずは、ここ数年における事業の変遷をお聞かせください。
佐野:グローバルWiFi事業は2012年に始まり、3年で黒字化に至りました。その後、飛躍のきっかけになったのはIPOで、2015年12月に東証マザーズに上場、翌年の同じ日に東証一部に市場変更しています。
IPOの目的は3つあり、1つ目は従業員の資産形成です。当社には社員持ち株会があり、上場に伴う株式の流動化がプラスに働けばよいという考えがありました。
2つ目はブランディングです。「グローバルWiFi」はコンシューマー向けのサービスでもあるので、上場企業になることで認知度アップや安心感を提供することを含め、IPOの価値があると捉えました。
3つ目は、今後のグローバル展開や他領域への展開を見据えると、ファイナンスエクイティの比重を高めていくことが大事なるという理由です。これら3つの目的を実現するため、IPOに踏み切りました。
冨田:IPOを通じて変化はありましたか。
佐野:当初は、そこまで効果があるとは思っていませんでしたが、上場企業であることを背景に取引先そのものが増えました。情報通信サービス事業やグローバルWiFi事業の営業では取引先の内部での審査が通りやすくなり、担当者たちは「仕事が進めやすくなった」と喜んでいて、事業成長の加速要因となったことは事実です。
冨田:御社の祖業は情報通信サービス事業だと伺っています。
佐野:インターネット回線、電話回線、法人用携帯電話、やウェブサイト制作など、企業活動に必要な通信インフラやオフィス機器を提供していて、スタートアップを中心に月1500社のペースで顧客は増え続けています。もともとは回線のみを扱っていましたが、電話機も欲しい、コピー機は売っていないのかといった依頼をいただくようになり、横展開することでクロスセルが増え事業は伸びていきました。グローバルWiFi事業も同様で、WiFiルータのレンタルサービスだけではなく、翻訳機や「GoPro(ゴープロ)」など、渡航時に必要な商品を組み合わせるビジネスモデルになっています。お客さまの声を聞きながら、必要なサービスをアドオンして事業領域を拡大してきたのが特徴です。
コロナ禍の教訓を生かして新たな事業を創出
冨田:新型コロナは御社の事業にどう影響しましたか。
佐野:インターネットや回線を中心に他のサービスを横展開する情報通信サービス事業では、リモート勤務の影響で法人向けの携帯、クラウドの勤怠管理などのサービスが伸び、コピー機・複合機の導入サービスは若干下がりました。一方、ご存じのとおり、インバウンドやアウトバウンド、世界から世界へ渡航する人は激減し、グローバルWiFi事業は打撃を受けています。培った顧客資産を情報通信サービス事業のように生かすことができなかったのは大きな反省点ですが、この教訓を無駄にすることなく、新サービスの創出に努めました。
我々は新たな事業領域を展開する際は、まったくの異分野ではなく、顧客が望むものを追加してきたのが特徴です。そこでメンバーが一丸となり考えて生まれたのが、オンライン・オフライン通訳・動画等の吹替・翻訳サービスの「通訳吹替.com」です。「グローバルWiFi」のお客さまはコロナで海外に行くことができない代わりに、オンライン商談で同時通訳のニーズが増えています。
また、英語を話すことができる人だけが事業能力が高いとは限らず、本当のキーマンが共通言語で商談を進めると成立する確率は上がるはずです。オンラインの同時通訳は、コミュニケーション密度を上げるためにも効果的だと考えました。他にも、プロモーションやIRなど、海外向けの動画コンテンツのニーズも高まっているので、字幕や吹替のサービスも提供しています。
冨田:御社の決算速報でも、佐野社長のスピーチに合わせる形で同時通訳の音声が重ねられていて、驚きました。
佐野:現在は海外IRが必要な上場企業にお使いいただいています。海外渡航をしなくても現地と円滑に対話ができるサービスとして、浸透させていく方針です。
グランピング事業参入は自然な流れだった
冨田:私が驚いたのは、もう1つの新規事業であるグランピング事業への参入です。情報通信サービス事業、グローバルWiFi事業に続く第3の柱となる事業として打ち出されていました。
佐野:理由をお聞きいただくと、なるほどと思っていただけると思います。まず、1000万人以上にも上る「グローバルWiFi」のお客さまは旅行がお好きで、言うなれば我々はそういった顧客層を日本トップクラスで持っているということです。そこでわかったのは、海外に行く頻度は個人で年1~2回だとしても、その3~4倍は国内旅行に出かけていることでした。コロナ禍だからではなく平時からそれだけ国内を回っていて、我々としても継続的にお取引できるチャンスがあったのです。
一方、ホテルや旅館という宿泊にスタンダートがある中、グランピングは約10年前から欧米を中心に世界中でトレンドが起きていて、コロナ禍では人気が加速し、新しいカテゴリーとして定着しつつあります。高級旅館は「お子様お断り」だったり、ペット同伴が禁止だったりするホテルも珍しくありませんが、グランピングはそうでないところも、支持される理由でしょう。
こうした状況を受け、私自身は家業である宿泊業で2年前からグランピング事業を展開していてノウハウがあり、お客さまを対象にアンケート調査をしたところ関心が高いこともわかりました。宿泊業は集客がすべてですが、私たちには旅行好きのお客さまにアプローチできること自体が事業の優位性になり、ビジョンのサービスとしてぜひ提供したいと考えたのです。2022年上半期から始めますが、オープンスペースにテントを設置するスタイルではなく一戸ごとに150~180㎡に敷地を区切るプライベート空間とします。また、各戸ごとに風呂、トイレを設置した宿泊施設にする予定です。
「グローバルWiFi」もそうですが、すでに世の中にあったサービスを高品質化したり、付加価値をつけたりするなど、0から1を生み出したのではなく、今あるものを最適化することで事業を拡大してきました。グランピングも我々が第一人者ではなく、世界中にあるものを日本向けにローカライズし、トイレが離れていると不便、いつでもお風呂に入りたいといった課題を解消しながら、独自のサービスとして世の中に定着させることに使命感を持ちたい思いがあります。
冨田:当社ではPDCAのサイクルを高速で回し、より早く前進し続けることを「鬼速PDCA」と呼んでいて、変化し続けることが優位性になると説いています。御社の取り組みはまさにこれで、かつ情報通信サービス事業とグローバルWiFi事業と、既に2つの事業を成功させただけに、グランピング事業でも事業成功の再現性が高いと感じ、圧倒的に説得力があります。
「グローバルWiFi」を海外で何日も使うと、それなりの金額になります。ただし裏返すと、そういった金額でも利用できる方たちであり、海外旅行や出張が頻繁な方の平均所得は平均以上だと考えると、国内旅行の観点でも良い顧客層を見込むことができます。10月に入り緊急事態宣言は解除されましたが、コロナ不安が残るなか、グランピング市場の拡大に期待したいところです。
ただ、御社はオフィスや海外旅行・出張者向けにインフラやツールを提供してきましたが、グランピング事業ではモノや施設、事業用地を保有します。これまでの流れと大きく異なりせんか?
佐野:おっしゃるとおりで、BSを使う戦略になるので、これまでのPL戦略と色合いは大きく変わります。この2年間トライ&エラーを繰り返して気づいたこともあり、試行錯誤しながら進めてきました。
グランピングはホテルを建てるよりは安いですが、広い土地が必要です。土地の地目も農地ではできず、国立公園法などの決まりもあって、簡単に作ることはできません。土地の仕入れが成否を握るカギになりますが、私自身が先手を打ちビジネスとして取り組み、実績を出すことで地方自治体からお声がけいただくようにもなったことは、メリットとして働くでしょう。プライベート空間に必要なフルIoT化や非接触に対する知見もあり、今求められるサービスで、コストパフォーマンスでも優位性は高いはずです。誰にも会わないで利用できるところまで整えていきたいと思います。
冨田:仕組みを構築したうえでツールやインフラやオペレーションを提供する星のやさんのような戦い方で、高利回りの投資案件としても扱うことができるなと金融出身の私として想像が膨らんでしまいました笑。
佐野:選択肢としては無きにしも非ずといったところです。「グローバルWiFi」には法人のお客さまも多く、経営者や役員層はグランピングの経験率が高いとわかっています。会社の合宿や福利厚生でも使えるツールであり、リターンの高い投資としてご活用いただくことも想定できるでしょう。
ブームを作るのは自分たちではなく「お客さま」
冨田:さまざまな領域に広がり続ける御社のビジネスですが、未来の構想を最後にお聞かせください。
佐野:お客さまの声を聞きまくり、さまざまな課題を徹底的に解決し、お客さまに選ばれ続けることが事業の発展性を握っていて、ブレイクスルーポイントはその中で生まれます。ブームは私たちが勝手に作ることはできず、お客さまが作ってくださるのです。そのためには手数を打ち、「こんなに面白いものが生まれた」と言い続けることができる企業文化を、お客さまとともに作っていきたいと思います。
冨田:御社は結果としてBtoBとBtoCの両方のビジネスデルがあるので、両方の周辺でお客様の声を聞いて拡大していくのなら、今後も多岐にわたるサービスが生まれる可能性がありそうですね。
佐野:顧客との関係性の強さが、明るい未来を生み出すカギです。信頼性があるからこそ、我々もここまで来ることができました。
冨田:御社の強さを紐解くことで、グランピング事業に参入した背景も理解できましたし、非常に心躍るお話でした。本日はありがとうございました。
プロフィール
- 氏名
- 佐野 健一(さの・けんいち)
- 会社名
- 株式会社ビジョン
- 役職
- 代表取締役社長兼CEO
- ブランド名
- ビジョン グローバルWiFi
- 受賞歴
- EO (Entrepreneurs’ Organization) 第14期日本組織会長、YPO Gold Japan / NPO 会員、一般社団法人アジア経営者連合会 副理事長等歴任。
- 出身校
- 鹿児島商工高等学校(現樟南高等学校)