この記事は2021年11月18日に「The Finance」で公開された「保険業界のこれからを、世界のInsurTechやスタートアップのトレンドに学ぶ」を一部編集し、転載したものです。


昨今、世界では新しい考え方が求められつつある。新型コロナウイルス感染症の蔓延により、ニューノーマルという新しい言葉ができ、私たちの生活は大きく変化した。利益や事業拡大だけでなく、SDGsといった持続可能な世界の構築に向けた取り組みが求められている。少子高齢化が進み市場全体の縮小も予測される中、新しい市場開拓も必要になっている。日本の保険業界においても、新しい取り組みが求められている今、急激な変化を生み出そうとするスタートアップの動き方は参考になるのではないだろうか。世界でも有名なスタートアップやInsurTech(インシュアテック/保険×テクノロジー)スタートアップに着目し、今後の保険業界の歩むべき道筋を考えてみたい。

目次

  1. 海外のInsurTech市場
  2. InsurTechの成功例 “一点突破型”
  3. 他業界での成功例 “エコシステム”
  4. “一点突破型”と”エコシステム”の両面から考えるInsurTech
  5. InsurTech企業としての挑戦

海外のInsurTech市場

海外のInsurTech市場は年々大きく成長している。米ウイリス・タワーズワトソンによる最新レポート(2021年Q3版)によると、2021年10月時点の投資金額は、2020年の1年間の7,170百万ドルを上回る10,503百万ドルであり、投資件数は昨年度の377件に対して421件と、既に昨年を上回った。注目を集めているのは加入から支払いまでオンラインで完結し、データを活用して保険料や保険引受を最適化する企業だ。数百億円規模の大型調達を達成する企業が多数誕生している。

InsurTechの成功例 “一点突破型”

成功を遂げ、生き残るであろうInsurTech企業の共通点に、新しいニーズを捉えた「一点突破型」があげられる。その一例が、2020年7月に上場し、住宅保険の加入から保険金請求までオンラインで完結できると大きな話題を呼んだ「レモネード」だ。幅広い商品提供ではなく、特定の保険商品―同社の場合、住宅保険―に絞って事業拡大を進めた。蓄積したデータで顧客ごとに保険料を最適化し、保険引受を高度化している。加入者は安く保険に加入でき、保険会社は損害率を下げられる。両者Win-Winの関係となった結果、最速で成長し、市場を築きあげた。現在はビジネスモデルが確立したとみて、ペット保険・生命保険などに事業領域を広げている。

同じ一点突破型でも最初は広かった事業領域を1つに絞ることで成長した企業に英国の「ボート・バイ・メニー」というペット保険会社がある。元はその名(たくさんの方に購入される)の通り、消費者から新しい保険商品の要望の声を集め、一定希望者が集まれば保険会社に商品開発を提案し、新商品をつくるビジネスモデルだった。しかし、現在はペット保険専門の会社に変わった。あくまで想像だが、広くあまねく新商品を開発するよりも、特にニーズが強い商品に特化した方が、事業成長が見込めると判断したのではないだろうか。そして、累計483百万ドル(約550億円)の大型調達を達成した。市場の見極めに成功し、今後も勝ち残っていくと見ている。

さらにもう1つ着目している点は、他社と協調関係を上手に築く「エコシステム」の姿勢である。前述のレモネードは先般、生命保険領域にも参入した。同社は住宅保険の領域においては販売と引受の両方を担当するフルスタックな保険会社である一方、生命保険の領域においては保険の引受は他社に委ねるという選択をしており、あくまで代理店である。強みである消費者にとって使い勝手の良いインターフェース部分を活かし、他の保険会社とも協業することで、今後も勝ち残っていくと見ている。

他業界での成功例 “エコシステム”

他業界に目を転じると、エコシステムで成功している企業が容易に見つかる。たとえばZoom。ビデオ会議のツールが数多存在する中でも、通話品質の点で圧倒的に優れている一点突破型の企業だ。カレンダーやチャット機能は外部サービスとのスムーズな連携を実現し、利便性を担保している。1日あたりのミーティング参加者数が、2019年12月時点では全世界で1,000万人だったが、2020年4月には3億人まで増加したそうだ(※1)。特定の分野では追随を許さない優位性を持ちながらも、自前主義には拘らない。他社が優位な分野では、協業というスタンスで互いに高め合うことができる企業が、あらゆるステークホルダーに選ばれていくだろう。

“一点突破型”と”エコシステム”の両面から考えるInsurTech

これらの企業のように、保険会社が革新的な商品や価値を生み出し、魅力的な存在であり続けるため、一点突破型とエコシステムの両面から考察してみる。

逆説的であるが、一点突破型に至るには幅広く様々なニーズを探索していく必要がある。前述の「ボート・バイ・メニー」が良い例で、結果だけみれば「ペット保険の需要の世界的な高まりの波に乗った」と言える。実際、コロナ禍もあり英国では300万人以上の人が新たにペットを飼い始めている(※2)。しかし、元々は見過ごされがちな消費者からの要望を地道に拾い上げ、保険商品化する活動を進めていたのだ。丁寧に顧客の声を聞く姿勢があったからこそ、ペット保険の需要の成長にも乗れたのだろう。「何十億以上の売上が見込める新規事業」などと、皮算用で大きな売り上げを描ける事業を計画しても、成功させることは難しい。大きな利益が見込めずとも、保険という視点から愚直に顧客の声を聞き続け、事業案を探索し続けることで、新しい価値創造を実現できるのではないだろうか。

万人受けではなく、ごく一部が熱狂する商品を開発する視点も忘れてはならない。起業の指南書でも多く見受けるが、ターゲットを絞らないと誰の琴線にも触れず、コアなファンがつきにくい。物事が瞬時に拡散されていく現代では、一部の顧客の要望を根本から理解し、解決することでコア層に支持され、拡散で複利的な価値を生む。机上では計り知れぬ利益となる可能性を秘めている。顧客の声を理解し成功した海外InsurTech企業の姿勢は一助となるかもしれない。

エコシステムの姿勢は顧客体験の向上と業界の革新の両面でメリットがある。前述のZoomのように、各業界は顧客体験に目を向け、業界内外を問わず連携し、新たな価値を生み出している。人材獲得競争が激化している今、自社だけであらゆる領域を解決するのは限界がくるだろう。金融業界で進むオープンAPIの取り組みを保険業界まで広げ、業界を横断することで、これまで見えなかったデータ分析も可能になる。個社独立ではなく、業界全体を標準化していくと、業務が効率化されるだけでなく、一般消費者の利便性も向上するだろう。

InsurTech企業としての挑戦

弊社も今では乗合保険代理店向けの顧客契約管理サービスとして、一点突破型の企業となったが、現在のサービスまでに4回方向を転換した。初めは、消費者の保険証券の画像を回収し、保障内容を分析するサービスを提供した。残念ながら、消費者が自らすすんで保障の分析を行いたいという強いニーズがなく、断念した。ここで消費者の保険に対する関心の薄さに課題を感じ、2回目は同様のシステムを募集人に向けにすることを検討したが、やはり需要がなかった。しかし、募集人と話すにつれて、顧客管理に大きな課題が判明し、3回目に募集人が1人ひとりで利用できる顧客管理システムを提供した。だが実際は、企業としての顧客管理や活動管理が求められていることがわかり、企業単位で活用できる現在のシステムに辿り着いた。ここまで3年要し、何度も挫けそうになったが、強いニーズのある領域の発見のために必要なステップだったと考える。

しかし、私たちも自社だけで業界を牽引する存在にはなり得ない。当然、乗合保険代理店の支援には保険会社から選ばれるシステムになる必要があり、協力や連携も必要不可欠である。今後は保険会社が保険代理店を支援しやすくなる機能の拡充を検討すると共に、別の形で代理店支援を実施している企業とも連携していきたいと考える。

保険は人の営みに根付いており、この先仕組みがなくなることはない。保険業界が魅力的な業界であり、優秀な人材が活躍し続けられるように、新しく取り組みをする企業と革新的な協業を望む。保険業界をアップデートする身として、これまでの軌跡を紡ぐために大きく貢献したい気持ちは誰にも負けていない。新たな価値を創造できるInsurTech企業として挑戦していきたい。

※1:2020年を振り返って(Zoom)
※2:PFMA Releases Latest Pet Population Data(PFMA)

※:Willis Towers Watson
※:$1=113円にて計算


[寄稿]尾花 政篤
株式会社hokan 代表取締役CEO