本記事は、佐藤耕紀氏の著書『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「マーケティング」』(同文舘出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

ポイント,女性
(画像=PIXTA)

値下げは損か得か?

価格弾力性、価格競争

価格差別のひとつの手法は「人それぞれの価格への敏感さに応じて、販売価格を変える」というものです。

経済学では「価格への敏感さ」のことを「価格弾力性」(price elasticity)といいます。「価格に対する需要の弾力性」「価格の変化に対して、需要がどれくらい弾力的(敏感)に変化するか」ということです。

「価格弾力性が高い」というのは、「人々が価格に敏感に反応して、販売量が大きく変わる」「値下げ率(値上げ率)よりも、売上の増加率(減少率)のほうが大きい」ということです。

「価格弾力性が低い」というのは「価格を変えても、売れ行きはあまり変わらない」ということです。

スーパーの「西友」は、2017年に商品の値下げを行いました。「キャノーラサラダ油 1,000g」を23円値下げ(218円→195円)したところ、売上は約30倍になったそうです。(※1)これは非常に価格弾力性が高い(人々が価格に敏感な)例でしょう。値下げによって、おそらく利益もかなり増えたはずです。

このように、価格弾力性が高い(人々が価格に敏感な)ときは、値下げをすると売上が大きく増えます。

ただし、実際には自分だけが値下げをできるとはかぎりません。「ライバルも対抗して値下げをするので、相対的な価格差はつかず、利益が減って苦しくなるだけ」という「価格競争」(price competition)に陥るかもしれません。

価格弾力性による価格差別

価格弾力性を利用した価格差別に、「年齢や性別や身分によって価格を変える」というものがあります。たとえば「子ども料金」「高齢者割引」「女性割引」「学生割引」といったものです。

これらの共通点は、平均でいえば所得の低い(価格に敏感な)顧客層に対して、値引きをするということです。

価格に敏感なお客は、少しの値下げにも大きく反応するので、値下げによって販売量はかなり増えます。そうすると(費用構造によりますが)販売者の利益も増える可能性があります。

ハンバーガーの「マクドナルド」は、バブル崩壊後の平成不況と呼ばれた時代に、どんどん値下げをしていきました。 1993年に210円だったハンバーガーを、1994年には130円、1995年からは80円、2000年には平日65円、2002年には59円にまで値下げしました。
同社の売上は一時的に上がりますが、2002年には29年ぶりの赤字に転落します(※2)。

価格には「下げるのは簡単でも、上げるのは難しい」という「上方への硬直性」(upward rigidity)があります。
値下げに文句をいうお客はいませんが、値上げには批判や反発が避けられません。
ハンバーガーが59円で売られていたのを知っているお客は、「210円に戻す」と言われても簡単には納得しないでしょう。

そのため、値下げには慎重な判断が必要なのです。

アイスクリームを食べるように値下げする?

価格スキミング

「自己選択」による価格差別というものもあります。「販売側がいくつかの価格帯を用意して、お客に自分で選んでもらう」という手法です。

人気作家の本はたいてい、単行本として出版されてから2、3年後に文庫化されます。それはなぜでしょうか。

単行本は文庫よりも価格が高く、1冊あたりの利益も大きいでしょう。

発売後すぐに単行本を買うのは、その作家のファンだったり、お金持ちだったり、いずれにせよ価格にはあまりこだわらない人たちです。最初から安い文庫本で出すと、そういう客層から大きな利益をかせぐ機会を逃します。

単行本を買うような人がひととおり買い終わり、本が売れなくなってきたころに、文庫にして値下げをするわけです。そうすると今度は、それまでの値段では買おうとしなかった人たち、つまり価格に敏感な人たちが本を買ってくれます。こうして、二段構えで利益を大きくしているのでしょう。

映画のDVDやゲーム・ソフトでも、最初は特典つきのプレミアム版を発売して、しばらく経ってから低価格バージョンを出すことがあります。

ファッション業界でも、シーズンの初めは服を定価で売ります。オシャレにこだわりのある人や、お金に余裕のある人は、安くなるまで待つということはしません。気に入った服があれば、シーズンを逃さず、自分のサイズがあるうちに買うでしょう。

そして定価では売れなくなってきたころに、セールを開催します。価格に敏感な人へ向けて、値引き販売をするわけです。

スーパーのお惣菜も、消費期限が近づくにつれて、値引きをしていきます。もちろん、廃棄ロスを減らすという意味もあるでしょう。しかし、安くなる頃合いをみはからってお店に行く、価格に敏感な人たちもいます。

だんだん値段を下げる「価格スキミング」

このように、最初は価格を高く設定して、だんだん値下げしていく戦略を「価格スキミング」(price skimming)といいます。

「skim」は「上層をすくいとる」という意味です。アイスクリームをスプーンですくって、上のほうを食べきったら、だんだん下へと降りていくイメージです。

高価格でも売れるあいだは値段を高く設定し、それから価格に敏感な(人数の多い)層へ向けて、だんだん価格を下げていくのです。

そのため、ある商品をかなり「高い値段でも買う」という人も(少数ですが)います。そういう人が買い終わったら、価格を下げて「その値段なら買う」という人に向けて売ります。そうすることで、「高くても買う人には高く売り、安くなければ買わない人には安く売る」という価格差別を実現できるのです。

私がよく行く牛丼屋さんでは、ときどき50円引きのクーポン券を渡してくれます。
これは次の来店をうながすとともに、価格差別の手段にもなります。

クーポン券をもらったことを覚えておいて、次回に忘れずつかうのは、なかなか面倒です。
価格を気にしない人は、クーポン券のことを忘れてしまうでしょう。

わざわざクーポン券をつかうのは、価格に敏感な人だけになります。そういう人だけを狙って値引きすることができるのです。


(※1) テレビ東京「WBS」2017年10月13日

(※2) TBS「がっちりマンデー!!」2006年4月16日、https://www.tbs.co.jp/gacchiri/archives/2006/0416.html


今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「マーケティング」
佐藤 耕紀
防衛大学校 公共政策学科 准教授
1968年生まれ、北海道旭川市出身。旭川東高校を卒業後、学部、大学院ともに北海道大学(経営学博士)。防衛大学校で20年以上にわたり教鞭をとる。経営学にあまり興味がない学生を相手に、なんとか話を聞いてもらう努力を重ね、とにかくわかりやすく伝える授業にこだわっている。就職、結婚、子育て、といった人生のイベントをひととおり終え、生活者としての経験をふまえて、仕事にも人生にも役立つ経営学を探求している。趣味はクラシック音楽と海外旅行。前著『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「経営学」』(同文舘出版)のほか、経営・マーケティングの共著が6冊ある。

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