本記事は、江口克彦氏の著書『こんな時代だからこそ学びたい 松下幸之助のリーダー学』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています

内容ではなく、報告にきたことをほめる

褒める,上司
(画像=PIXTA)

人は誰しも、自分の話を聞いてもらうほどうれしいことはありません。ましてや、上司から「君の意見はどうだ。君の話を聞きたい」と言われて、喜ばない部下はいません。自分の意見を聞いてもらえれば、本当にやる気が出てきます。

しかも同じことを何回も聞かれれば、部下は勉強しなくてはいけないという気になります。

ただ、気をつけなければいけないのは、決して途中で切り捨ててしまわないことです。1回話を聞いていい答えが出てこないと、「こいつはダメだ」と決めつけてしまいがちです。しかし1回や2回聞いて、それで不十分な答えをしたから、こいつはダメだと決めてしまうと、有為な人材をつぶしてしまうことにもなりかねません。

部下から十分な答えが出てこないのは、当たり前です。だから、簡単に見放してしまうのではなく、大事なことは何度も質問します。それも詰問するのでなく、教えてほしい、という態度が大切です。

その点、松下幸之助は、私の話を実によく聞いてくれました。ほとんど私がしゃべっているといった状態のときも多々ありました。また、よく尋ねてもくれました。むしろ質問のほうが多くありました。それでまた一所懸命勉強し、意見を言ったものです。とても丁寧に話を聞いてくれて、「なかなかええ考え方やなあ」と言ってくれました。

リーダーたるものは、すべからくこうあるべきと思います。松下のように、意見にしろ提案にしろ、その内容の是非を論ずるのでなく、報告に来たこと自体をほめる、部下を追い返さずに話を聞くという姿勢がとても大事なことではないかと思います。

「なぜ同じことを何度も聞いてくるのか」を考える

アメリカからハーマン・カーン氏が来日したときのことです。氏はハドソン研究所の所長をつとめ、物理学者であり未来学者でもあり、「21世紀は日本の世紀だ」と言いだした人です。彼が松下幸之助に会いたいと、京都に来ることになりました。その2週間ほど前のこと、松下が「君、ハーマン・カーンという人を知ってるか」と私に聞きました。それで「21世紀は日本の世紀であると言って、日本を高く評価しているアメリカの未来学者です」と答えたら、「そうか」とうなずきました。

ところが、翌日また「君、ハーマン・カーンという人を知ってるか」と聞くのです。〝あれ?〟と思いながら前日と同じ返答をしました。松下は「そうか」と言うだけでした。3日目にまた「君、ハーマン・カーンという人を知ってるか」と聞きました。

私は正直、腹が立ちました。しかし、夕方近くになって私はハッと気がついたのです。ハーマン・カーンという人の説明が不足していたのではないかということにです。すぐ書店へ行ってハーマン・カーンの本を買い、約650ページを飛ばすように読み、要点を原稿にまとめ、さらにテープに録音しました。終わったときは明け方の4時半になっていました。私は、〝もう一度ハーマン・カーン氏のことについて聞いてほしい〟という思いでいっぱいでした。昼頃になって、やはり聞いてくれました。私は心躍らせながら30分ほど説明しました。「そうか、よく分かった」。

松下が帰るときに要点を読み上げたテープも手渡しました。翌日、出迎えの車から降りた途端、「君、いい声しているなあ」と言ってくれたのです。私は震えるような感動を覚えました。その言葉の中には、よく努力してくれたというねぎらいの気持ちが込められているように思えました。それが私の心を強く打ったのです。

雑談の中にも教育はある

松下幸之助の私に対する教育は、雑談による教育でした。諭すべきことがある場合でも、「お前はこのようにあらねばならない」というような言い方は原則としてしたことはありませんでした。

「日頃はあまり思っていなかったけれど、やっぱりああいう話を聞くと、芸能界で長い間、第一人者として君臨するだけのものはあるなあ」などと、雑談的に話しながら、その真髄を悟らせてくれました。

雑談というのはとても大事なことで、雑談の中からいろいろ指導していくという自然な形が、部下を育てるときに一番効果的ではないかと思います。

改まって、「ちょっと来い」と言って、「そもそも君の仕事のやり方は」と言うよりも、雑談で自分の仕事の哲学を何気ない形で話をしていくことが、一番望ましいのではないでしょうか。

雑談はいわば上司も部下も対等といった雰囲気があり、部下もリラックスした気持ちで気軽に話ができます。

例えば、「この前テレビで観たけれど、俳優の○○さんが、ケジメをつけること、時間を守ること、挨拶すること、これが大事だと言っていたよ」と上司が部下に話をします。すると、部下も、「えっ、あの有名な○○さんが?」と思いながら、「ああ、時間、約束は守らないといかんなあ」と自然に思うものです。

だから、部下を育成するときに大事なことは、部下の心の扉をいかに開けさせるかということだと思います。

どなりつけたり、怖がらせての恐怖政治では、部下は育っていきません。部下の成長を本当に考えるならば、自分が跳び箱のようになって、自分を超えていく部下をつくっていくようにしなければなりません。

その超えていく部下をつくるためには、部下の心を開くということをまず考えないといけないのではないでしょうか。

そうすれば、部下は素直にリーダーの話を聞くようになり、自分のなすべきことを知ります。そして、その能力をどんどん出し切ろうと努力するようになり、その結果、その人は生かされて、大きく育っていくことになると思うのです。

こんな時代だからこそ学びたい 松下幸之助のリーダー学
江口克彦(えぐちかつひこ)
一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問等。1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。旭日中綬章、文化庁長官表彰、台湾・紫色大綬景星勲章、台湾・国際報道文化賞等。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書に、『最後の弟子が松下幸之助から学んだ経営の鉄則』(フォレスト出版)、『凡々たる非凡―松下幸之助とは何か』(H&I出版社)、『松下幸之助はなぜ成功したのか』『ひとことの力―松下幸之助の言葉』『部下論』『上司力20』(以上、東洋経済新報社)、『地域主権型道州制の総合研究』(中央大学出版部)、『こうすれば日本は良くなる』(自由国民社)など多数。【編集部記】

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