次代を担う成長企業の経営者は、ピンチとチャンスが混在する大変化時代のどこにビジネスチャンスを見出し、どのように立ち向かってきたのか。本特集ではZUU online総編集長・冨田和成が、成長企業経営者と対談を行い、同じ経営者としての視点から企業の経営スタンス、魅力や成長要因に迫る特別対談をお届けする。

今回のゲストは、株式会社鎌倉新書代表取締役会長CEOの清水祐孝氏。仏教書の出版社としてスタートした同社は現在、インターネットを活用し、葬儀、お墓、仏壇、相続といった終活関連サービスを提供する「終活インフラ企業」として進化を続けている。現在の姿を生み出した転換点、そして将来の展望を伺った。

(取材・執筆・構成=杉野 遥)

株式会社鎌倉新書
(画像=株式会社鎌倉新書)
清水 祐孝(しみず・ひろたか)
株式会社鎌倉新書代表取締役会長CEO
1963年生まれ、東京都出身。慶応義塾大学を卒業後、証券会社勤務を経て1990年父親の経営する株式会社鎌倉新書に入社。
同社を仏教書から、葬儀や墓石、宗教用具等の業界へ向けた出版社へと転換。さらに「出版業」を「情報加工業」と定義付け、セミナーやコンサルティング、さらにはインターネットサービスへと事業を転換させた。
現在は「いい葬儀」「いいお墓」「いい仏壇」「いい相続」など終活関連のさまざまなポータルサイトを運営し、終活のあらゆる課題解決をする「終活インフラ」の実現を目指している。
冨田 和成(とみた・かずまさ)
株式会社ZUU代表取締役
神奈川県出身。一橋大学経済学部卒業。大学在学中にIT分野で起業。2006年 野村證券株式会社に入社。国内外の上場企業オーナーや上場予備軍から中小企業オーナーとともに、上場後のエクイティストーリー戦略から上場準備・事業承継案件を多数手掛ける。2013年4月 株式会社ZUUを設立、代表取締役に就任。複数のテクノロジー企業アワードにおいて上位入賞を果たし、会社設立から5年後の2018年6月に東京証券取引所マザーズへ上場。現在は、プレファイナンスの相談や、上場経営者のエクイティストーリーの構築、個人・法人のファイナンス戦略の助言も多数行う。

倒産寸前の企業を救ったマーケット転換

冨田:御社の事業は美しく拡大されているように感じます。絞り込まれたターゲットを囲い込み、そこから価値提供の範囲を広げていくという順番です。特にここ数年で相続や保険、不動産といった分野にまで一気に広げられてきました。まずは事業の立ち上がり、そしてサービスのラインナップの広がりを中心にお伺いしたいと思います。

清水:弊社の始まりからお話しますと、鎌倉新書はもともと父が始めた仏教書の出版社でした。私は28歳まで別の企業でサラリーマンをしていましたが、ある日父から電話がかかってきて「助けてほしい」と。

話を聞くと、売上の3倍ほどの借金を抱えていました。社員も辞めてしまったから長男の私に手伝ってほしいという相談でした。決して派手な事業ではありませんから、大きく儲かることはないのだろうと思っていましたが、まさかそこまで大変なことになっているとは、私も理解していませんでした。「半年待ってくれたら企業を辞めて手伝う」と約束をして、入社しました。

売上の3倍の借金といったら、まさに倒産寸前の状態。月次のお金も回っていませんでしたし、給与支払いは25日と聞いていましたが、月末まで支払われない。そんな状況でした。

さてこれからどうするか?仏教書をつくることに意味はあるけど、売れない。この先同じことをしていてもアウトだなと。何かを見つけなければ終わってしまう、そんな危機感で仕方なく、別の道を模索し始めたのです。仕事の関係でお寺にお邪魔した際、葬儀やお墓の販売などを見て、いろいろな関連産業があることにヒントを見出しました。

調べてみると、当時の年間死亡者数は80万人(現在は約140万人規模)。1人当たり、だいたい150万円程度の葬儀費用がかかると言われていて、これを当てはめると市場規模は80万人×150万円=1兆2000億円と言えます。加えて仏壇などの付随的な産業を加えると合計2兆円。ニッチなりに肥沃市場であることを発見したんですね。   仏教書だけでは企業を継続できないと思い、これからは葬儀や仏事に関連するものを作ろうと、業界向けの情報誌や業界の方がお客さまに配るような小冊子といった販促ツールの制作を始めました。出版社の軸の中で仏教書から業界向け情報誌へマーケットを変更したことで売上が増え、窮地をしのぎました。

お客さまが欲しいのは本ではない。「出版社から情報加工企業」へ

清水:それからは取材で業界大手や上場企業の社長さんのもとへ顔を出すようになり、ある日気づいたんです。「お客さまが欲しいのは本ではない。本に載っている情報だ」と。今までは出版業を拡大しようと思い込んでいましたが、本はあくまで届ける手法に過ぎないわけですね。あたりまえの話なのですが、当時の自分には大発見でした。

ここから情報加工企業としての歴史がスタートしたと言えますね。出版は事業のひとつという捉え方に変わりました。例えば雑誌だと、1つの企画に4ページほど、通り一遍のことしか書けませんが、私は業界の先進事例や異業種の事例といった情報も調べています。こうしたリサーチ情報を有料セミナーで経営者の皆さんへ提供する。雑誌には載っていないことを深掘りしてお話するセミナーも始めました。併せてコンサルティング領域にも拡大しました。この出版社から情報加工企業へのシフトは、後にインターネット業界へ参入するきっかけとなりました。

90年代終わりにインターネットブームが到来して、インターネットを使ってビジネスができないかと模索し始めました。当時は楽天さん、ヤフーさんと、さまざまな企業が上場していました。

インターネット業界の経営者の方はみなさん優秀です。冨田さんも一緒ですが、エリートサラリーマンの地位を投げうって、立ち上げから始めて、もし失敗したら即アウト、そういうリスクをとってビジネスを行っているわけですよね。一方、私の場合は父の企業を継いで、借金を返すためにセミナーやコンサルティングをやっていた。ベンチャーの経営者の方々とは覚悟のようなものが違うのかもしれない。これは大きな違いだと気づき、そこからインターネットに本腰を入れるようになりました。

インターネットで買い手と売り手の課題を解決する「終活インフラ」

清水:葬儀やお墓というのは購買頻度が著しく少ないわけです。一生に1回ぐらいですからね。だから野菜や家電と違い、買い手側の情報はとても少ない。「買い手側の情報はゼロ、売り手が100」という、情報の非対称性が極端な領域です。

対して売り手が苦労していたのは「お客さま探し」です。葬儀、お墓はご家族が亡くなったという特殊な状況の方がお客さまになります。特殊な人を探すために何をしているかというと、マスに向かって広告を打つこと。チラシに新聞広告、あとは看板を田んぼや駅に立てまくるわけです。つまり大きなコストをかけて1人のお客さまを探すという手法でした。もっともこの領域は購入単価も高いですから、大きなマーケティングコストを使ってもペイできるという実態がありましたが。

こうした状況下で、我々が始めた「インターネットを使ってお客さまを紹介します」というビジネスが受け入れられるようになりました。売上の何%かをいただくというモデルです。インターネットビジネスが順調に伸び、2015年に上場、2年後の2017年には一部上場をしました。

冨田:上場されてからサービスのラインナップを増やされましたよね。

清水:そうですね。インターネットビジネスにも今までのバックグラウンドが生きています。葬儀やお墓のポータルサイトは「最後の個人消費」と言える領域におけるマッチングビジネスという意識です。

こうしたビジネスを始めると、さまざまなお客さまの声が集まってきました。「相続の申告書は必ず提出しないといけないのか」「遺産は銀行で引き出していいのか」、ほかにも遺産の分割協議や不動産の扱いなどにお悩みの方もいて、結果的に士業を紹介してほしいという相談を受けることもありました。

人が亡くなる前後で直面する課題は葬儀とお墓だけではなく、介護や相続など10も20もあるということを知ったわけです。これからは葬儀やお墓などの’供養’に限らず、’終活’に領域を広げよう。お客さま視点で情報を提供できるメディアになろう。終活のあらゆる課題を解決する、「終活インフラ」を目指す。これが現在チャレンジしていることですね。

参入障壁の高い領域で勝ち続ける2つの強み

株式会社鎌倉新書

冨田:清水さんもこれまでのインターネットサービスの流れをご存知だと思いますが、ひとつの領域が成功すると、どの領域にも楽天さん、ヤフーさん、リクルートさんといった大手企業を中心に新たな企業が必ず参入しますよね。住宅、進学、結婚、車など、どこの領域も面が抑えられていくイメージです。

その中で、御社の領域ではどうして大手企業が成り立たないのか?鎌倉新書さんにはできて他社ができないこと、御社が優位に立てた理由はなんだと思われますか?

清水:おっしゃるとおり、大手企業も終活の領域に入ろうとした時期があったんです。

何よりのネックは「専門窓口が必要になる」ということだと思います。いざ葬儀を頼むとなると、病院や家はどこか、何人ぐらい集まりそうかと、さまざまな情報を加味する必要があります。どうしてもコールセンターで回答する比重が大きくなります。

あとはLTVの観点で考えたときに、もっとリピート性のある事業をやろうと参入を諦める企業もあるようです。私たちもどこかと組むことがあるかもしれませんが、今は築き上げた優位性に磨きをかけていくしかないかな、と思っています。

冨田:確かに多くのインターネットサービスがネットで完結する反面、御社のようなモデルはコールセンターなどによるリアルなオペレーションを交えた「さばき」が必要なモデルだと言えます。このようにネット以外との組み合わせが必要になる点で難易度が高い領域だと思います。

御社はもともと出版社だったからこそ、逆にインターネットにこだわらないビジネスが成り立ち、2つの強みが生まれたのではないかと感じました。1つはインターネットだけに頼らず、情報に強い点。そして2つ目は顧客ニーズに対応するコールセンターが整っている点。これは他のインターネット企業にとって参入障壁になっているのかなと理解した次第です。

今後はリアルチャネルも強化。憂い無く、感謝できる人生を社会に広めたい

株式会社鎌倉新書

冨田:最後に、ここから5年、10年先のお話をお聞かせください。終活領域をさらに深掘りされるのか、または他のターゲットへ広げていくのか。海外も視野に入れているのでしょうか?

清水:日本は世界一の超高齢社会で、すでに30%弱が65歳以上ですよね。今後は40%台になるという予測もありますし、大きな市場になっていくでしょう。私たちは市場の中心であるシニア層に対し、終活領域の情報不足を補いたい。多くのシニアやご家族が憂いの無い人生を送り、周囲に感謝をして生きていける人たちを増やしていくことがミッションだと思っています。そうすると、それを見た次世代もきっと同じことをして、社会全体が活性化するのではないかと思っています。

ミッションを果たすため、今後はラインナップの増加とともにリアルの集客を広げていきます。すでに第一生命さん、三井住友銀行さんなどとの提携も進めており、シニアとリアルな接点をもった企業との連携を強めていく方針です。

このようにインターネットとリアル双方の集客によって、より多くの方へ適切な情報を提供し、適切な事業者へつなぐ。そこから成功報酬なり、広告なり、何らかの形で収益化したいと考えています。憂いの無い人生、感謝する人生を社会にもっと広げていくために、愚直にやっていきます。

海外まで進めればよいですが、まだ国内マーケットも未成熟な状態ですから、当面は国内に集中します。例えば、エンディングノートの書き方セミナーを開催すると100人ほど集まりますが、実際に書くのは2、3人というのが現実です。つまり潜在需要が大きいものの、顕在化している部分がまだ小さいということ。今後は潜在市場の顕在化を目指します。

冨田:インターネットチャネルで接点をもつ潜在顧客よりも、領域としてはリアルチャネルのほうが圧倒的に大きい。そう考えると今後リアルチャネルの企業との提携が広がればすごく大きなパイにリーチできるのかなと理解しました。

リアルチャネルはインターネット企業の弱みであるとも思いますので、今後は御社の強みがますます発揮できる領域になるのではないでしょうか。拡大が非常に楽しみな未来構想だと思います。ありがとうございました。

プロフィール

氏名
清水 祐孝(しみず・ひろたか)
会社名
株式会社鎌倉新書
役職
代表取締役会長CEO
ブランド名
いいお墓 いい葬儀 いい仏壇 いい相続
出身校
慶応義塾大学