海外生活が長いと、日本の文化が無性に恋しくなることがある。特に新年を迎えると伊達巻や黒豆が食べたくなったり、初詣に行きたくなったりする。日本に住んでいた頃は、まったくといってよいほど関心がなかったのに不思議である。

そうしたわけで、わが家では少しでも日本風のお正月気分を盛り上げようと、元旦に「オンラインおみくじ」を引くことが恒例となっている。明治神宮のWebサイトに設けられている「大御心(おおみごころ)」だ。「大御心」は明治神宮独自のおみくじで、御祭神である明治天皇の御製(ぎょせい)、昭憲皇太后の御歌(みうた)より15首ずつ、あわせて30首から1年の教訓を授与するというものだ。吉凶を占うおみくじではないので、なんとなく安心感がある。

筆者が賜った2022年の教訓は「いかならむことある時もうつせみの人の心よゆたかならなむ」という、『心』を表す明治天皇の御製である。世の中には思いがけない出来事が大小となく起こる。そんな時に慌てふためかないように、何事があっても動じない「泰然自若(たいぜんじじゃく)」の心を養うべし、という教えだ。まさに筆者に足りない部分であり、ありがたい気持ちで一杯になった。

ところで、個人資産10億ドル以上を有する「ビリオネア」のなかには、来るべき変化を見据えて泰然自若に対応している向きもいるようだ。たとえば、2021年12月 10 日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは『自社株売る米企業経営者、殺到する背景は』とのタイトルの記事を掲載、「米企業の創業者や経営者による自社株の売却が歴史的な規模となっている」と伝えたほか、12月14日のブルームバーグは同年のビリオネアによる自社株の売却総額が、前年の2倍に匹敵する429億ドル(約4兆9,374億円)に達したと報じている。

ビリオネアが自社株を売却している背景には何があるのだろうか?
今回は「ビリオネアの自社株売り(Billionaires’ Sell-Off)」についてレポートする。

個人資産10億ドル以上を有するビリオネア、相次ぐ自社株売り

富裕層,税金対策
(画像=vitacop / pixta, ZUU online)

通常、ビリオネアや超富裕層は「リターンの高い銘柄を手放さずに温存する傾向がある」(ブルームバーグ)とされている。取得価格と時価を比較して利益が出ている場合、含み益(評価益)の状態で寝かせておけば課税対象外となるが、売却すると税金を支払う義務が発生するためだ。

ところが2021年は、過去数年間にわたって保有株を維持し続けていたビリオネアが「売却」に転じている。

世界で最も裕福な500人の日々のランキングを示す「ブルームバーグビリオネアインデックス」の分析によると、2021年12月14日時点で、グーグルの親会社アルファベットの共同創設者であるラリー・ペイジ氏は18億ドル(約2,071億6,315万円)相当、セルゲイ・ブリン氏は17億ドル(約1,956億5,409万円)相当の自社株をそれぞれ売却した。同じく、米EV(電気自動車)大手テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は127億ドル(約1兆4,616億円)相当、アマゾン創設者のジェフ・ベゾス氏は90億ドル(約1兆357億円)相当の自社株を売却。さらにメタ(旧フェイスブック)のマーク・ザッカーバーグCEOは前年の約8倍の45億ドル(約5,178億9,210万円)相当の自社株を売却していたことが判明している。

ベゾス氏、社会貢献のための資金を捻出か?

ビリオネアの自社株売りが相次いでいる背景には、いくつかの理由が推察される。1つ目は「社会貢献」だ。

たとえば、ジェフ・ベゾス氏は2021年11月2日、自身が設立した環境基金ベゾス・アース・ファンドとロックフェラー財団、スウェーデンの家具大手イケアの財団、世界銀行など8つの国際機関と共同で、発展途上国の再生可能エネルギーへの移行を支援する「GEAPP(人と地球のためのグローバル・エネルギー同盟)」を設立している。この日、ベゾス氏はGEAPPの活動資金として100億ドル(約1兆1,508億円)を投じると発表した。

さらにベゾス氏はバラク・オバマ元米大統領が次世代リーダーの育成などを目的に立ち上げたオバマ財団に1億ドル(約115億899万円)を寄付したことも明らかになっている。こうした莫大な資金を捻出するために自社株を売却した可能性が指摘されている。

米国の「富裕税法案」を警戒した可能性も?

もう1つの動機として考えられるのが「税金対策」である。

米国では法人および富裕層を対象とした「富裕税法案」の行方が注目されている。富裕税法案は、バイデン米大統領の看板政策の1つである気候変動および社会保障関連歳出法案の財源になるものだ。富裕税法案が成立した場合、2022年の課税年度からは年間所得1,000万ドル(約11億5,127万円)以上の層に5%、2,500万ドル(約28億7,818万円)以上の層に3%の付加税が課される。

加えて、富裕税法案で注目されるのは「長期保有している株式などの含み益も課税対象」として検討していることだ。 2021年10月27日にロイター通信が『米上院民主党、「富裕税」案を公表 資産の含み益に課税』のタイトルで配信した記事では「株式など売買可能な資産の長期キャピタルゲインに対し、売却しなくても23.8%の税を課す」と伝えている。

実際に富裕税法案が成立するかは不透明であるが、ビリオネアのなかには「備えあれば憂いなし」とばかりに対策を講じた可能性もありそうだ。

米証券取引委員会、自社株取引を規制する動きも