本記事は、佐藤耕紀氏の著書『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「マーケティング」』(同文舘出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

データ,議題
(画像=PIXTA)

「星野リゾート」が最初にやること

SWOT 分析

「商品コンセプト」(product concept、商品の基本的な特徴)を考える最初のステップとして、「SWOT分析」(SWOT analysis)があります。

「SWOT」はStrengths(強み)、Weaknesses(弱み)、Opportunities(機会)、Threats(脅威)の頭文字をとったものです。

「自分の『強み』を活かし、『弱み』を見せないようにする」「外部の『機会』を活用し、『脅威』を避ける」ということです。これを念頭に、商品コンセプトを考えるのです。

技術で勝って、商売で負ける?

「自分の強みを活かして、よい商品をつくる」ことを重視する考え方は「商品志向」(product orientation)と呼ばれます。

「外部の機会に対応する」「市場の求める商品をつくる」という考えは「市場志向」(market orientation)です。

日本の企業は「技術で勝って、商売で負ける」といわれることがあります。これは「商品志向」が強く、「市場志向」が弱いということかもしれません。

海外ではあまり聞きませんが、日本では「シーズ」(seeds、自分がつくれるもの)と「ニーズ」(needs、お客が求めるもの)、「プロダクト・アウト」(自分がつくれる商品を提供する)と「マーケット・イン」(市場が求める商品をつくる)という表現もよく使われます。

お客が求めても、提供する能力がなければ、商品になりません。提供する能力があっても、お客が必要としなければ、売れません。自分の「強み」と市場の「機会」がうまく噛み合うように、商品コンセプトを考える必要があるのです。

ホテル運営会社の星野リゾートは、「リゾナーレ八ヶ岳」というホテルを立て直すとき、最初にSWOT 分析をしました。
ホテルの人気が下がったといっても、客数が半分以下にまで落ち込むケースは、ほとんどないそうです。過半数のお客は、変わらずホテルに来てくれるのです。
そういう「支持してくれるお客」「満足度の高いお客」が何を求めているのかを考えることで「SWOT」が浮かび上がります。

「リゾナーレ八ヶ岳」では、宿泊したお客にアンケートをとって「なぜ選んでくれたのか」「どれくらい満足しているのか」「どこに問題があるのか」を調べました。
満足度が高かったのは、来訪の多い「カップル」ではなく、来客数としては少ない「子ども連れファミリー」でした。
ファミリー層が高く評価していたのは「部屋の広さ」と「プール」で、これが「リゾナーレ八ヶ岳」の「強み」だと考えられました。

そこで「子ども連れファミリー」をターゲットとする「大人のためのファミリー・リゾート」というコンセプトが決まりました。
このコンセプトに合わせて、「ゲームセンター」だった場所を「託児所」や「授乳室」に、「カウンターバー」だったところを「ブックス&カフェ」に変えました。レストランでは、無料の離乳食を用意しました。
コンセプトに沿った一貫性のある改革で、40%程度だった稼働率は、74%に上がりました。(※1)

全員を満足させることはできない

セグメンテーションとターゲティング

商品コンセプトを考える次のステップは「STP」です。

これはSegmentation(セグメンテーション、市場を細分化する)、Targeting(ターゲティング、ターゲットを選ぶ)、Positioning(ポジショニング、ライバル商品のなかで、自社商品の位置づけを考える)の頭文字をとったものです。

なぜ、ターゲットを絞るのか

「ターゲティング」は、市場のなかで、自分の強みを活かせる「セグメント」(客層)に「ターゲット」(target、対象とする客層)を絞ることです。

ターゲティングの重要性について、星野リゾート社長の星野佳路さんは、次のように語っています。

「私たちがいちばん大事にしたいお客様には120%満足していただきたい」「その他の方々は80点でいい」という割り切りができるかどうかが大切です。

なぜ「ターゲットを絞らなければならない」のでしょうか。

たとえば、3人の友人が自宅に泊まりに来るとします。

1人がマージャン好き、もう1人がカラオケ好き、もう1人はお酒を飲むのが好きだとすると、この3人を同時に満足させるのは難しいでしょう。

3人が共通に楽しめることはないかと工夫をしても、結果的には誰に対しても80点になってしまいます。

ところが、マージャン好きを3人呼んだらどうでしょう。みんなとても満足するでしょう。そういう現象なんですよ。

リゾートでも、お客様の滞在のしかたが多様化するなかで、同じニーズを持った人たちをたくさん集めるほうが、満足度やリピート率は高くなるでしょう。

そこが、私たちがコンセプトを決めて、ターゲットを明確にしなければならない最大の理由なんです。(※2)

星野さんは、次のようにも言います。

すべての要望に応えようとするのは、コストの面から無理です。

ですから、お客様の要望に対して本当に深く、120%で応えていくようにするには(同じコストの範囲内で、効率的にやっていくには)他のサービスを削らなければならない部分が当然あるわけです。

「何を削って、何を伸ばすのか」という判断を「総支配人や経営者だけでなく、スタッフ全員ができる」「総支配人が下した決断に共感が得られる」という意味で、「コンセプト」はとても有効だと思います。


(※1) NHK 教育テレビ「仕事学のすすめ」「部下を信じるリーダー術 星野佳路(星野リゾート社長)」2010年9月2日;TBS「がっちりマンデー!!」2012年11月11日、https://www.tbs.co.jp/gacchiri/archives/2012/1111.html

(※2) NHK 教育テレビ「仕事学のすすめ」「部下を信じるリーダー術 星野佳路(星野リゾート社長)」2010年9月2日


今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「マーケティング」
佐藤 耕紀
防衛大学校 公共政策学科 准教授
1968年生まれ、北海道旭川市出身。旭川東高校を卒業後、学部、大学院ともに北海道大学(経営学博士)。防衛大学校で20年以上にわたり教鞭をとる。経営学にあまり興味がない学生を相手に、なんとか話を聞いてもらう努力を重ね、とにかくわかりやすく伝える授業にこだわっている。就職、結婚、子育て、といった人生のイベントをひととおり終え、生活者としての経験をふまえて、仕事にも人生にも役立つ経営学を探求している。趣味はクラシック音楽と海外旅行。前著『今さらだけど、ちゃんと知っておきたい「経営学」』(同文舘出版)のほか、経営・マーケティングの共著が6冊ある。

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